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Locked Emotion

作者: 松本 桂花

今日も、橘は帰ってきていないみたい。


三日連続、家に帰ってきていない。

マンションのエントランスをくぐった時から、予感はしていたけれど。

玄関を開けた時に返ってくる声が返ってこないと理解して、私は既に慣れてしまった虚無感に包まれる。半ば諦めていたのも事実だが心を拳でえぐられたような、そんな感じもした。自分は知らないところで期待していたみたいだ。

ローファーを脱いでリビングに進む。リビングは赤く染まった夕日に染まりながら何も言わずに、片付けられなかった朝食の皿を残した今朝の光景のまま私を迎え入れた。いつもだったら橘が夕飯を作っているはずなのに。私は無意識に大きなため息をついた。

たしかに私に3年間世話役として同居しているとは言え、赤の他人で、25も越えた橘には彼女くらいいるだろう。

――当然だ、私なんて契約の対象でしかない。私と暮らす事は彼の仕事だから、義務だから。

そう言い聞かすが胸を締め付けられるようで苦しい。この感じは昔から何度もあった。

「すみませんお嬢、今夜は家を空けます」橘の口から聞く度に、私は橘が女と一夜を過ごすと邪推――否、確信して橘の傍らにいるであろう女を殺したいくらい妬ましく思った。

彼が私の傍にいるのは仕事、じゃぁ彼が別の女といるのはプライベート。

割り切れたら楽なのにね。

私は鞄を椅子の上において、またため息をついた。

ため息は私しかいないリビングにしか聞こえない。虚しく消えていった。



夕日の赤が闇夜の黒に染まっても、やはり橘は帰ってこなかった。

いつも橘の料理だった夕飯の味は、昨日今日とさらにカップラーメンに上書きされていく。

退屈だ。自分のために料理を作るなんて。

昔作ったスパゲティは橘と食べるために作ったから楽しかった――というより、嬉しかった。

でも橘が家を空けて初日。自分で夕食を作ったけれど、味気ない。30分掛けて作った料理はたったの5分10分で食べきってしまう。

それなら、1個100円を切るカップ麺でもいいかなぁなんて思ったりした。3分で出来て、5分10分で食べ終わる。

なんて一人身夕食作りって虚しいんだろう。

自分を自嘲した。

でも夕食、風呂以外の時間は本当になにもすることがない。笑っちゃうぐらいに。いつも私は橘に依存してたんだと思い知らされるようで辛かった。

テレビをつけても退屈な番組。

学校の勉強なんて不必要だった。

ただ、橘がそばにいてくれるだけで嬉しかった。


――どうして帰ってこないのよ。


昼間まで気丈だった心は退屈な夜に打ち砕かれていく。まるで砂の城が波に侵されていくように。

私はソファーの上で体育座りをしたような格好でうずくまった。ながったるい髪が顔にかかる。涙で張り付く。自分の呼気の熱で頬が上気する。


早く帰ってきてよ。

そのときは、怒らないから、泣かないから。

――あなたがいつも私にしてくれるみたいに「おかえり」って笑顔で言ってあげるから。

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