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迷子のチェックイン

作者: 北大路京介
掲載日:2026/04/22

東京都心の喧騒の中に、ひっそりと、けれど堂々とそびえ立つホテル・メイオウ東京。

そこには、まるで魔法使いのようなフロントクラークがいました。名前は、井田晴香。彼女が一度背筋を伸ばして微笑めば、どんなに疲れ果てた旅人も、まるでおとぎ話の主人公になったような心地になるのでした。


ある冬の夕暮れ、ロビーに一人の小さな男の子がやってきました。男の子は大きなダッフルコートを着て、抱えきれないほど大きな古びた百科事典を一冊、大切そうに抱えていました。


「いらっしゃいませ。ホテル・メイオウ東京へようこそ」


晴香は、少年の目の高さに合わせて膝をつきました。少年は少し震える声で言いました。


「あの、ここに『明日の思い出』を予約したいんです」


予約サイトにも、分厚い宿泊台帳にも、そんなプランはありません。けれど晴香は、瞬き一つせずに答えました。


「かしこまりました。お客様、左様なお部屋は一室だけ空きがございます。ですが、そのお部屋に泊まるには、ある特別な鍵が必要なのです」


晴香はカウンターの奥から、何もついていない、けれど磨き上げられた銀色の鍵を取り出しました。


「この鍵は、心にある『一番大切な忘れ物』を思い出した時にだけ、扉を開けることができます。お客様が抱えているその大きな本に、ヒントがあるのかもしれませんね」


少年は驚いた顔をして、百科事典を開きました。それは、亡くなったおじいさんの形見でした。中には、かつてこのホテルで家族と過ごした時の写真や、古いコースターが栞代わりに挟まっていました。少年は、仕事で忙しく笑わなくなったお父さんに、あの頃の楽しかった時間を思い出してほしくて、一人でここへ来たのでした。


晴香は少年の意図をすべて汲み取り、流れるような手捌きで電話を回しました。キッチンには、おじいさんが愛した特製のホットチョコレートを。ベルボーイには、お父さんが昔大好きだった中庭の見える部屋の準備を。


数時間後、血相を変えて駆け込んできた父親を、晴香は穏やかな、けれど有無を言わせぬ優雅さで制しました。


「お客様、お連れ様はあちらで、大切な『続き』をお待ちです」


案内された部屋の扉を開けると、そこにはキャンドルの灯りと、懐かしい香りの飲み物。そして、百科事典を広げて眠ってしまった息子がいました。


翌朝、チェックアウトの際、父親の顔からは昨日の険しさが消えていました。晴香はフロントで、昨日と同じように凛とした姿で立っていました。


「不思議ですね。ここに来ると、失くしたと思っていたものが、すぐそばにあったことに気づかされました」


晴香は深く、優雅にお辞儀をしました。


「それは、お客様がご自身で見つけられたものです。私共はただ、その扉の埃を払ったに過ぎません」


親子が去った後のロビーには、朝日が差し込み、磨き上げられた大理石がキラキラと輝いていました。


井田晴香は、手元に残された銀色の鍵をそっと仕舞いました。その鍵は、次に「心の忘れ物」を探しに来る誰かのために、いつもピカピカに磨かれているのでした。

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― 新着の感想 ―
しっとりと素敵なお話ですね。 百科事典を枕に思い出の中で眠る少年とその寂しさに触れて、大切なものを思い出した父親の険が取れた表情が見えるようでした。 読ませていただきありがとうございました。
ページを開いた瞬間から、「そんな予約、あり?」と心が弾む。けれど読み進めるほど、物語は静かにこちらの胸に手を差し入れてくる。冷えたロビーに灯るキャンドル、湯気の立つホットチョコレート、眠ってしまった小…
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