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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

コンビニ

作者: 瑞恵


「コンビニに行こうっ」

 私の言葉に、綾香ちゃんは読みかけの漫画から顔を上げる。そして思い切り顔をしかめると、

「嫌だ」

 それだけ言って、再び漫画を読み始める。あんまりだと思った。

「あんまりだよ、綾香ちゃん!」

「だってめんどくさいじゃない……。一人で行って来たら」

「あんまりだよ、綾香ちゃん!」

「二回も言わないの」

「ていうか、せっかく友達が泊まりにきたのに漫画ばっかり読んでるなんて、どうかと思うなっ」

 私が頬を膨らませてそう言ってやると、綾香ちゃんはまた眉根を寄せて不快そうな表情になる。結構彼女は、容赦がない。

「『うちに来たって漫画読むくらいしかやることないよ』って私言ったよね。それでもいいっていったのはあんたでしょ」

「……そうだけど」

 彼女の言う通り、綾香ちゃんの家には漫画以外には何もなかった(それは言い過ぎだけど)。テレビゲームもボードゲームもないくせに、やけに漫画だけ充実しているのだった。

「あんただって、さっきまで漫画読んでたじゃない。飽きちゃった?」

「……そうじゃなくて」

 確かに、私はさっきまで漫画を読んでいた。それは飽きさせないくらいには面白かったけれど、今は漫画が面白いか面白くないかなんて、どうだっていいことなのだ。

「何が言いたいの」

 綾香ちゃんがまた眉を寄せる。いらいらしているのだな、と思った。私は、その態度にむっとしてしまう。自然と、口調がとげとげしくなる。

「だから、もっとやりようがあるでしょ、って言ってるの」

「やりようって何よ」

 なんで分かってくれないのだろう、と思う。確かに私は何も言ってないのだから分かってくれというのも無理のある話かもしれないけれど、それでもどうして分かってくれないのだろう、と思うのだ。

「だから……」

「もう何なのよ」綾香ちゃんがため息をつく。「はっきり言ってちょうだい」

「だから、私に構ってって言ってるのっ」

 存外、大きな声が出た。

 綾香ちゃんはびっくりして目を丸くしている。私は慌てて手で口を覆う。そんなことをしたって、一度発した言葉はもう戻ってこない。私は急に恥ずかしくなって、俯く。頬が熱くなっているのが分かる。

「……そっか」

 綾香ちゃんが近づいてくる。そして、彼女は私の頭に手を置く。

「構ってほしかったんだ」

「……」

「ごめんね、気づかなくて」

 綾香ちゃんが私の頭を撫でてくれる。急に優しくなるのは、ずるいと思う。

「……綾香ちゃん、鈍感」

「ごめんごめん」

「構ってくれなきゃ、怒るから」

「ちゃんと構ってあげるよ」

 そこで私は顔を上げる。綾香ちゃんは笑っていた。

「でも、コンビニは行かないからね」

「えーっ。なんでっ」

「だって、もう日付変わってるし、外寒いし」

「コンビニなんて歩いてすぐでしょ?」

「……歩きだと、二十分かかる」

「二十分……信じられないよ……」

「私に言わないでよ」

 このご時世に、二十分歩かないとコンビニに着かないようなご家庭があるとは——私はただただ驚くのだった。

「あ、でも綾香ちゃん自転車持ってるじゃん」

「一台しかないわよ」

「だから、二人乗りだよ二人乗り」

「えー……」

 嫌そうな綾香ちゃん。そこで私は軽く俯いて、

「……構ってくれるって、言ったのに」

「あー分かった。行こう。二人乗りで行こう」

 唐突にやる気をだした綾香ちゃんは、財布をもって部屋を出て行く。私は笑顔で、そんな彼女の後を追う。なかなか私は、演技の才能があると思う。

 外は、かなり寒かった。もう十二月なのだから、当然のことなのかもしれない。精錬された鋭い空気が、私の肌を刺す。空を見上げれば、綺麗な月が浮かんでいた。

あー寒い寒い、と言いながら、綾香ちゃんが自転車を引っ張ってくる。

「月が綺麗ですね」

 私がそう言うと、綾香ちゃんは小さく笑って、

「私、死んでもいいわ」

 と言った。

 綾香ちゃんが自転車にまたがり、私は後ろの荷台に腰をかける。しっかり掴まってるのよ、と言うと、綾香ちゃんはゆっくり自転車を漕ぎ出した。冬の空気を切って、私たちは進んでいく。

「……来る時も思ったけど、この辺何もないよねえ」

「そうね、コンビニもないわね」

「綾香ちゃん、すねてるの?」

「べっつにい」

 私は思わず、笑ってしまう。綾香ちゃんは、とっても可愛い。

 コンビニさえもない綾香ちゃんの家の周辺は、街灯もなかった。すっかり夜になってしまった今は、月明かりだけが頼りだった。

「暗いね」

「そうね」

「こんなに暗いと、お化けでも出てきそうだね」

「ちょ、ちょっとやめてよっ」

 綾香ちゃんが急に大きな声を出す。おお、と私は心の中で歓声をあげる。

「もしかして綾香ちゃんって、お化けとか苦手なの?」

「べっつに、ぜんぜん苦手じゃないですけどっ」

 これは良いことを聞いたなあ、と私は思う。ただこの場でこれ以上からかうと、機嫌を悪くしてしまうかもしれないので、今日はこれくらいにしておく。

私は綾香ちゃんの背中に抱きつく。綾香ちゃんは、いい匂いがする。綾香ちゃんは少しだけくすぐったそうにしたが、何も言わなかった。

「……それで、美羽はコンビニに何を買いにいくの」

「うーん、何買おう」

「何か買いたいものがあるから、コンビニに行こうなんて言ったんじゃないの……」

「あるよあるよ、えっと、ジャンプとか」

「今適当に考えたでしょ」

 ばれた。そもそも、今週号のジャンプは綾香ちゃんの家にあったのだ。もっと上手な嘘をつくべきだった。

「寒いし、おでんなんか良さそうだよね」

「おでん。良いわね」

「あと肉まんとか」

「……お腹空いてきた」

「綾香ちゃんてば」

 私はくすくすと笑う。綾香ちゃんの顔はここからでは見えないが、彼女がどんな表情をしているのか、私には手に取るように分かった。

 私は綾香ちゃんの背中にだきついて、彼女の体温を感じている。綾香ちゃんは、温かい。幸せだと思った。人間はこんなに簡単に幸せになれるのだと思った。

 自転車は、寒空の下をゆっくりと進んでいる。優しい月のひかりだけが、私たちを照らしている。


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