12話 見せるための絵
学園祭準備期間の芸術棟は、朝から騒がしい。
展示用のパネル、脚立、養生テープ。足音、台車の軋む音。
あちこちで人の声と物音が混ざり合っている。
展示室の入口に積まれたパネルの横をすり抜け、俺(篠宮 漣)は自分の作品の前にしゃがみ込む。
指定された展示スペースでキャプションの位置、ライトの角度、床に引いた目印のテープ——ひとつずつ、直していく。
準備といっても、ただの飾り付けじゃない。
作品を並べた時のバランスや、ライトの当たり具合まで調整を重ねる。
教授が展示室を周ってチェックしている。
教授の名前は、九条ローラン暁。
身長185センチくらいある長身の男性。年齢不詳。
女性的な仕草や口調、上品で洗練されたファッションに派手な色のスカーフが特徴だ。
「篠宮、ライトの角度もう少し上に向けてくれるかしら?」
「はい」
指示された通りにライトを上げると、影になっていた部分が照らされた。
ほんの少し動かすだけで作品の見え方が変わるんだ、って思った。
一通りチェックを終えた教授の声が、展示室に響く。
「午後からは課題の講評よォー! 逃げるんじゃないわよ♡」
さらっと脅して去っていく背中を見送りながら、周囲の学生たちが一斉にざわつく気配がした。
***
――午後。
課題の講評が始まった。
自分の作品を制作意図とともに説明し、教授がコメントする。
講評の時間は、何度経験しても心臓が落ち着かない。
「はーい、じゃあ次ぃ〜」
教授の呼びかけで、黒瀬 悠月が自身の作品の前に立ち、説明を始める。
悠月の作品は、迫力があって禍々しい色使いをしている。悠月のファッションも、作品と世界観が統一されていて説得力がある。
「作品名は『終焉の庭〜Garden of Demise〜』。
破壊のあとに残るものを表現しました。終わりは再生でもある、みたいな。希望と捉えるか絶望と捉えるかは、見る人に委ねたい」
流暢な説明。自信満々の笑顔。
教授は頷きながら、じっと見ている。
「『終焉の庭』……ふふ、今回もタイトル強いわねェ~。完成度高いわ。……ただね」
一拍。
「アンタ、自分を信じすぎ。俺の世界に沈め!って主張しすぎ。アンタ案外、強引なオトコよねェ」
悠月の眉が、わずかに動いた。
「どういう意味です?」
「そのままよォ~! 見る側が、感じる前に圧倒されるの。
黒瀬は、自分以外を見下しているわね。それが作品に出てるわよ。一部の信者に見てもらうだけで、満足なら別だけど……。アンタはもっと面白くなる」
「……あぁ、そうですか」
悠月は笑顔のまま、何も言わず席に戻った。
次は、俺の番だった。
作品の前に立ち、深呼吸する。視線が集まる。やっぱり、この時間は苦手だ。
「……特に、強いテーマはなくて、日常の中で……心に残ったものを、描きました」
原稿を用意してきたが、上手くは説明できなかった……。
言い終わった瞬間、自分で「それだけ?」と思った。
テーマがないって言ってる時点で、プレゼンとしては最悪だろう。でも、嘘は言えなかった。
教授はしばらく黙って、クリップボードに何かを書き込みながら作品を見ていた。
長い沈黙。
「アンタ、ずるいわねェ~」
その一言で、心臓が跳ね上がった。……ずるい?
教授の視線が、まっすぐ俺に向く。
「主張しない。押し付けない。でも、立ち止まった人を逃がさない。そんな作品ね。――色使い変わったわね。柔らかくなった」
喉が詰まる。先日、悠月にも色使いが変わったと言われた。
「篠宮、他に言っておきたい事はない?」
「……はい」
「まぁいいわ。作品が全部喋ってるから。……はい、次!」
教授はなぜか満足そうに頷いていた。
――作品が喋ってる、らしい。
正直、何がどう伝わっているのか、俺には分からなかった。
***
――講評の後、作品を片付けていた時。
悠月が、俺の横に立つ。
いつもみたいに余裕の笑顔。……でも、どこか機嫌が悪い。
「……さすがだね、篠宮。いつの間に教授に媚び売ったワケ?」
「何もしてない」
「あの九条教授に、あんなにベタ褒めされて? ありえないんだけど」
悠月はクスっと笑って、いつもの軽口を続ける。
「まぁ、あの教授は篠宮の作品みたいなのが好みだっただけ。ボクの作品の素晴らしさは、SNSのフォロワー数が証明してるよね」
SNSのことは分からないが、悠月の作品がすごいのは間違いなかった。
それでも、さっき教授の言葉に一瞬揺れた悠月の顔が、頭から離れなかった。
「ねぇ篠宮、ボクの作品見てどう思った?」
「……迫力があって、作品の世界に引き込まれそうで、すごいと思った」
「は?! ……なにソレ。慰めてるつもり?」
「本当に思った。俺は、悠月みたいに自分の世界観を創って、それを人に上手く伝えたりはできないから……尊敬する」
悠月は顔を背けた、と思った次の瞬間――勢いよく俺を指差して来たから、驚いた。
「じゃっ……じゃあ、できるように努力することだねっ!」
そう言って、悠月は足早に去っていった。
俺は、なにか気に障ることを言ってしまったみたいだ……。
***
――夕方。
今日の準備を終えて、人が少なくなった展示スペース。
スマホが震えた。蒼真からのメッセージだった。
『今日で実習終わったーー! 学園祭の準備どう?』
少しだけ迷ってから、短く返す。
『実習おつかれ。準備は順調』
すぐに返事が来る。
『それだけ?笑
当日、絶対見に行く!』
聞きたいこと、話したいことはたくさんある。……早く会いたい。
――展示された自分の作品の前に立ち、深く息を吸った。
誰かに見せたくて描いたわけじゃなかった。
でも――見に来てほしい人の顔が、浮かんだ。




