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隣の景色  作者: のゆ
13/18

12話 見せるための絵

 学園祭準備期間の芸術棟は、朝から騒がしい。

 展示用のパネル、脚立、養生テープ。足音、台車の軋む音。

 あちこちで人の声と物音が混ざり合っている。


 展示室の入口に積まれたパネルの横をすり抜け、俺(篠宮 漣(しのみや れん))は自分の作品の前にしゃがみ込む。

 指定された展示スペースでキャプションの位置、ライトの角度、床に引いた目印のテープ——ひとつずつ、直していく。


 準備といっても、ただの飾り付けじゃない。

 作品を並べた時のバランスや、ライトの当たり具合まで調整を重ねる。


 教授が展示室を周ってチェックしている。

 教授の名前は、九条(くじょう)ローラン(あきら)

 身長185センチくらいある長身の男性。年齢不詳。

 女性的な仕草や口調、上品で洗練されたファッションに派手な色のスカーフが特徴だ。

 

「篠宮、ライトの角度もう少し上に向けてくれるかしら?」

「はい」


 指示された通りにライトを上げると、影になっていた部分が照らされた。

 ほんの少し動かすだけで作品の見え方が変わるんだ、って思った。


 一通りチェックを終えた教授の声が、展示室に響く。


「午後からは課題の講評よォー! 逃げるんじゃないわよ♡」

 

 さらっと脅して去っていく背中を見送りながら、周囲の学生たちが一斉にざわつく気配がした。



 ***


 ――午後。

 課題の講評が始まった。

 自分の作品を制作意図とともに説明し、教授がコメントする。

 講評の時間は、何度経験しても心臓が落ち着かない。

 

「はーい、じゃあ次ぃ〜」

 

 教授の呼びかけで、黒瀬 悠月(くろせ ゆづき)が自身の作品の前に立ち、説明を始める。

 悠月の作品は、迫力があって禍々しい色使いをしている。悠月のファッションも、作品と世界観が統一されていて説得力がある。

 

「作品名は『終焉(しゅうえん)(にわ)Garden(ガーデン) of(オブ) Demise(ディマイズ)〜』。

 破壊のあとに残るものを表現しました。終わりは再生でもある、みたいな。希望と捉えるか絶望と捉えるかは、見る人に委ねたい」


 流暢な説明。自信満々の笑顔。

 教授は頷きながら、じっと見ている。


「『終焉(しゅうえん)の庭』……ふふ、今回もタイトル強いわねェ~。完成度高いわ。……ただね」


 一拍。


「アンタ、自分を信じすぎ。俺の世界に沈め!って主張しすぎ。アンタ案外、強引なオトコよねェ」


 悠月の眉が、わずかに動いた。

 

「どういう意味です?」

「そのままよォ~! 見る側が、感じる前に圧倒されるの。

 黒瀬は、自分以外を見下しているわね。それが作品に出てるわよ。一部の信者に見てもらうだけで、満足なら別だけど……。アンタはもっと面白くなる」

「……あぁ、そうですか」

 

 悠月は笑顔のまま、何も言わず席に戻った。


 次は、俺の番だった。

 作品の前に立ち、深呼吸する。視線が集まる。やっぱり、この時間は苦手だ。


 「……特に、強いテーマはなくて、日常の中で……心に残ったものを、描きました」


 原稿を用意してきたが、上手くは説明できなかった……。

 言い終わった瞬間、自分で「それだけ?」と思った。

 テーマがないって言ってる時点で、プレゼンとしては最悪だろう。でも、嘘は言えなかった。


 教授はしばらく黙って、クリップボードに何かを書き込みながら作品を見ていた。


 長い沈黙。


「アンタ、ずるいわねェ~」


 その一言で、心臓が跳ね上がった。……ずるい?


 教授の視線が、まっすぐ俺に向く。

「主張しない。押し付けない。でも、立ち止まった人を逃がさない。そんな作品ね。――色使い変わったわね。柔らかくなった」


 喉が詰まる。先日、悠月にも色使いが変わったと言われた。


「篠宮、他に言っておきたい事はない?」

「……はい」

「まぁいいわ。作品が全部喋ってるから。……はい、次!」


 教授はなぜか満足そうに頷いていた。

 

 ――作品が喋ってる、らしい。

 正直、何がどう伝わっているのか、俺には分からなかった。


 ***


 ――講評の後、作品を片付けていた時。


 悠月が、俺の横に立つ。

 いつもみたいに余裕の笑顔。……でも、どこか機嫌が悪い。


「……さすがだね、篠宮。いつの間に教授に媚び売ったワケ?」

「何もしてない」

「あの九条教授に、あんなにベタ褒めされて? ありえないんだけど」


 悠月はクスっと笑って、いつもの軽口を続ける。


「まぁ、あの教授は篠宮の作品みたいなのが好みだっただけ。ボクの作品の素晴らしさは、SNSのフォロワー数が証明してるよね」


 SNSのことは分からないが、悠月の作品がすごいのは間違いなかった。

 それでも、さっき教授の言葉に一瞬揺れた悠月の顔が、頭から離れなかった。


「ねぇ篠宮、ボクの作品見てどう思った?」

「……迫力があって、作品の世界に引き込まれそうで、すごいと思った」

「は?! ……なにソレ。慰めてるつもり?」

「本当に思った。俺は、悠月みたいに自分の世界観を創って、それを人に上手く伝えたりはできないから……尊敬する」


 悠月は顔を背けた、と思った次の瞬間――勢いよく俺を指差して来たから、驚いた。

 

「じゃっ……じゃあ、できるように努力することだねっ!」


 そう言って、悠月は足早に去っていった。

 俺は、なにか気に障ることを言ってしまったみたいだ……。


 ***


 ――夕方。

 今日の準備を終えて、人が少なくなった展示スペース。


 スマホが震えた。蒼真からのメッセージだった。


『今日で実習終わったーー! 学園祭の準備どう?』


 少しだけ迷ってから、短く返す。


『実習おつかれ。準備は順調』


 すぐに返事が来る。


『それだけ?笑

 当日、絶対見に行く!』


 聞きたいこと、話したいことはたくさんある。……早く会いたい。

 

 ――展示された自分の作品の前に立ち、深く息を吸った。

 

 誰かに見せたくて描いたわけじゃなかった。

 でも――見に来てほしい人の顔が、浮かんだ。

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