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隣の景色  作者: のゆ
19/22

18話 今日だけは素直に

 ――早朝。二人のスマホから、アラームが鳴り響く。

 

 目を開けると、窓の外はまだ夜の色が残っていた。

 街灯だけがぼんやり光っている。

 

 ソファから身体を起こして、ベッドを見る。

 ……蒼真(そうま)は、まだぐっすり寝ていた。

 俺に起こしてもらえる前提でいるのが、予想通りすぎる。

 

「蒼真、起きろ」

「んー」

「蒼真!」

 

 呼びかけても起きない。

 触れていいものか少し躊躇ってから、布団越しに蒼真の肩を揺らしてみる。


「起きろよ。時間!」

「んん……わかったー」

 

 蒼真が目を擦りながら、ゆっくり目を開けた。

 

 ……もし泊まっていなかったらどうなっていたんだろう。

 俺がいなかったら、ちゃんと起きられただろうか。

 

 ***


 眠そうな蒼真を引きずるように家を出て、最寄り駅まで歩く。

 電車で隣駅に移動し、そこから特急列車に乗り込んだ。

 

 事前に予約していた二人掛けの座席。

 窓側が俺で、右隣が蒼真。


 窓の外の街並みが、ゆっくり郊外へ変わっていく。

 一時間ほど揺られるうちに、車窓の景色はビルから山へ変わっていった。

 

 蒼真は、よくそんなに話題が出てくるなと思うくらい喋り続ける。

 唐突にスマホを取り出し、画面を向けてきた。


 「(れん)、カメラ見てー」

 

 窓の景色を背に、インカメラでふたりの写真を撮ろうとしてる。

 画面に収まろうと、蒼真が距離を詰める。肩が触れる。

 

 ……心臓がうるさい。

 

 蒼真にとって、この距離は友達の距離なんだろうか。

 近すぎて、いつも疑問に思う。

 

 でも、蒼真が楽しんでいることが伝わってきて、自然と笑ってしまう。

 

 しばらくすると、蒼真の声がだんだん途切れがちになる。

 うとうとし始め、やがて俺の肩にもたれてくる。

 

 近い近い……! 体温が肩から伝わってくる。

 鼓動が聞こえてしまいそうだ。

 

 蒼真の寝顔を横目で見る。

 無防備で……かわいい。

 

 何度も泊まりに来ているのに、こんなに近くで寝顔を見るのは初めてだった。

 

 昨日言っていたとおり、楽しみで眠れなかったのか……?

 そう思うと、抱きしめたくなる。


 ……でも、できるわけがない。

 ここまで関係を壊さないよう、気持ちを隠してきたんだ。

 これからもずっと。

 

 肩は重い。それでも起こせかった。

 


 ***


 特急列車内。

 アナウンスが流れる。

 

 寝ている蒼真に声を掛ける。

「蒼真、次降りるぞ」

「……ん、わかったぁ」

 

 もたれていたことにも気づかないまま、ゆっくり目を開けて伸びをして体勢を戻す。


 

 電車を降りて、駅を出る。

 

 「ついたー!」と蒼真がはしゃぐ。

 

 気持ちのいい晴天。駅前から見える山は半ば紅葉していた。

 空気は澄んでいた。普段の街の匂いじゃない。

 ひんやりした空気が胸の奥まで入り込む。

 都会より静かで、風の音がはっきり聞こえた。

 

 まずは野外展示がある美術館へ向かう。

 行き方メモをチェックする。

 

 バスで約十五分。

 野外展示の美術館に到着した。

 

 広い芝生にオブジェが点在している。

 足元の芝が少し湿っていて、靴の裏に冷たさが伝わる。


「うわ、これデカっ! なんかラスボス感あるな」

 

 ……出たよ。RPGゲームが好きな、蒼真らしい視点。

 

「光の当たり方計算してるのかも。影が綺麗に落ちるように」

「え、そこ見るの?!」

「見る」

「同じもの見てんのに、見えてる世界全然違うなー」

「……蒼真は蒼真で、俺が見ないところ見てる」

「どこ?」

「ラスボスがどうとか。俺はそういう見方したことなかったから」

 

 二人で笑う。

 こういう時間を共有できるのが、嬉しい。


 歩きながら蒼真が言う。

「なんか、漣とこういう自然いっぱいなところに来るの新鮮だな! ずっと一緒にいるのに、意外と初めてなことって多いなって思った!」

 

 ずっと一緒にいるのに、初めてが多い。

 その言葉が頭の中で繰り返される。

 

 思い出が増えていく。蒼真の中に、俺との記憶が。

 そう思うと胸がいっぱいになる。

「……たしかに。初めてだ」


 ***


 次に向かったのは、少し歩いたところにある小さな屋内ギャラリー。

 

 ギャラリーの中は静かだった。

 足音がわずかに響く。

 

 蒼真が目の前の絵を指差して、俺の耳横で小さな声で囁く。

「これさ、漣好きそう」

「うん……構図がきれい」

「これは、そういう見方するんだ」

 


 ギャラリーから出た後、蒼真が言う。

「漣って、やっぱ見てる世界が違うよな~。かっこいい! 羨ましい!」

 内心、少し嬉しかった。

 

 歩きながら蒼真が言う。

「高校一年の時だっけ? 一緒に美術館行ったこと思い出した」

「うん……あの時、初めて美術館に行った」

 一緒に行ったことを覚えてくれていた。それだけで、少し泣きそうになった。


 ***


 十三時。

 予約していた古民家風の和食屋。

 窓から紅葉が見える、静かで落ち着いた雰囲気。

 木の匂い、障子越しの光。紅葉が窓から見える半個室だった。


 蒼真が個室内を見まわして言う。

「うわー、こういうとこ修学旅行感あるよな!」

 こんな静かな修学旅行があるか。適当め。

「……いや、修学旅行でこんな静かな店入らないだろ」

「あ、確かに。班行動でラーメン屋行ったわ」

 そう言って、蒼真が笑った。

 朝と夜は賑やかなビュッフェだったしな……。


 料理が運ばれて来る。

 天ぷらや小鉢、炊き込みご飯。ボリュームがあって豪華だった。

 湯気が立ち上って、ほんのり出汁の香りが漂う。


 蒼真がスマホで料理の写真を撮っている。

「うわ、めっちゃうまそう!」

 

 俺は料理をじっと見てから、ゆっくり箸を持つ。


 蒼真が言う。

「こうやってさ、落ち着いたお店で飯食うの人生初めてかも」

「……そう、なんだ」

「なんか、オレ一人だったら絶対こういう店入らないし」

「……」

 蒼真が俺の目を見て、笑顔でさらっと言った。

「漣と来られてよかった!」

 

 箸が止まる。

 ……それ、ずるいだろ。

 もしかして、蒼真って誰にでもこういうこと言ってしまうタイプなのか……?

 だとしたら、今まで蒼真と付き合っていた人たちが羨ましすぎて、嫉妬で狂いそうだ。こんな優しい笑顔と声で、甘い台詞を言われたらもう……抜け出せない。


 平然とした顔で「うん」と言って、静かに頷くしかできなかった。


 ***

 

 店を出たあと、店先の紅葉を見ながら歩く。

 隣にいるのが当たり前みたいに。

 それが、少しだけ……怖いくらい幸せだった。

 

 これ以上好きになりたくないのに……!

 ああ、でもこんな時間がずっと続けばいいのに――。

 

 まだ、帰るまで時間はたくさんある。

 今日だけは素直に楽しみたい。蒼真にも、楽しんでもらいたい。


 ***

 

 次の目的地、湖畔へ向かう電車。

 駅のホームに着くと、想像以上の混雑。

 

 電車に乗り込む人波で、身体が前に押し出される。

 とっさに壁に両手をついた。


 ――蒼真を潰さないように。


 蒼真の背中の向こうは壁。

 俺の背中には知らない人のコートが触れる。逃げ場が、ない。

 向かい合っている蒼真を囲う形になってしまって、距離が一気に縮まる。


 ち、近い! 息ができない。近い……!

 焦りを悟られないように。油断して気持ち悪い顔にならないように……しかめっ面になってしまう。

 吐息が触れそうな距離で視線が合って、思わず声を落とした。


「……ごめん。大丈夫?」


 蒼真の身体がびくっと揺れた。

 目を見開いて固まっている。


 やっぱり怖がらせてる……?

 できる限り離れようとした瞬間――。


「だ、大丈夫! 全然大丈夫!!」


 声が裏返ってる。

 勢いよく返事をされたせいで、逆に戸惑う。


 そんなに焦るほど嫌だったのか……?


 蒼真はなぜか視線を泳がせて、落ち着かない様子で立っている。


 その後も電車が揺れるたび、囲い込む形になる。

 蒼真の顔がすぐそこにあって、視線のやり場がない。


 近すぎる。


 こんなの平常心でいられるわけがない。

 こんな状態で、あと二駅も耐えられるのか……?

 

 心臓の音がうるさい。

 このまま、壊れてしまいそうだった。

 

 ――もう、とっくに手遅れかもしれない。

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