16話 誕生日が終わる前に
――十一月四日。
親友、漣の誕生日。
毎年スケジュールに入れていて、絶対忘れないって決めている。
プレゼントもちゃんと忘れず持ってきた。あとは、渡すだけ――のはずだった。
漣にメッセージを送る。
『今日、漣んち行っていい?』
すぐに返事がきた。
『いいよ』
***
今日は夜から、同じ学部の先輩の就職祝いで飲み会がある。
一時間くらいで出られると思っていた。二十時前には抜けて、漣の家に向かうつもりだった。
乾杯が終わって、料理が運ばれてきて、場が一気に盛り上がる。
そろそろ抜けよう。そう思って席を立とうとした瞬間。
「蒼真ー! お前、このまえ実習だったんだろ? どうだった?!」
先輩に声をかけられて、笑って答えてしまう。
話が広がって、また抜けられない雰囲気になってしまった。
今抜けるの、ちょっと気まずいよな……。
ポケットのスマホが気になって、一度取り出しかける。
でも、みんなが話してる輪の中で、画面を見るのもなんとなく気まずくて、またしまう。
もう少ししたら抜けよう。
飲み会があることは伝えてるから……漣なら、わかってくれるだろうし。
そう油断したのが、間違いだった。
暫くして、スマホ画面に表示された時刻を見た瞬間、血の気が引いた。
二十三時……。
さっきまでのみんなの笑い声が、急に遠く感じる。
だいぶ前に漣からメッセージが来てた。
『何時に来る?』
急いで漣にメッセージを送る。
『ごめん!! 今から行く!』
先輩に挨拶をして、急いで店を飛び出す。
漣の家は同じ駅の向こう側だから、走って向かって、着くのは二十分後くらいかな……。
メッセージに既読はついたけど返事は無い。ひとまず漣の家まで走った。
向かう途中、何度かスマホを確認する。……相変わらず返事はない。
――怒ってるよな。そりゃそうだ。
***
漣の家に着いて、インターホンを鳴らす。
ゆっくりドアが開いた。
漣は無表情だけど、明らかに怒っている様子。
「漣……! 遅くなってごめん」
「とりあえず入れよ」
ドアが閉まる音が、やけに大きく響いた。
いつもと同じ静かな部屋。なのに、知らない場所みたいに感じる。
……この状況、当たり前だけど空気が重い。
漣の背中を見ながら、喉の奥がひりつく。
オレは謝る事しかできなかった。
「連絡、直前になって本当にごめん」
「この時間まで、連絡ひとつもできなかったんだ」
「タイミング逃してしまって……」
「俺なら何時間でも待たせていいと思ってた?」
「ちがうっ……そういうわけじゃ……」
漣はため息交じりに言う。
「こういうこと、前から何度もあったよな」
確かにそうだ。
今日みたいに気づいたら時間経ってたり、送ったつもりになってて直前に連絡、ってことが何度もあったのは事実……。
「適当すぎんだよ……蒼真は」
でもさ……ちゃんと今日のうちに来たじゃん。
連絡できなかったのはオレのせいだけど……漣、厳しすぎない?
言われっぱなしで、頭に来てつい言ってしまった。
「チッ……じゃあ言わせてもらうけどさ、そんな前から思ってたなら早く言えよ」
「あ゙?」
おぉ……ガチギレしてる。
漣の神経を逆撫でしてるの分かってるのに、なんでこんな言い方してしまったんだろ……。
謝りたかったはずなのに、言葉が勝手に尖っていく。引き返せないのが分かっていて、それでも止められなかった。
「漣、いつも自分が思ったこと言わねえよな? 言ってくれないとわかんねえんだよ! いつもなんか抑え込んでるっつーか……思った時にすぐ言えよ!」
「言えるわけねぇだろ……。てか、抑え込んでるのはてめぇだろ? いつも自分のこと後回しで、こっちの世話焼きやがって……」
予想外の返答に戸惑う。
「は?! 後回しになんかしてないけど……?! お前が倒れたら面倒だから、世話してんの」
「はぁ?! 面倒ってなんだよ!!」
胸ぐらを掴まれて、オレも掴み返した。
こんなに感情むき出しの漣は初めて見た。
それだけオレへの不満を溜め込んで、今まで我慢させてたのかもしれない。
掴み合って言い合ってる時、ふと壁にかかった時計が目に入る。
――あ、日付変わりそう。今日が、終わる。漣の誕生日が終わってしまう。
漣の服を掴んでいた手を離した。
「ちょっとまって」
「なんだよ?!」
バッグから漣へのプレゼントを取り出して……渡す。
「……おめでと」
「は? 今? なに?」
漣、明らかに混乱してる。当たり前だよな……。
自分でも最悪のタイミングだってわかってるよ……!
でも――。
「日付変わる前に、渡しときたかったっていうか……」
「なんだよそれ……アタマおかしいだろ……」
そう言いながらも、漣がプレゼントを受け取ってくれた。
「……ありがと」
声ちっさ。でも、静かな部屋ではちゃんと届く。
しばらくの沈黙。
――で、急に漣が笑い出した。
「く、くくっ……あははははっ! ほんと蒼真って、空気読めない奴……」
「はぁ?!」
「はぁ……なんか、怒ってんのバカバカしくなったわ。……強く言ってごめん」
「いや、悪いのオレだし……つーか、漣。ガチギレしたらキャラ変わりすぎ」
「な、なんだよ! キレさせたのそっちだろ……」
怒らせたのは本当に申し訳ないと思っているけれど、漣の見たことない一面が見られて少し嬉しかった。
「たまにはそうやって思ったこと言ってよ? 今日は本当にごめんな……」
「……こっちも言いすぎた。ごめん」
お互い目を合わせられず、沈黙が続く……。
自分が待たせた側なのに、仲直りとか言える立場じゃないのは分かってる。
でも、このまま終わらせたくなくて――。
オレは手を差し出した。
「……はい、仲直りの握手」
すると、漣がおずおずと手を出してくれたからギュッと握る。
握手したまま、しっかり漣の目を見て言った。
「これからは、もっとちゃんと連絡する。許してください!」
「……はは、もういいから。この話終わり! 適当に座ってて」
漣は困ったような笑顔で、そう言って手を離し、キッチンのほうへ飲み物を取りに行った。
仲直りできた……のかな。
オレは無意識に、漣は待ってくれるのが当たり前だって、どこかで思ってた。
優しさに甘えすぎていたんだ。それに気付けたのが、今日でよかったと思う。
漣の本音を少しでも聞けたことは良かった。でも、もう絶対怒らせちゃダメだって思った。
今度、ちゃんとお詫びの何か考えなきゃな――。




