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ほくそ笑む大悪党 アルバロ・デ・モリーナ  作者: ひまえび
第5章――「湖の鎖、石の秤」

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第12話――「湖の都の物流長ルイス」

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


 アルバロは、短くうなずいた。

「王のポテチカか」


 ルイスの目が、わずかに光った。

「ええ。王に仕える長距離商人たちの一部を、買い取りました」

「どうやってだ」


「まず、地峡でしか手に入らない品を、彼らにだけ先に見せました」

 ルイスは、指で箱の縁を叩いた。

「そしてこう言ったのです。モリーナ家の荷だけは、他の誰よりも先に運べ。運んだ分だけ、こうした品をお前たちの家族にも回す、と」


 アルバロの脳裏に、湖盆地の交易路が浮かぶ。水路と土の道が絡み合い、荷と噂が同じ速さで走る。


 宮廷に仕えるポテチカたちは、ただの商人ではない。彼らは道の噂を知り、遠い地方の政治の空気を嗅ぎ分け、時には都の耳として働く。


 その一部が、すでにモリーナ家の秤に重りを載せている。


「ポテチカどもの耳の半分を、こちらに向けさせるつもりか」


「耳の全部は要りません」

 ルイスは、落ち着いた声で答えた。

「半分で充分です。残りの半分が宮殿に噂を運べば、兄上もそれを利用できるでしょう」


 率直で、冷静で、どこか乾いている。

 アルバロは、弟のそうした性質を気に入っていた。剣を振り回すフランシスコとも、鉱山で煤にまみれるマルティンとも違う。


 ルイスは、荷と金と人の噂を、同じ帳面に書きつけて考える男だ。


「分かった」


 アルバロはそう言って、地図から視線を外した。

「東西の海の細い首は、お前と5弟フランシスコに預ける。だが、今はまだ、その首の価値をカスティーリャ人に悟られてはならぬ」

「はい」


「ベラクルスの港から来る者にも、パナマの奥から上ってくる者にも、テワンテペク地峡の真の姿は見せるな」


 アルバロの言葉は静かだが、その中に硬い芯があった。

「我らが新大陸の喉元を握っていると気づかれれば、王権は必ず喉に手をかけてくる。今はまだ、湖の都で踊る偶像の影に、首を隠しておく時だ」


 ルイスは深く頷いた。


「ゆえに、兄上の許しがあれば、私は、しばしこの都に留まりたいと思います」

「地峡を離れてもよいのか」


「砦も倉庫も、今は動き出したばかりです。フランシスコは兵を扱うのに長けています。フランシスコが戻れば、砦と倉庫の守りは万全です」

 ルイスは、自らの胸を軽く叩いた。

「私は、ここから地峡を通る荷と金と人の動きを全部把握したいのです。首都側での配分、湖の市場での売り買い、ポテチカたちの行き先。それらをこの宮殿の一室でまとめて見られれば、詰まりも遅れも、すぐに拾えます」


 アルバロは、弟の顔をじっと見つめた。


 湖の都は、もはやただの征服地ではない。北からは石炭と鉄が、東のベラクルスからは火薬と布が、西と南からは香料と木材が、細い道を通って流れ込む。入った荷は市場と倉庫をめぐり、また別の形になって外へ流れ出していく。


 それを帳簿と地図で同時に見下ろす目が必要だった。


「わかった」

 アルバロは、静かに告げた。

「ルイス。お前を、テノチティトランに残す」


 周囲の者たちの間に、わずかなざわめきが走った。

「地峡の百人隊の隊長ではなく、湖の都の物流と報告の長としてだ」


 ルイスの目が、ほのかに見開かれる。

「私は……」


「お前は、荷と噂を束ねる弟だ。北方にはマルティン、南西のバルサスの谷にはオストゥマ砦を締めるペドロ、地峡と太平洋にはフランシスコ。東の海岸のタバスコでは、父ガルシアとトマスが砂糖と黒人たちの網を動かしている」


 アルバロは、壁の地図の中央、テノチティトランに描かれた青い印を指で叩いた。

「彼らの送る荷と書簡は、すべて一度ここ、お前の部屋を通れ。湖の都を、新大陸全体を束ねる秤にする。その秤の針の揺れを読むのがお前の仕事だ」


 ルイスは、ゆっくりと膝をついた。

「お任せください」


 その声には、戦場で叫ぶ兵のような高鳴りはなかった。かわりに、紙に線を引くときのような、静かな決意があった。


 イシュタは、その背中を見つめながら、胸の前でそっと指を組み合わせた。

 彼女には地図の線も、帳簿の数字もわからない。だが、山と海の匂いが混じった荷の香りと、男たちの短い言葉のやり取りから、ひとつのことだけは感じ取っていた。


 この湖の都から、北と南と東と西へ、見えない縄が伸びている。そこを歩く者たちの足音を、今この場で決めているのだと。


 アルバロは、壁の地図に視線を戻した。細い首の線が、ただの線ではなくなって見える。砦、倉庫、港、鉱山、そして宮殿の一室までが、同じ一本の流れでつながっている。


 アルバロは静かに息を吐いた。

 テワンテペク地峡という縄は、すでにモリーナ家の手に収まりつつある。


 あとは、その縄を誰にも見せぬよう、笑いながら引き締めていくだけだと、自らに言い聞かせた。

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