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vector SS<レイ登場編 上>

作者: かすみね

おかしい。



冷蔵庫に入れてあったはずのプリンがない。

銀座の高級スイーツ店「Un lutin」に2時間並んで手に入れた幻のプリンが冷蔵庫から消えていた。

今日の朝まで冷蔵庫の中で俺に食べてくれといわんばかりに輝いて見えたプリンがなくなっていた。

朝の仕事を終わらせてから食べようと思って昼食まで取っておいたプリンが・・・


「犯人は見つけ次第殺すしかないな。血祭りだ見てろ・・・。」


そう言って冷蔵庫の前を離れた誠一は、ウキウキだった足を重たく動かして踵を返した。

犯人はすでにわかっていた。

体中ひしひしと伝わってくるこの存在感。

存在感の正体は能力者が放つ独特の微弱な電波なのだったが、気が立って全神経を集中させた今ならわかる。

犯人がいると思われるのは休憩室。

がちゃりと扉を開ける。

「やぁ!」

とプリンを食べ終わったと見える犯人が明るく声をかけてきた。

「久しぶりだね誠一君!!あゆが帰って来ると思ってあんなに美味しいプリンを用意してくれてるとは思ってなかったよ!!」

「うらあああああああああ死ねえええええええええええええええ!!!」

テーブルの近くにあった花瓶をやけくそになって投げてみた。

彼女に当たるわけがないのはわかっていたのだが。

大きなリボンに長い髪の毛をツインテールにした少女は素早く反応するとひょいと座ったまま花瓶をかわし、

さらにその後誠一が放った渾身の一撃である炎を自分の眼の前で無力化してみせた。

「俺のプリンだそれはああああああああああ!!!!」

「とってもおいしかったよ誠一君!!!ありがとう!!!」

少女のは顔は無邪気な笑顔でそう言った。

「どれだけの思いをしてそのプリンを手に入れたかてめえにわかるかああああああ!!!!」

誠一は少女の方向に銃を向け躊躇なく発砲する。

弾丸は炎をまき散らしながら少女目がけて飛ぶのだが少女は寸でのところで消えたり現れたりしながらかわしている。

「スイーツマニアの誠一君が苦労をかけて手に入れたプリンなだけあってとっても美味しかったよ!!」

「うるせえくそ野郎があああ!!!」

「くそ野郎とは聞き捨てならないんだよ!!こんなに可愛い女の子に向かって!!」

「黙れ馬鹿野郎!!!」

「プリン一個で怒るなんて器が小さいぞ!誠一君!!」

ひょいひょいと誠一の攻撃を交わし続けながら余裕に会話をする少女。

彼女が普通の少女なら何度死んでいるかはわからない。

「ううっ・・・。」

ついに疲れ果てた誠一の方が膝から力が抜けたように倒れこんだ。

目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「ううっ・・・プリン・・・プリン・・・。」

「ほら喜んで!!あゆならちゃーんと元気に帰って来たんだから!!ねっ!!」

「当たり前だああっ!!!ううっ・・・」

「あっ!!そうだそうだ!ほら、報告書も書いて来たんだよ!!見てみて!!」

少女は自分の鞄を一瞬でどこからともなく出すと、その中をがさごそと探って見せた。

そしてその中からぐしゃぐしゃになった紙束を誠一に差し出す。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

返り血のような何か物騒な跡が紙いっぱいに広がっている。

こんなものを上に提出できるわけがないので結局自分で書き直すことになるであろう。

ところどころに破けたりちょっと焦げてたり、いったいどんな状況でこの書類を作成したのか気になる。

だけど外の世界から無事に帰ってきた少女に誠一は安堵していた。

「・・・・はぁ・・。おかえり、・・あゆむ。」

「うん!!ただいま!!」

屈託のない笑顔であゆむと呼ばれた少女は笑って見せた。


その時だった、誠一の携帯電話が鳴りだした。

休憩室は先ほど二人が大暴れしたせいで家具も何もかもめちゃくちゃになっていて、壁が焦げ付いてる。

「はいもしもし。」

誠一がそれだけ言うと電話の向こうからは不愉快な声が聞こえてきた。



『チッ・・・貴様か・・・。』

舌打ちをした相手にまたイラッとして誠一口を開く。

「俺の携帯電話なんだから俺が出るに決まってんだろ!!!」

当然のツッコミだった。

「この電話番号が貴様のものだったとは知らなかった。ここに電話をしろと渡されたんだ。」

「・・・・・何の用だ俺は今不機嫌なんだ切るぞ。」

『ふん、数日以内にレイと一緒に帰国する。用件はこれだけだ。わかったか。』

「わかった。こっちは今さっき帰ってきたあゆむのおかげで不愉快なんだ。」

『なに?あゆむが帰ってるのか?』

あゆむというワードに少し声色が変わる。

「あの野郎なら今俺の後ろでピンピンしてるから心配いらねーよ。」

『そうか・・・それはよかった。お土産を買っていってやると伝えろ。何がいいか聞け。』

そう言われたので誠一は後ろを振り返ってあゆむに聞く。

「フェイトから電話だ。お土産を買って来てくれるそうだが何がいいかだってさ。」

「え!?フェイト君から!?今どこにいるの!!!」

「さぁ、どこだったかな。アメリカ。」

「じゃあお菓子がいい!!甘いやつ!!わーー!!フェイト君帰って来るんだ!!」

誠一は電話に戻る。

「聞こえたか?甘いやつだそうだ。」

『わかった。』

「俺にも何か、甘い物を・・・」

そう言い終わる前に

『断る。』

という不愉快な返事とともに電話が切れた。

電話を耳から離して睨みつける。

「あんの野郎・・・・。」

後ろでは無邪気にあゆむがはしゃいでいた。




「あ、あの・・・今電話であゆむって・・・。」

後ろからかけられた小さな声にフェイトが振り向くとそこにいたのは小さな少女だった。

長い黒髪は純和風を連想させるが、着ている服はそれとは対照的に北欧の伝統衣装を彷彿とさせる緑のワンピースだった。

ベルベットであしらわれたリボンがぐったりと重力に従って垂れ下っている。

丁寧に花の刺繍がスカートの裾の方にしてある。

人形のように大きな瞳と、真っ白な肌。

顔は日本人なのだが、時代も国も越えてしまった別の空間から来たような美しさを秘めた少女だった。

名前はレイ。

もちろんコードネームなので本名は知らない。

だがしかし本名などないのかもしれなかった。

一見普通の少女なのだが、その正体はフェイトが護衛を務める国家の最重要機密ともされる少女だ。

「あぁ、あゆむも帰国しているようだ。」

「!!」

レイは驚いて大きく瞳を開いて喜んだ。たぶん。

そのまま沈黙が続く。

「・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・。」

「おい・・・・・・・。」

「はいっ!」

「興奮してるのか?」

「は、はい!」

「ならもう少し笑顔になるとかはしゃぐとかなんかないのか!!」

「え!?そ、そうですか!?私はしゃいでませんでしたか!?」

「今お前黙ってただろ!!」

「あ、そ、そうでしたついうっかり言葉を失っておりました!」

「お前が喜んでるとか悲しんでるとか興奮してるとか、わかるのは僕だけだぞきっと・・・。」

「そ、そうでしょうか・・・!?私すごく喜んでたんですけど・・・!!」

レイと呼ばれる少女は決して無表情なのではない。

例えるなら動物のような少女だった。

喜んでるのはひしひしと伝わってくるのだが口数は少ないのと感情表現が苦手なのがたたって、

いつもしっぽをふってついてくるような犬を想像させる。

「ショ・・・ショックです・・・。」

そう言って少しだけ悲しそうな顔をした。

それ以降また微動だにしない。

「少し動け!!!」

「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

「まったく・・・お前としゃべってると時間が狂いそうになる。

僕が黙ってるとずっとしゃべらないし動かないし・・・。寝てる時は死体と勘違いされないようにするんだな。」

「ひっ!?ひどいです・・・!!フェイトさんひどいですっ!!!私生きてます!!」

「・・・・・。」

とりあえずフェイトは黙って歩きだした。

フェイト自身が無口な方なので口数は少ないのだが・・・レイははるかにその上を言っていたというか

何か超越してしまっている。

「フェ、フェイトさん待ってくださいーー!!><」

と一生懸命になってレイはフェイトの後を追いかけた。





「そっかーー!!フェイト君帰って来るんだーーー!!楽しみだなーー!!」

先ほど休憩室が黒こげになってしまったので今度は場所を移して誠一の自室に来た二人。

あゆむは遠慮なく誠一のベッドにぼふりと寝っ転がる。

「あっ!おい!!勝手にくつろぐな!!」

「えーー!!誠一君まさかベッドの周辺にあゆに見られたらまずいものでも置いてるのかなぁ・・・?」

にやりとあゆむが笑ってや探しを始める。

「何にもねーよ!!何にもないけど人の部屋を勝手にあらすな!!」

「あははははwごめんごめんw 誠一君だって男の子だしあゆはそういうのが置いてあっても驚かないよ!!」

「そんなものねえよ!!!」

「誠一君の部屋も来るの何年ぶりだろーー!!なんかすっごい久しぶりだよね!!」

あゆむはごろりともう一度ベッドに寝っ転がってそう言った。

「・・・・・。」

少しだけ誠一は後ろめたい気持ちになって黙ってしまう。

「・・・・・そうだな。・・・元気にやってたのか?危なくなかったのか?」

「あはははは。」

あゆむは笑った。

大きな瞳が開いて誠一を捕える。

「聞きたい?」

少女は微笑してそう言った。

「・・・・・ごめん。」

「あははw誠一君が謝ることじゃないよ!!」

「・・・・うん、それでもなんか・・・ごめん。」

誠一はそう言って少しうつむく。

すると先ほどまでベッドで寝ころんでいたはずのあゆむが自分の目の前に一瞬で現れて誠一の手をぎゅっと握った。

「いいんだよ誠一君。私にしかできないことだから。それにあゆだって自分の目的のために外の世界に出てるんだから。

誠一君が気にすることじゃないよ。」

「・・・和田か?」

誠一の的確な質問にあゆむも少しだけ動揺を見せたが、すぐにそれを隠してしまった。

「あはは、どうかなw」

「無事に帰って来て安心したよ。しばらくここにいるのか?」

「うーん、どうだろ。フェイトに会いたいし、もうちょっと居ようかな。

東京周辺の狩りでもしながら毎日戻ってくるよ。少し休んだらまた遠くに行くつもり。」

「今度はどのあたりだ?」

「東南アジアの方。」

「あの辺りはシェルターがない。危険だってわかって言ってるんだろうな?」

「もちろんだよ。でも何かの手がかりになるものがあるかもしれない。だから私行くよ。」

「世界の警戒レベルも最高のままだ。他のベクター能力者たちだって二人1組での行動を余儀なくされてるんだぞ。」

誠一はあゆむに言い聞かせるようにそう言った。

自分に何もできないのが苦しかったけど。

「うん、わかってるよ。だからあゆはあゆのペアを探しに行くの。

どこかで必ず生きてるって信じてるから。」

あゆむのその言葉が、誠一には辛かった。苦しかった。

「・・・・ごめん・・・。」

どこからともなくそんな言葉が出てきてしまう。

「だからなんで誠一君が謝るんだってばw いいんだよ!!あゆが他の人とはペアを組みたくないって言い張ってるわけだし。

それに上だってあゆの力を見越して一人で行動させてくれてるわけだし!!

まっ!!こう見えても地上最強の能力者だからね!!」

「うん、わかってるよ。」

「うん。」

あゆむは笑顔でそう言った。

「そういえばさ、フェイト君いつ帰ってくるの?」

「さぁ、数日中って言ってたけど。今回はレイも一緒みたいだぞ。」

「え?!レイにゃん!?」

あゆむが驚いてそう言った。

「あれ?お前はレイに会ったことあるんだっけ?」

「あるよ!!!前にね!!シェルターの外だったから誰の気配だろうって電波追って行ったらフェイト君でさ。その時一緒にいた!!」

「アメリカの研究施設を借りてたしか能力の方を研究してるみたいだったな。」

「そうそう!!すっごい可愛い子だったよーー!!ほっぺがぷにぷにしててすりすりしたくなるような感じで!!」

「へぇ。」

「何その反応!!!つまんない!!」

「他にどう反応しろって言うんだよ!!」

「と、とにかく!誠一君は会ったことないんだっけ?」

「ないな。いつも送られてくる研究資料を見る限りしか。」

「と、言うことは・・・!?!誠一君レイにゃんの裸の写真とか体重とか身長とか詳しく体について書かれた書類をデータとして知っているわけだね!!!」

「おい!!!変なこと言うな!!たしかにデータに目を通してはいるがそんな写真は見た事ないしやましい目で書類なんかチェックするかアホ!!」

「きゃーーーっ!!誠一君のエッチ!!変態!!どスケベーー!!」

「本当にぶっ殺すぞ・・・!!」

「あっはははははw うそうそw冗談だってばーーw 誠一君があのクソ女が好きなことくらいあゆ知ってるよ!!」

「おい!!知らねーよもうあんな女!!」

「あっまた照れちゃって照れちゃって~ww」

「お前としゃべってるとイライラする!!」

「私は誠一君とおしゃべりしてると楽しいけどな~ww」

「年上をからかうんじゃねえ!!」

「あらw?半径137mはあゆのフィールドだよwあゆがその気になれば半径137m以内の人間は瞬殺決定なんだよ?w

誠一君は今あゆから3mも離れてないけど、そんなこと言ってもいいのかなぁ?」

「黙れ。俺は炎の能力者だぞ?酸素を扱う心得はある。お前のやりくちなんてどうせ俺の周りの酸素を抜いて真空状態にしようって言うんだろ?

相変わらずえげつないやつだ。」

「あはははwもっと他の殺し方だってあゆ知ってるんだけどなぁ・・・w」

「お前の方が強いのは知ってるよ。俺なんてどんなに頑張っても、もって10秒がいいところだろ。」

「あはははw 自分の力を過信しないところが誠一君らしいねぇww!!」

「そうさ、俺はいつだって後ろ向きなんだ。」



そう、いつだって後ろ向きだった。




時代は2227年。

127年前に起きた未曾有の大災害によって人々はシェルターと呼ばれる空間にのみ生存することを許された。

全世界の生物の70%以上の生き物が絶滅した大災害。

それは今まで人類が繁栄と引き換えに自然を壊し続けた結果だった。

大災害の後、全人口の40%以上が死亡した人類だったが、その人類は新たな危機を迎える。

ベクターウイルスの万延だった。

ベクターウイルスとは、主に超能力と呼ばれるに相応しい能力を発現させる謎のウイルスで、

主に染色体異常を引き起こす。

その結果感染した生物は染色体異常によって新種へとなり、厳しい環境下における中で凶暴化してしまったのだ。

超能力を持った生物は魔獣と呼ばれ恐れられている。

ベクターウイルスが感染するのは動物に限ったことではない、人間も同じだった。

ベクターウイルスは非常に感染力が強く、粘膜接触によって簡単に感染してしまう。

だがしかし、超能力の発現には何かが必要なようで、ウイルスのすべてはまだ解明されていない。

そのため、人間ながらにしてその能力を扱えるものは極少数の限られた人間たちであった。

それこそが【vector】。人でありながらにして、人以上の超能力を持つ者たち。

研究機関によって能力を開発された彼らは、今日も高い塀の外にいる魔獣達と死闘を繰り広げなければならなかったのである。




暗い紫色の雲から太陽の光が少しだけ差し込んでいる。

どうやら今はまだ昼らしい。

ベクター研究所は日本関東シェルターの外、山奥に別で作られている。

情報漏洩を防ぐためなどさまざまな理由があってだが、いつでも関東圏に飛んで行ける場所だ。

「着いたぞ。レイ、疲れたか?」

フェイトのサラサラした髪の毛が今は濡れている。

魔獣の返り血によって全身が汚れてしまっている。

今は飛行機などもないため、アメリカから日本まで徒歩ということになる。

しかしながら超能力者達は己の持つあらゆる術を使って世界中を飛び回っているのだ。

「わ、私の心配なんて・・・!フェイトさんの方が・・・。」

「これくらい大したことない。お前が無事なら僕の任務は遂行できたんだ。」

ふっと笑ってレイに手をさしのばす。

レイは自分の護衛のためにいつも隣にいてくれる青年の手をぎゅっと握った。

「ありがとうございます。」

「さ、中に入ろう。」

IDカードをかざすと大きな扉が一瞬で開き、二人が急いで中に入ると瞬時に閉まった。

さらにそこから何重もの扉をくぐってようやく中に入らせてもらえるのがここ、ベクター研究所本部だった。

「ただいま。」とレイは心の中で小さくつぶやいた。


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