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ほくそ笑む大悪党 アルバロ・デ・モリーナ  作者: ひまえび
第1章――「サントドミンゴ篇 砂糖と疫病と未亡人」

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第6話――「病を数える支配人」

 サン・クリストバルの谷に、粗末な小屋が建てられた。


 壁は薄い板と泥、屋根は椰子の葉。しかし窓は広く取り、風が通るようにした。床には乾いた藁を敷き詰め、寝具は共用させず、病人ごとに布を分けた。


 入口には、十字架と小さな木札が掛かっている。


「病の者と、弱った者のための家」


 その文字を、アルバロ自身が書かせた。


 インディオの男が、戸口で立ち止まった。


「ここに入ると、もう畑には戻れないのですか」


「熱が下がるまでだ」


 アルバロは、はっきりと言った。


「ここでは棒も鞭もない。だが、病人のそばに入れる者は限られる。世話役も入れ替える。そうしなければ、ここが新しい墓場になる」


 インディオたちは、互いの顔を見合わせた。


 彼らは病の名も原因も知らない。ただ、ひとつの小屋で寝ていた家族が、次々と同じ斑点を浮かべて死んでいったことだけは知っていた。


 アルバロは、サン・クリストバルの水源にも手を入れた。


 川の上流を、飲み水と調理専用に決めた。そこより下流に洗濯場を設け、そのさらに下に家畜を連れていく場所と共同便所を掘らせた。


 排泄物には灰をかけ、雨季には水が溜まりやすい窪地を土で埋めた。


 監督官の一人が、ぼやくように言った。


「こんなところに手をかけるくらいなら、棒を振るうほうが早い気もしますがね」


「棒では病は叩き出せない」


 アルバロは、川の流れを見ながら答えた。


「ここで死ぬインディオがひとり減れば、そのぶん棒を握る腕が一本残る。数字の話だ」


 彼は、各宿舎に病人の数と死者の数を書き留めさせた。


 何人が熱を出し、何人が回復し、何人が墓に運ばれたか。月ごとに小さな板に刻ませ、それを自分の書斎の壁に掛けていく。


 ロドリゴ旧領のインヘニオでも、同じように病舎と便所が作られた。作業時間は少し短くされ、炎天下の作業には交代制を導入した。鞭の使用は厳しく制限され、罰則は雑役や配給の一時停止に置き換えられた。


 

 ◇ ◇ ◇


 数か月後、ラス・カサスは再び谷を訪れた。


 インディオの代表と司祭見習いを連れて、病舎と宿舎、川沿いの道を歩く。


 病舎の中では、痩せたインディオの女が寝ていた。額には布が載せられ、傍らでは別の女が水を渡している。彼女の腕には、木で作られた小さな十字架がぶら下がっている。


「ここには、誰が金を出したのですか」


 ラス・カサスの問いに、司祭見習いが答えた。


「王室からではなく、モリーナ家と聞いております。砂糖の収入から、と」


 外に出ると、川沿いに立てられた板が目に入った。


 そこには、月ごとの数字が刻まれている。


「この宿舎で病になった者、○○人。死んだ者、○人。回復した者、○人」


 拙い字だが、意味は取れる。


 ラス・カサスは、しばらくその板を見つめた。


「数字で、命の行方を数えているのですか」


「はい」


 背後から、アルバロの声がした。


「病が出始めた頃から、こうして数えてきました。ここ半年で、病になった者は減り、死んだ者も減りました」


「それで、あなたの罪が消えると?」


 ラス・カサスは振り向いた。


「あなたがインディオを過酷に働かせたこと、棒の下で倒れさせたことは、記録と証言に残っている。私の告発が本国へ届いたあとで、こうして病舎を作り、水と便所を整えたのですか」


「そうです」


 アルバロは、あっさりと認めた。


「司祭殿の告発が、私の読みの甘さを示してくれた。だから、やり方を変えました」


 ラス・カサスの眉間に皺が寄る。


「あなたは、自分の罪を軽く言い過ぎる」


「罪かどうかは、神と王が決めることです」


 アルバロは、視線をそらさなかった。


「ですが、私にも分かることがあります」


「何です」


「この谷に、去年より多くのインディオが生き残っているということです」


 彼は、川の向こうに見える畑を示した。


 以前よりも畝の数は減っていた。だが、そこを歩く人影は、確かに増えている。


「私は、棒を軽くしたわけではありません」


 アルバロは続けた。


「ただ、棒を振るう時間を減らし、病の小屋と川とトイレに銀貨を注いだ。その結果、働ける腕と足が残った。王室への奉納も、数字の上では減っていません」


 ラス・カサスは、しばらく黙っていた。


 その沈黙の間に、インディオの代表の男が、おずおずと口を開いた。


「司祭様。この谷では、前より人が死ななくなりました。あの小屋で治った者もおります」


 彼は、病舎の方角を振り向いた。


「わたしたちは、棒も畑も嫌いですが、家族が皆いなくなるよりは……」


 言葉はそこで途切れたが、意味は伝わった。


 ラス・カサスは、深く息を吐いた。


 

 ◇ ◇ ◇


 後日、本国とインディアス評議会に送られた彼の報告書には、二つの音色が混ざることになった。


 一つは、これまで通りの告発の声だった。


 ――「多くのスペイン人支配人は、インディオを酷使し、病と飢えと鞭で減らし続けている」。


 もう一つは、慎重な言葉を選んだ記述だった。


 ――「キューバ島のあるインヘニオにおいては、病舎と水の区別が整えられ、インディオの死亡が減じた例も見られる」。

 ――「彼の動機がいかなるものであれ、そのような改善は他の植民地にも広められるべきである」。


 アルバロは、その報告書の写しを受け取ると、目を通し、静かに笑った。


(『いかなる動機であれ』か)


 壁には、月ごとの小さな板が並んでいる。


 病になった者、死んだ者、回復した者。


 数字は、以前より穏やかになっていた。


(動機はひとつだ。長く働ける腕と足を増やすこと)


 彼は、インク壺の横に置かれた別の帳簿を開いた。


 そこには、砂糖の生産量と王室への奉納、貸付金の返済額が並んでいる。数字は、こちらも少しずつ上向いていた。


 病の数字と、砂糖の数字。


 二つの帳簿を見比べながら、アルバロ・デ・モリーナは、心の中で小さく笑った。


 誰の目にも止まらないところで、またひとつ、盤面の駒を動かしたつもりでいた。


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