気づいたら乙女ゲームのライバルキャラになっていたので隠れキャラを攻略しに行きます
『DOLCE〜あなたとの甘い学園生活〜』という乙女ゲームと同じであるこの世界で、私は今、攻略対象の一人、藤ノ森朱弥の偽装恋人である張間千尋として生活していた。
だが、つい先程私は藤ノ森にフラれた。
彼は逆ハー狙いの転生ヒロインにお熱なのだ。
まぁ、それはいいんだけどね。
何十年も前に建てられ、今では使われないどころか存在すら忘れられた木造の旧校舎。
その屋上への扉の前で私は立ち止まっていた。
…どうしよう、心臓がドキドキする。
『DOLCE〜あなたとの甘い学園生活〜』にはsecondがあった。
その主人公は張間千尋―つまり、私である。
ゲームの千尋は藤ノ森のことを諦めきれずにグズグズしていた。
周りの人からも煙たがられて、次第に千尋は心を閉ざしていく。
そんな時出会った素敵男子たち。
最初はお互いに悪印象しか抱かない最悪な出会いをするのだけど、次第にお互いのことを知り、千尋は心を開いていき、攻略対象たちも千尋を受け入れていくようになる。
…というのが大まかなストーリーだ。
その攻略対象の一人に私が最も大好きだったキャラがいる。
永川璻。3年生。普段はもさっとした髪型に黒縁眼鏡の冴えない男子。だが、裏の顔は理事会に籍を置く学園の支配者。もちろん美形。
彼と千尋の出会いは、藤ノ森ルート後失意のどん底にいた千尋がたまたま見つけた旧校舎の屋上に行くと、屋上を縄張りとしていた永川に出会うというものだ。
…だが、まだfirstは終わっていない。
だから私は早めに手を打たなければいけない。
彼はfirstでも隠れキャラとして登場しているからだ。
まだ、ヒロインは彼の存在を知らないようだけど、いつ誰から彼のことを聞くか分かったもんじゃない。
ヒロインの物になる前に私の物にする!
私は胸ポケットから目薬を取り出す。
永川と出会った時、千尋はボロっボロに泣いた、お世辞にも可愛いとは言えない顔だった。
一応シナリオ通りにするには、私は泣いていなきゃいけないんだけど、正直藤ノ森にフラれたところで痛くも痒くもない。
寧ろ清々しささえある顔をしているはずだ。
目薬をさそうとして……………止める。
何だろう…なんだか自分がずるい人間みたいに思えてきた。
前世の知識を活かして、攻略対象を虜にしていって…まるであの性悪転生ヒロインのようだ。
…そうだ、あくまで『私』のものにするんだ。『千尋』としてではないのだ。
そうと決まれば、私はもう一度深呼吸をして屋上の扉を開いた。
目に入ったのは眩いオレンジの空。
コンクリートの汚れた地面。
錆び付いて今にも取れそうな鉄製の柵。
そして、柵に足をかける麗人…
……………ぇ?
考えるより早く足が動いた。
私と目が合ったその人は、ぴしりと音を立てて固まり、そして私のタックルを見事に受けた。
「永川先輩ぃぃぃぃぃいいいいい!!!自殺はダメですぅぅぅぅうううう!!!!」
「うぁぁぁぁぁああああ!!??」
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「別に俺は、自殺しようとしたわけじゃない」
ぶすっとした顔をして永川先輩はそう言った。
お互いに落ち着きを取り戻し、コンクリートの地面に腰を落としてすぐだった。
「じゃあ何で柵に足なんか…」
「………お前には関係ない。」
永川先輩は私から視線を外す。
全身で私のことを拒絶しているようだ。
……かなり胸にグサッときた。
「…そりゃあ、先輩にとっては私は赤の他人でしかないかもしれません。でも、私にとっては人が死のうとしてたかもしれない現場に立ち会わせたんです。本当に自殺じゃないことをきちんと説明するのは、先輩の責任ではないでしょうか?」
「責任……?」
「はい、心配をかけた責任です。」
先輩は私の言葉を咀嚼して、考え込む。
しばらくして、うんと頷くと私をじっと見つめた。
「柵の強度を確かめていた。」
「……ぇ?」
「いくら俺がここに居座っているからと言って、ずっとここにいるわけじゃない。俺の目が無いうちに、お前のようにふらっとここに来たやつが間違えて落ないように一度確認しようと思ってたんだ。」
先輩の目をじっと見る。
嘘はついていないっぽい。
「そうだったんですね…私の早とちりで良かったです。」
ふふ、と笑うと怪訝そうな顔をされた。
「お前は変な奴だな。」
「そうですか?」
「あぁ…割と嫌いじゃない。」
そう言って永川先輩は微笑んだ。
かなりときめいたのは言うまでもない。
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「永川先輩、また来ちゃいました♪」
永川先輩と出会ってから、私は放課後、旧校舎の屋上に行くのが常になっていた。
「…またか」
先輩は呆れたような声を出しながら、でも、来るなとは一度も言わない。
多分ある程度は受け入れてくれているんだろう。
「今日は風が強いですね…」
そう言った瞬間、ピュウッと一段と強い風が吹いて、ひらりとスカートがはためいた。
「………………………。」
「………………………。」
「……………見ましたか?」
「……………黒レースはなかなかエロいと思う。」
「………………………見たんですね。」
こういうラッキースケベ、もといイベントはわりかし起こる。
一応、攻略者と攻略対象者だからね。
こういうので好感度上がってくれてたらいいんだけどなぁ。
如何せんパラメーターなるものがないので、いまいち永川先輩のことが掴みきれない。
いや、ゲームの時と同じように考えてはダメだ。
ここは現実なんだから。
「今日は調理実習があって、ガトーショコラ作ったんですよ。先輩、良かったら食べませんか?」
「ん、もらう。」
ゲームの永川璻は甘い物が苦手だ。
だけど、ガトーショコラのことは大好きだという設定があった。
永川先輩の顔を見る限り、どうやらこちらでも同じらしい。
目がキラキラしている。
珍しいものが見れたと目福目福…と思っていると、じっと先輩が私を見ていた。
「どうしたんですか?」と聞こうとして、私はフリーズした。
目の前に差し出された一口大に切り分けられたガトーショコラ。
「ほら、あーん」なんて言われてしまえば、先輩が何をしたいのか丸分かりなわけで…
躊躇しながら、あーんと口を開けるとガトーショコラを突っ込まれた。
一応味見してたけど、なかなかうまくできていると思う。
お菓子作りはわりかし得意なのだ。
「んまー!」
先輩が幸せそうに目を細める。
そんな顔をされてしまえば、作った者冥利に尽きるというか…あげて良かったと思う。
「…朱弥は彼女から貰ったのかな。」
だから、ポツリと漏れた言葉は失念していたとしか言い様がない。
藤ノ森に未練とかがあるわけじゃない。
純粋にヒロインの作ったアレを食べて彼が生きていられるのか心配になっただけである。
一応、腐っても幼馴染みだからね。
…だから、思ってもみなかったのだ。
永川先輩がこんなに噛み付いてくるとは…
「…せん…ぱ…い……?」
なんだこの状況。なぜ私は永川先輩に押し倒されているのか。
「…朱弥って…藤ノ森朱弥…?」
ギュッと痛いぐらいに手首を掴まれる。
「…アイツのこと、好きなの?」
「永川先輩…」
私を見る目がいつもより熱に浮かされたように蕩けていて、でも、その奥には何かどす黒いものが渦巻いている。
あぁ、この目、知ってる…
「…嫉妬」
私のつぶやきにバッと先輩は身をはがした。
私は上半身を起こす。
「…先輩」
「あー、えっと…悪かった。勢いというか何と言うか…気にすんな。うん、忘れてくれ。」
呼びかけると挙動不審な態度を取られた。
…先輩は馬鹿なんだろうか。
「忘れませんよ。…勢いであれ何であれ、好きな人に押し倒されて嬉しくない女子はいませんから。」
そう言って笑うと虚を突かれたのか、先輩は動きを止め、私の言葉の意味を理解したのか、すぐに顔を赤くした。
「お、ま…っ!なんでそんな軽く…」
ガクッと項垂れる。orzのポーズだ。
「もうちょっと照れとか無いのか…」
「…すいません?」
首を傾げるとキッと睨まれた。
「くそっ!好きだ馬鹿!!」
「そんな表情で言われても嬉しくないです…」
そう言うと、先輩はこちらに近づいてきて、しゃがみこんでいる私に目線を合わせると、ふっと笑った。
「千尋が好きだ。俺の女になって欲しい。」
あーもぅ、なんなんでしょうね!
すっごいカッコイイですよ!
滅茶苦茶惚れ直しちゃいますよ!!
どんどん好きになってるんですけど良いですか?
「永川先輩がカッコ良すぎて困ります…」
「はは!…で、返事は?」
黒曜石の瞳が私の顔をのぞき込む。
吸い込まれてしまいそうだと錯覚する。
「…永川先輩が大好きです…。私を先輩のものにしてください。」
手を伸ばして、先輩に絡みつくように抱きつく。
そっと背中に回された腕にホッとした。
「ぁー、いますぐ押し倒してぇ…」
幸せ絶頂な私には、そんな先輩の切ない声は聞こえていなかったのだった…。
お目汚し失礼しましたーm(_ _)m
読んでくださった皆さんありがとうございます!