第19話――「峠路の贈り物」
(1520年8月15日午前10時。アヨツィンコ)
イシュタパラパを発ってから、隊はクイトラワクを経由し、テスココ湖の南岸に寄り添うアヨツィンコへ入った。盆地の底とはいえ標高は2,200mだ。陽は高いのに、影には冷えが沈み、吐く息がわずかに白くなる。土の匂いに、湖の湿り気が混じって鼻腔に残った。
ここから先は骨が折れる。休火山イスタシワトル『白き婦人』と火山ポポカテペトル『噴煙の山』のあいだに口を開ける峠を越える必要がある。峠道は3,600m。風は細く、胸は浅くなる。馬の鼻息が早くなり、蹄が乾いた石を叩く音が硬く響いた。
アヨツィンコに到着すると、チャルコとアメカメーカの領主一行が出迎えに並んだ。金、銀、翡翠、羽飾り。目を射る宝飾の列の後ろに、年若い女たちの群れが控えていた。彼女らは視線を落とし、しかし耳は鋭く、周囲の言葉を拾い集めている。
アルバロは、テノチティトラン陥落の後、献上品を受け取ることを拒まなくなっていた。贈り物は忠誠の形であり、女たちの存在は情報の通り道にもなる。何より、彼女らの口は軽くない。軽くないからこそ、価値がある。
湖畔の都市の多くはすでに押さえてある。降った旗を再び立てる者には手を差し伸べ、土地と家と名を守らせた。だが、刃を向け続ける者まで抱え込むつもりはない。安堵は『降った者』への褒美であり、反抗への免罪符ではなかった。
それでも、根は簡単には抜けない。イシュタパラパでも見たが、生け贄の習慣はしぶとく残っている。祭の名目は変えられても、血を必要とする癖だけが居座っている。
チャルコの領主ミストラルココ(38歳)は、正妻ナステル(32歳)を差し出し、かわりにアルバロ側の侍女のひとりを新たな正妻として与えられた。
アメカメーカの領主メトルココ(32歳)も同じ道を選び、正妻リトランカ(20歳)を差し出し、侍女のひとりを正妻に迎えた。
見返りとしてアルバロが渡したのは、鋼鉄製の農機具と工具類だ。斧、鋸、犂、鋤、鍬。さらに家畜も添えた。肉牛、乳牛、馬、羊、山羊、豚、ロバ、ラバ(ロバと馬のかけ合わせの一代雑種)、鶏。
領主たちは、道具の価値をまだ腹の底では理解していない。自分の手を汚さず、畑の重みを知らずに育った者の目には、煌めくガラスや色玉のほうが分かりやすい宝に映るのだ。彼らはモクテスマ2世の血縁、王族であり、収穫は『あるのが当然』だと思っている。貢納で積まれる品が多いほど、なおさらだ。
アルバロはそれを承知で、表向きにはビーズ玉を数十個とガラスの容器をいくつか渡しておいた。鋼の道具と家畜は、彼らに下賜した女たちへ、馬車を付けて回す。女は生活の重みを知っている。価値が分かる者の手に置けば、道具は勝手に働き始める。
献上された女たちには、石鹸を100個と、綿布を赤、藍、黒、黄、緑、紫赤、暗紫色などに染めた布で仕立てたシャツやズボンを渡した。包みを開けた瞬間、彼女らの顔が明るくほどけた。石鹸の香りに鼻先を近づけ、指でそっと撫で、布の発色に息をのむ。喜びは声にならず、目尻にだけ宿った。
ここはメキシコ高原南部、メキシコ盆地の底部に当たる。底といっても2,200mだ。数十キロ移動しただけで空気が変わるのは珍しくない。高度によって「暑い土地」「暖かい土地」「寒い土地」が、狭い範囲にモザイクのように連なる。
衣装も同じだ。基本は木綿の上着と下着、それに羽毛のマント。だが暑い土地では紗のような薄絹の上着やスカート、ズボンが求められ、寒い土地では厚手の毛織物や毛皮が当然のように喜ばれる。原色を好む女が多い。アルバロは、献上された若い女たちに、真っ白な紗の上着と、真紅の地に金の縫い取りをした紗のスカートをひとりずつ手渡した。布は光を拾い、女たちは自分の指先が急に貴くなったような顔をした。
アヨツィンコまで来ると、家並みが変わる。石造りの平屋と、アドベ(日干し粘土のレンガ)造りの平屋が混じって増えた。庶民はアドベの家に入り、貴族は石の家に住むらしい。テノチティトランにもアドベの家はあったが、ここまで多くはなかった。
ふと、テノチティトランの住民が誇らしげに語っていた言葉を思い出した。
――テノチティトランはどの国の者より働き者で規律正しい。貧しい者はひとりもいない。誰でも無償で学校に行け、学校を終えた後の職業選択の自由も充分あるほど仕事が多い。平民でも神官や隊長になれる。
それを聞いたアルバロ軍の兵士が、笑いを引っ込めて釘を刺した。
「おい、主だった神官はもう裁かれて消えた。お前も同じ目に遭わないように気をつけろよ。祈りだ何だと言い張って、すぐ人を差し出す癖が抜けていないからな」
住民は口を閉じ、視線を逸らし、その場を去った。誰しも自分が祭の皿に載るのは望まない。
自慢話の調子には、征服した周辺諸国の犠牲の上に成り立つ栄華だという自覚が薄かった。兵士たちは内心で舌打ちしながら歩いた。まだ古い誇りの残り火が、あちこちの言葉に燻っている。
道を行く男たちの多くは腰布ひとつだった。女たちは袖なしの上着に長いスカートを合わせる。マントを羽織り、ケツァルの羽根を頭に立てる男は、やはり身分が高い。マントの下の上着も違う。富裕層や貴族、王族の木綿は派手な模様だが、庶民の衣はマゲイ(脚注①)の繊維で織られた素朴なものだった。
隊は南東へ向かい、アメカメーカを経て、イスタシワトルとポポカテペトルのあいだの峠を越え、チョルーラへ進む予定だ。空が近づく道だ。喉が乾き、唇が割れる。だが、抜ければ景色も風も一変する。
この行軍で、アルバロが最初にまとまって言葉を交わしたのは、クローディナというマヤ族の少女だった。彼女はマヤ語だけでなくナワトル語も扱えた。通訳を兼ねる妾のチャックニクは、すでにアルバロの子を身ごもり、テノチティトランに残している。いま必要なのは、代わりの舌だった。
アルバロ自身も、同じスペインから来た者たちも、戦闘経験を重ねるほどナワトル語が口に馴染んでいた。だが、交渉の細部や女の言い回しは別だ。そこを埋めるのがクローディナの役目になる。
クローディナは16歳になったばかりで、美しく、頑丈で、骨の芯が太い体をしていた。タバスコ出身だという。12歳のとき、ユカタン半島のカンペチェ地方内陸にあるオラクトゥンの首長に拐われ、下女として仕えた。15歳になると、長距離交易商人のポチテカの護衛をしていたアステカ兵に再び攫われた。
3年のあいだにマヤの風習を叩き込まれ、やがてテスココへ送られ、カカマツィンの母ミスティの侍女となったという。話し方は用心深く、しかし記憶は正確だった。ぽつりぽつりと語る風習は、テノチティトランと似ているところもあれば、まるで違うところもある。
住居の形はとくに違った。石造りは少なく、藁やしゅろの葉で葺いた急勾配の屋根が、軒下まで低く垂れた木造家屋が一般的だった。湿気と夏の暑さを逃がすため、壁も草葺きのように組まれ、すだれのように風を通す。テノチティトランの石壁を石灰で埋める造りは、頑丈だが息が詰まる。
アルバロは土の上に指先で線を引き、峠と谷の向きを確かめた。クローディナが口にした地名を、兵の誰かにもう1度言わせる。音にした瞬間、遠い村の屋根の形まで頭の中で並び、喉の乾きが先に来た。
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脚注①……マゲイ
メキシコ原産のリュウゼツラン科(アガベ属)の多年草の総称。厚い葉は壁や屋根の材料になり、葉の繊維は糸や布、サンダル、ロープなどに使われる。根や葉からは石鹸のように泡立つ成分や薬も得られ、枯れた株は燃料にもなる。酒の原料としても名高い(テキーラなど)。
出典:世界大百科事典 第2版(要旨)
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