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隣の景色  作者: のゆ
23/26

22話 また帰してしまった(漣)

 夜。静かな部屋。

 照明は落として、カーテンの隙間から街灯の光。

 

 静かなはずなのに、落ち着かない。

 昨日の蒼真の泣き声が頭から離れない。

 

 ……あんなに泣く蒼真を見たのは初めてだった。

 ずっと我慢して溜め込んでいたんだと思う。気付いてやれなかった。

 

 今日、学食で声をかけてきた蒼真の声は元気そうだった。

 ああやって戻れるのは、蒼真の強さだ。

 でも、俺は知ってる。戻るしかないだけなんだ。

 

 蒼真の家の事、過去に蒼真から何度か聞いたことがあった。

 

 精神不安定でヒステリックな母親と、家庭に無関心で酒に酔うと蒼真を殴るような継父。兄は出て行って、どこにいるのかも分からないらしい。


 ……蒼真、今日はよく喋ってた。本当に大丈夫なんだろうか。

 

 無理に喋って、笑っていた蒼真を見て思い出した。

 あの時も同じ顔をしていた。笑っているのに、どこか傷ついて空っぽな顔。


 ***

 

 あれは中学一年の冬だった。

 蒼真とふたりで、放課後誰もいない教室で話していた時。


 蒼真が腕を伸ばした時に、制服の袖の隙間から見えた。青黒い痣。

 それ、どうしたの?って何気なく聞いた。

 すると、蒼真はまるで擦り傷でも見せるみたいに袖を捲った。

 「あぁ、これ? 昨日、殴られた時のやつー。みんなには転んだって言ってるんだけど……」


 誰に? なんで蒼真が?


 「母さん再婚したんだー」

 

 再婚。この時、初めて聞いた。

 

 「でさー、その再婚相手がー、お酒飲むとすぐ暴れるんだよねー」


 なんでそんな笑って普通に話せるんだ。

 

 「まぁ、そいつ毎日居るわけじゃないし、慣れたけど!」

 

 そんなの……慣れるわけないだろ。

 蒼真は、安全じゃない場所で生きてる。

 

 「あ! このこと誰にも言わないでね! (れん)にしか言ってない」

 「……うん」

 

 どうしたら助けられる? 助け方が分からない。


 その日の夕食の時、両親に聞いた。

 「蒼真をうちの子にできないの?」って。

 

 当時の俺ができた精一杯の行動がそれだった。

 誰にも言わないって蒼真と約束したから、理由も詳しいことも言えない。

 

 何を聞かれても、泣きながら首を横に振る俺を見て、両親は何かを察したんだと思う。

 いつでも来ていいって伝えなさい、とだけ言ってくれた。

 

 この日、決めた。

 蒼真を守れるのは、俺しかいない。

 大人になったら絶対に、って。


 ***

 

 ……本当は昨日、蒼真を帰したくなかった。

 泊まるかと聞いたが「父親がいる日は、何が起こるかわからないから帰る」と言って、終電前に帰っていった。

 

 ドアの鍵を閉めたあと、しばらく手が震えていた。

 指先に冷たい金属の感触が、残っていた。

 

 また帰してしまった。

 痣の理由を知った日から、もう何度も。

 

 ――俺が一人暮らしを始めた一番の理由は、蒼真が辛い時「いつでも来ていい」と言える場所が欲しかったからだった。

 絵に集中したいから大学の近くで。それは表向きの理由だった。

 

 両親に、大学に入ったら一人暮らしをしたいと頼み込んだ。

 両親も兄も、俺が一人暮らしなんかできるのかと心配していたが、何度も言い続けるうちに、そんなにしたいなら……と折れてくれたのだった。


 ベッドに座って、スマホを手にした。

 蒼真へのメッセージを書いては消し、迷ったが一言だけ送る。


 『今日は大丈夫そう?』

 

 すぐに「うん!」と元気そうなスタンプが返ってきた。

 それが本心なのかは分からないけれど……本当に元気なら、それでいい。

 

 また蒼真が頼ってきたときは、支えられる自分で居たい。

 守れる保証なんてない。

 それでも――守りたいと思ってしまった。

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