夢見町
この区域最大の繁華街、夢見町は、若者や、サラリーマン、老人から高校生、いろんな人種が混ざりあっており、呑み屋、クラブ、ギャンブルなどをやりに、いろんな地方からの来客が絶えなかった。
「今、すいてるからサービスするよ」
「3名様フリータイム入りましたー」
インカムでやり取りするカラオケ店のスタッフや、スーツ姿のキャッチの人間、中には大きな看板をしょって賑わう中でも大きな声でタイムサービスの割引き商品などをアピールする女性もいた。
表通りは華やかな活気で、一見健全なイメージだが、傍では悪魔の囁きが聞こえてくる。
「内緒で、今回だけ旦那に教えますよ」
「何gでやり取りしてんだ?仲介は?」
「早くしろ、警察がくるぞ!」
「君達、帰れると思うなよ」
「女だから、優しくされる時代なんて前からなかったんだよ。」
「おい、こいつらをコンクリート詰めにしろ。」
なにやら恐ろしいやり取りが堂々と行われている。
少し中に入った裏の路地では、男が倒れており、それに被せるようにしてビールケースを上から叩きつけるもう一人の男。
倒れてる相手から声はしない。
それを見ているスーツ姿の男。
その隣の路地には伸ばしきった髪の毛と髭を引っ張りあう老人達の姿。
足元から。
「助けて...」
鼻血を出しながら助けを求めるドレス姿だが、ボロボロの女性が這いずっているのは、華やかなメイン通りにあたる路地の歩道であった。
誰も群がったりするのではなく、
「なんだこいつ、きたねぇ。」
「キャバ嬢も汚れたらもう取り替えだなあ」
と吐き捨てながら通り過ぎていく。
「キャハハハ、売れない奴はそうなるのが運命なのよう!」
カップルはふざけて見せる。
薄汚れたドレスを着たキャバ嬢はというと。
そのまま後ろ髮を黒服の男に鷲掴みにされ、ガラスにスモークのかかった中身の見えない黒いバンに引きずりこまれた。街の喧騒は何事もなかったかのように続く。
夢見町の日常は、この社会に於いての集大成のようでもある。
大きな階段が末広がりで続き若者で賑わう場所がある。
そこで起こった出来事が霞の気持ちを激しく揺るがした。
階段の1番上から1番下まで若い女が転がり落ちて来た。
激しく勢いがついており、全身の打撲や骨折は免れることが出来ないだろう。
「やっべ、今の」
「あ〜あ、やらかした、馬鹿じゃねぇの?あの女」
「人前で派手に転んだら恥ずかしいよなあ、おい、お前もやってみろよ」
周りの若者達の第一声を聞いてみると、誰一人急いで声をかける、また、救急車をよぶようなことは無く、他人事で危機感の全く感じれない言動ばかりであった。
転がり落ちた女は、腕も足も反対に曲がり、脇腹からは赤黒い塊がワイシャツの破けた部分からはみ出していた、ギラギラと脂っぽく濡れているのが、印象的であった。
もちろん、動かない。
落ちたのか、落とされたのか。
やがて、鉄道会社の関係であろうスタッフが三人やって来た。一人は警察に連絡しているのであろうか携帯で電話をしている。
霞は目を疑った。
彼等が持って来たものは担架では無く、大きなポリバケツであった。
頭と、脚の片方を2人が持ち、一人が電話を切った後指示を出している。
笑顔もなく、怪訝な表情も見せず、ただただ無表情で淡々と、女?をバケツに詰め込む。
もちろん動く訳がない。
霞は、思った。
昔からこうで今知っただけなのか?
それともここ最近はずっとこのように荒れてきているのか?どちらにしろこの世界は終わってる。しかし、自分にも染み付いているこの感じ。
ふと日常を思い出す。
ニュースは、殺人事件や、強盗、監禁、などという言葉が飛び交う。
「今日未明に、また殺人事件が起こりました、ご、ごほっ、あ美代ちゃん、お茶とって。」
「失礼しました、へへっ、では次の殺人事件でのNGパターンや、その時の再現VTRでCMまで繋ぎたいと思います。」
合間合間でメインのニュースキャスターと裏方での女の子の内緒話みたいな小声が全国ネットであらわになる。
シリアスな重大事件であろうと、ニュースキャスターもカジュアルな着こなしで軽い雰囲気を醸し出す。
隣町のパチンコ屋の裏路地で全ての指を切られても静かに泣いているパチンコでのゴト師。その後はカミソリで頬の皮膚を剃られていたが、パチンコ屋の学生バイトはそれを笑って見ていたという。剃られた肉は一週間くらいそのままそこに放置されたまま、警察ざたにもなっていない。
とある、ドラッグストアでは、商品の中身が入ってないと、レジで叫ぶ輩。
中身はゴッソリとカバンの中に。
「いや、ですからお客様、中身のない返品は...」
「なにいってんの早く返金しなさい。」
上から目線のお客様としての対応を手慣れたスタッフでもやがて逆上し、
「カバンの中みせてみろや!中身抜いてんのはてめぇだろっ!いい加減にしろよ、これで3回目だろうがよ!」
現行犯でしか逮捕できない万引きを利用した詐欺みたいなことをする主婦。それに逆上する定員。
わざわざ賞味期限がギリギリの食品を手にし、
「子供が腹痛を訴えてるんだけど。慰謝料お願いしまあーす。」と言う若妻。
ファーストフード店にいくと、カウンターの店員から、
「ねえ、あの、三番目に並んでる親父キモくなーい?あり得ないんだけど。」など、客をバカにし自分が接客に手を抜くのを棚にあげる始末。以前から客同士は頻繁にある、それが当たり前。
男と男がすれ違いざまに肩が当たる。
その瞬間にいきなり振り返り一人の男がタバコの火をコートにつける。
少し火が付くと、ライターオイルか何かを水鉄砲のようなものでコートに打ち、肩くらいまで火があがる。本人は気づいていない。すぐに気付いた霞は、本人にすぐにコートを脱ぐよう伝えた。周囲の人間も気づいていたと思うが、声をかける者はいなかった。
もうどちらが味方で何が正義なのかはわからない。
それは、この時代の皆はこんなんだけど、私は関係ないと言う、諦めの気持ちだった。それが、この時代に生き永らえる唯一の方法だと思った。
道端を歩いてるとすれ違い様にOLに死ねと言われた。
特に何かしたわけではないし、よくあることだ。
公団への帰り道のコンビニの前でたむろしている不良少年達は、
「姉ちゃん暇ならあそぼうよ!」
程度に声かけてくるのかと思いきや、いきなり腕をつかんで車に押し込もうとして来た。周りの人も多数いるのに。
霞は声は出さずに腕を力一杯振りほどき、すぐに走って逃げた。掴まれたところは紫色のアザになった。
後ろから写メをとる音が聞こえ男たちの笑い声が聞こえた。
この道はもう通れない、何かあっても誰も頼れない、霞はそう思った。
町の中心部となる繁華街夢見町は、霞のすむ公団から自転車で15分ほどの所にあった。
ネオンが照りつけ、人が入る程の太い、黒いホースがビルの壁や地面などいろんな所から生えたり、または埋まったりしてヘビのようにくねくねと絡まっている。
街はそれに和のテイストと台湾の夜市のような屋台風の夜店、キレイな作りのカラオケ店、オフィスも入ってるが、階によっては風俗店絡みの異様な感じが漂う。雑居ビルは水商売、出会い系、お姉、多種多様だ。
全てが異様でミスマッチし、現代の香りはしっかりつけており、汚な綺麗な空間をつくりあげている。
霞は、一度だけ日雇いのアルバイトをしたことがあった。この繁華街夢見町でのことだ。