20話 親友の定義とは(彩花)
連休明けのキャンパスは、いつもより騒がしい。
みんなが「休み明けだるい」「課題終わらない」って言い合ってるからだと思う。たぶん。
でも――。
私(矢土 彩花)は、今。
もっと別の理由で落ち着かない。
視界の端にいる泉水 蒼真くんが、やけに機嫌がいい。
いつもの蒼真くんは、明るい。元気。太陽。
なのに今日は、そこに「浮かれてる」感じが混ざっている。
講義が終わって、ゼミの教室に移動した蒼真くんは、バッグの中をごそごそ漁り始めた。
「ねえ、みんな! おみやげある!」
――出た。おみやげ! 気遣いができる陽キャ、強すぎる。
蒼真くんは紙袋を取り出して、ゼミのメンバーに順番に配っていく。
小分けの箱菓子。見るからに観光地のやつだ。
蒼真くんが浮かれていたのは、旅行に行ってたから、なのかな……?
私にも、奏汰にも回ってきた。
「はい、彩花ちゃん。奏汰も」
「ありがと、蒼真くん! 旅行行ってたんだー?」
軽く聞いた、ほんとに軽く。
ただの世間話のつもりだった。
蒼真くんは、何でもないことみたいに言った。
「うん! 漣と行ってきた」
……え? 今、なんて?
頭の中で2回くらい反芻したあと、私は椅子から立ちかけた。
危ない。反射で立つところだった。やめて、私!
横を見ると、奏汰も固まっている。
奏汰が固まるって、よっぽどだ。
「え、男ふたりで?」
奏汰が、遠慮なく聞く。
こういう時、奏汰は便利だ。ほんと助かる。私の代わりに踏み込んでくれる。
「うん」
蒼真くんは、にこにこして普通に頷いている。
やめて。そんな顔で言わないで……。私の腐女子脳が勝手に燃える。
奏汰が、さらに言う。
「……マジで付き合ってんの?」
吹き出しそうになった。
いや、奏汰。それはストレートすぎる。直球すぎる。
でも言ってくれてありがとう。私は今、呼吸ができてない。
蒼真くんは、首を傾げた。
「いや、親友とふたりで旅行は普通だろ」
普通。ふつう。……ふつうなのかぁぁ???
私は笑顔を作って言う。頬が引きつるのが分かる。
「そ、そうだよ! 全然おかしくない……!」
うん、うん。おかしくない。
おかしくないけど――。
日帰りですか? 泊まりですか?
部屋は一緒ですか? 別ですか?
――ダメ。聞けない。聞けるわけがない。
私は、慎重に、慎重に聞いた。
聞ける範囲の、最大限の質問を。
「しゃ……写真とか撮ってないのー?」
声、裏返らなくてよかったー。私、偉い!
「いっぱい撮ったよ!」
蒼真くんは即答して、スマホを取り出した。
そして、何のためらいもなく画面をこちらに向ける。
「……これとか良くない?」
見えたのは、湖と紅葉。
そして、その前に立つ二人――蒼真くんと、篠宮漣くん。
……。
…………。
尊。
「とうと……っ」
危ない危ない危ない!!
心の叫びが口から出かけた。私は慌てて大げさにリアクションして上書きする。
「おおお! いい写真! めーっちゃいい! センス!」
焦って褒めすぎてる。でも止められない。褒めていないと……死ぬ。
蒼真くんは嬉しそうに、次の写真にスワイプした。
紅葉。カフェ。温泉街。
そして――漣くん。
写真を指差して蒼真くんが言う。
「この写真の漣、かわいい」
やめてー!!!! これ以上、私を尊死させないで!!!!!
蒼真くん、親友に「かわいい」って言うの???
画面の中の漣くんは、控えめに笑っていた。
ほんの少しだけ口角が上がって、目元が柔らかい。
……あの幸せそうな顔は、たぶん。好きな人に向ける顔。
私の脳内で、警報が鳴った。
もしかして……両想いになるのもそう遠くないのでは……?!
脳内に、ラッパを吹く天使が飛び回る。
隣から、奏汰の冷ややかな声が飛んできた。
「男ふたりの写真見て、何が楽しいんだよ」
私は笑顔のまま、静かに圧をかけた。
「奏汰、黙っててもらえる?」
「は? こわ」
奏汰は「つまんな」とか言いながら、蒼真くんからもらったお菓子を開けて食べ始めた。
「なにこれ、うま」
本当にブレない。逆に尊敬する。
蒼真くんはまだ楽しそうに写真を見せ続けていて、私は必死に平静を装いながら画面を追っていた。
スワイプ。
スワイプ。
スワ……。
――ふと、蒼真くんの指が止まった。
「あ」
小さな声。
画面が一瞬で、別の写真に切り替わった。
目を閉じている人が見えたような……。
……え? 今、見えたのって――。
「これは見せちゃダメなやつだった」
蒼真くんが、すぐに画面を戻す。
え、なになに!?
ダメってなに!?
「そう言われると、すっごい気になるんだけど……」
私が言うと、蒼真くんは笑った。
罪のない笑顔。でも、私には悪魔に見える。
「漣に怒られるからだめ」
……怒られる、って何を撮ったの?
私は、見えなかった部分を勝手に補完しそうになる脳を、必死に制御した。
制御したけど、無理だった。勝手に補完されていく。
もしかして寝顔……? どこで……? なんで……?
だめだ。私はもうだめだ。
画面は一瞬しか見えなかったけど。
それだけでお腹いっぱいです。
ふたりが相変わらず仲良さそうで、安心した。
蒼真くんは気づいていないかもしれないけど。
もう、それは“親友”の距離じゃないと思うよ。
それを“親友”って呼ぶのは、ちょっと無理がある。
……少なくとも、私は“親友”って言葉では呼べない。
***
帰宅後、ベッドに寝転がりスマホで検索する。
『親友 どこから 恋』
『寝顔 撮る 心理 親友』
検索結果に並ぶのは『愛おしさ、記録したい、独占欲、特別感』などの文字。
ふふふふ……。ニヤニヤが止まらない。
「早く気づけえええ――――!!!!!」
その時、ドアがバァァァンッと開く。
「姉ちゃん!! うるせぇ!!!!!」
そう言い放って去っていったのは、4つ歳下・高校2年生の弟、巧だった。
無理。お姉ちゃんはもう止まれません。
この恋、私が最前列で観測します!!




