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隣の景色  作者: のゆ
18/22

17話 旅行行かない?

 ――休日の午後。

 窓から差し込む光が、床にゆっくり伸びている。

 今日は蒼真(そうま)が、俺(篠宮 漣(しのみや れん))の家に遊びに来ている。

 いつものようにソファの右隣に座っている蒼真。自分で持ってきた雑誌を読んでいる。


 先日あった出来事を思い出す。

 この部屋で、蒼真と掴み合って口論になってしまった。

 

 あの日のあと、表面上はいつも通りに戻った。でも、完全に元通りかと聞かれたら、たぶん違う。

 俺の中に残った感情も、蒼真の中にあるはずの何かも、まだきちんと整理できていない気がしていた。

 

 あの日、冷静になれば「いつものことだ」ってスルーできたはずなのに……。

 誕生日だって、正直どうでも良かった。待つのは慣れてるし、来ないなら来ないで良かった。

 蒼真を責めたかったわけじゃない。

 ただ、『いつでも後回しにしてもいい存在』って言われているような気がして、苦しくて耐えられなかった。それが事実かどうかじゃなく、そう思ってしまう自分が情けなくて……。

 

 蒼真が雑誌をパラパラめくりながら、ほんとに何気なく言った。

「なー、(れん)ー。旅行行かね?」


 一瞬、何を言っているのか意味が分からなくて聞き返す。


「……旅行?」

「そ。日帰りでもいいしさ」


 なんで急に、と思った。

 この前、あんなにぶつかったばかりなのに。


「……なんで俺と?」

「え?」

 

 口に出した瞬間――。これは聞かなくてよかったやつだ、って取り消したくなった。

 本当は嬉しかった。ただ確認したかっただけ。

 俺を選んでくれているのか、それとも、誰でも良かったのか。

 期待するのが怖くて、冷たい言い方をしてしまう。――ほんと、めんどくさいな、俺。


「大学の友達とか、サークルの仲間と行ったほうが楽しいと思うけど」


 蒼真は、ムッとした顔でこちらを見る。


「オレは、漣と行きたいんだけど!」


 迷いのない即答だった。

 その言葉が、思った以上に胸に響く。


「この前のさ……誕生日の件もあるし。埋め合わせしたいっていうか……」

 蒼真はそう言いながら、目を逸らして語尾が小さくなっていく。

「……あと、小中高の修学旅行の時、オレらいつも別のクラスだったじゃん? だからさ、ふたりの思い出あってもよくない?って思って」


 胸の奥が、ギュッと掴まれる。蒼真がそんなことを考えてくれてたなんて……。

 一緒に旅行に行きたい、って言われるのは思っていたよりずっと嬉しかった。

 でも、嬉しいって顔をしたら負けな気がして、平然とした顔で視線を逸らす。


 少しの沈黙の後、蒼真が口を開いた。

「……え、なに? オレ今、言い方キモかった?! また激重彼女みたいになってた?!」

 

 気にするところがおかしいだろ……。

 そこで張り詰めていたものが、ふっと緩んで笑ってしまった。

「……最高に激重彼女だよ」

「は?! 待って! 今の忘れて!」


 焦ってる蒼真が、少し可笑しい。

 

 ちゃんと俺を選んでくれてる。俺じゃないといけない理由。

 それが分かってしまったら断る理由なんて、どこにもない。そう思って、答えた。


「行こう。旅行」

「ほんと?! やった! お互い行きたいところ出し合おうぜー!」


 無邪気に笑う蒼真を見ながら思った。こういうところが好きなんだ、って。

 いつも明るくて、元気をくれて、なぜか俺のために時間を使おうとする……。

 

「わかった。調べて連絡する」

「すげー楽しみ!」

 

 ***


 ――後日。

 スマホで観光地を調べていると、蒼真からメッセージが来た。

 

『こことかどう?』

 URLが添付されていた。

 電車で片道二時間くらいの場所にある観光地。

 さっき調べていた時に、良さそうだと思っていた場所だった。

 

『いいと思う。実はそこ、候補に入れてた』

 

 すぐに蒼真から返信が来る。

『まじ?! じゃあ、ここに決定!』


 日程は今月末にある三連休のどこか。日帰り旅行に決定した。

 費用は全部蒼真持ち、らしい。半分にしようって言っても、だめ!って言って聞いてくれなかった。


 ***


 それから数日は、空いた時間で行き先の観光スポットや交通手段を念入りに調べた。


 ふたりが行きたい場所への行き方や時間配分、食事する場所のチェック。

 スマホアプリで旅行のしおりを作った。

 

 出来上がったしおりを見た蒼真が言う。

「漣、旅行ガチ勢じゃん」

「日帰り旅行は時間との勝負だから。……たぶん」


 誰かとの旅行なんて初めてだからよく分からないけど……。

 どうせなら、ふたりとも楽しめる日にしたくて、つい拘ってしまった。

 こうして準備している時間から、もうすでに旅行を楽しんでいるのかもしれない、って思った。


 ***

 

 ――あっという間に出発前日。

 持ち物の準備と確認をする。

 

 モバイルバッテリーふたつ。(蒼真の分も。蒼真はきっと持ってこない。きっと、「電池なくなったら現地で買えばいいや!」とか思っているはずだ。)

 酔い止め。

 B6サイズのスケッチブック。

 電車の乗り換え時間はスマホにメモした。

 食事内容はチェック済み。(俺は食べられないものが多い)


 その他諸々……。


 

 出発が早朝ということで「一緒に行こう!」と言われ、夜から蒼真が家に泊まりに来ることになった。

 起こしてもらおう、という魂胆が見え隠れするが……寝坊されるよりずっといい。

 

 インターホンが鳴り、ドアを開ける。

 蒼真が笑顔で立ってる。

「れんー、来たよ!」


 蒼真が持ってきた荷物は小さいボディバッグひとつだった。

 日帰りだからおかしくはないんだけど……近場に出かけるくらいのノリで、蒼真らしいなと思った。

 

「蒼真、荷物少な。ほぼ手ぶらだな」

「あー、なんか足りなくなったら現地のコンビニで買えばいいやって」

 

 やっぱり……! 言うと思った。

 こういうところが心配で、それでも嫌いになれないところでもある。

 ……たぶん、これからもずっと。

 

 俺たちが行く観光地、意外とコンビニないんだぞ……。

 必要そうなものを少し多めに持って行くことにした。


 ***


 蒼真が家に泊まる時は、いつも俺の部屋着を貸している。

 身長も体格も似ているから、兼用できるのは助かる。

 

 蒼真がベッド、俺がソファで寝る。

 電気を消した後に、蒼真が話しかけてきた。

 

「なんか修学旅行っぽくね? わくわくして眠れないかも!」

「……寝ろっ」

 

 蒼真に背を向けて、緩んだ頬を押さえる。

 こっちは昨日から楽しみで眠れなかったんだから……。

 

 胸の奥が、静かに温かくなっていく。

 明日は一日中、蒼真とふたり。誰にも邪魔されない一日。

 蒼真が俺のために時間使ってくれるんだ――そう思いながら目を閉じた。

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