17話 旅行行かない?
――休日の午後。
窓から差し込む光が、床にゆっくり伸びている。
今日は蒼真が、俺(篠宮 漣)の家に遊びに来ている。
いつものようにソファの右隣に座っている蒼真。自分で持ってきた雑誌を読んでいる。
先日あった出来事を思い出す。
この部屋で、蒼真と掴み合って口論になってしまった。
あの日のあと、表面上はいつも通りに戻った。でも、完全に元通りかと聞かれたら、たぶん違う。
俺の中に残った感情も、蒼真の中にあるはずの何かも、まだきちんと整理できていない気がしていた。
あの日、冷静になれば「いつものことだ」ってスルーできたはずなのに……。
誕生日だって、正直どうでも良かった。待つのは慣れてるし、来ないなら来ないで良かった。
蒼真を責めたかったわけじゃない。
ただ、『いつでも後回しにしてもいい存在』って言われているような気がして、苦しくて耐えられなかった。それが事実かどうかじゃなく、そう思ってしまう自分が情けなくて……。
蒼真が雑誌をパラパラめくりながら、ほんとに何気なく言った。
「なー、漣ー。旅行行かね?」
一瞬、何を言っているのか意味が分からなくて聞き返す。
「……旅行?」
「そ。日帰りでもいいしさ」
なんで急に、と思った。
この前、あんなにぶつかったばかりなのに。
「……なんで俺と?」
「え?」
口に出した瞬間――。これは聞かなくてよかったやつだ、って取り消したくなった。
本当は嬉しかった。ただ確認したかっただけ。
俺を選んでくれているのか、それとも、誰でも良かったのか。
期待するのが怖くて、冷たい言い方をしてしまう。――ほんと、めんどくさいな、俺。
「大学の友達とか、サークルの仲間と行ったほうが楽しいと思うけど」
蒼真は、ムッとした顔でこちらを見る。
「オレは、漣と行きたいんだけど!」
迷いのない即答だった。
その言葉が、思った以上に胸に響く。
「この前のさ……誕生日の件もあるし。埋め合わせしたいっていうか……」
蒼真はそう言いながら、目を逸らして語尾が小さくなっていく。
「……あと、小中高の修学旅行の時、オレらいつも別のクラスだったじゃん? だからさ、ふたりの思い出あってもよくない?って思って」
胸の奥が、ギュッと掴まれる。蒼真がそんなことを考えてくれてたなんて……。
一緒に旅行に行きたい、って言われるのは思っていたよりずっと嬉しかった。
でも、嬉しいって顔をしたら負けな気がして、平然とした顔で視線を逸らす。
少しの沈黙の後、蒼真が口を開いた。
「……え、なに? オレ今、言い方キモかった?! また激重彼女みたいになってた?!」
気にするところがおかしいだろ……。
そこで張り詰めていたものが、ふっと緩んで笑ってしまった。
「……最高に激重彼女だよ」
「は?! 待って! 今の忘れて!」
焦ってる蒼真が、少し可笑しい。
ちゃんと俺を選んでくれてる。俺じゃないといけない理由。
それが分かってしまったら断る理由なんて、どこにもない。そう思って、答えた。
「行こう。旅行」
「ほんと?! やった! お互い行きたいところ出し合おうぜー!」
無邪気に笑う蒼真を見ながら思った。こういうところが好きなんだ、って。
いつも明るくて、元気をくれて、なぜか俺のために時間を使おうとする……。
「わかった。調べて連絡する」
「すげー楽しみ!」
***
――後日。
スマホで観光地を調べていると、蒼真からメッセージが来た。
『こことかどう?』
URLが添付されていた。
電車で片道二時間くらいの場所にある観光地。
さっき調べていた時に、良さそうだと思っていた場所だった。
『いいと思う。実はそこ、候補に入れてた』
すぐに蒼真から返信が来る。
『まじ?! じゃあ、ここに決定!』
日程は今月末にある三連休のどこか。日帰り旅行に決定した。
費用は全部蒼真持ち、らしい。半分にしようって言っても、だめ!って言って聞いてくれなかった。
***
それから数日は、空いた時間で行き先の観光スポットや交通手段を念入りに調べた。
ふたりが行きたい場所への行き方や時間配分、食事する場所のチェック。
スマホアプリで旅行のしおりを作った。
出来上がったしおりを見た蒼真が言う。
「漣、旅行ガチ勢じゃん」
「日帰り旅行は時間との勝負だから。……たぶん」
誰かとの旅行なんて初めてだからよく分からないけど……。
どうせなら、ふたりとも楽しめる日にしたくて、つい拘ってしまった。
こうして準備している時間から、もうすでに旅行を楽しんでいるのかもしれない、って思った。
***
――あっという間に出発前日。
持ち物の準備と確認をする。
モバイルバッテリーふたつ。(蒼真の分も。蒼真はきっと持ってこない。きっと、「電池なくなったら現地で買えばいいや!」とか思っているはずだ。)
酔い止め。
B6サイズのスケッチブック。
電車の乗り換え時間はスマホにメモした。
食事内容はチェック済み。(俺は食べられないものが多い)
その他諸々……。
出発が早朝ということで「一緒に行こう!」と言われ、夜から蒼真が家に泊まりに来ることになった。
起こしてもらおう、という魂胆が見え隠れするが……寝坊されるよりずっといい。
インターホンが鳴り、ドアを開ける。
蒼真が笑顔で立ってる。
「れんー、来たよ!」
蒼真が持ってきた荷物は小さいボディバッグひとつだった。
日帰りだからおかしくはないんだけど……近場に出かけるくらいのノリで、蒼真らしいなと思った。
「蒼真、荷物少な。ほぼ手ぶらだな」
「あー、なんか足りなくなったら現地のコンビニで買えばいいやって」
やっぱり……! 言うと思った。
こういうところが心配で、それでも嫌いになれないところでもある。
……たぶん、これからもずっと。
俺たちが行く観光地、意外とコンビニないんだぞ……。
必要そうなものを少し多めに持って行くことにした。
***
蒼真が家に泊まる時は、いつも俺の部屋着を貸している。
身長も体格も似ているから、兼用できるのは助かる。
蒼真がベッド、俺がソファで寝る。
電気を消した後に、蒼真が話しかけてきた。
「なんか修学旅行っぽくね? わくわくして眠れないかも!」
「……寝ろっ」
蒼真に背を向けて、緩んだ頬を押さえる。
こっちは昨日から楽しみで眠れなかったんだから……。
胸の奥が、静かに温かくなっていく。
明日は一日中、蒼真とふたり。誰にも邪魔されない一日。
蒼真が俺のために時間使ってくれるんだ――そう思いながら目を閉じた。




