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ほくそ笑む大悪党 アルバロ・デ・モリーナ  作者: ひまえび
第1章――「サントドミンゴ篇 砂糖と疫病と未亡人」

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第5話――「護民官の糾弾」

 夏の終わり、サントドミンゴからの船が、重たい知らせを運んできた。


 ラス・カサス司祭が、再びキューバ島を巡察するというのだ。


 インディオの護民官。新大陸のスペイン人にとって、その名は福音の使いであると同時に、厄介な告発者でもあった。


 アルバロ・デ・モリーナは、書簡を読み終えると、静かに息を吐いた。


(よりによって、今か)


 サン・クリストバルの水車インヘニオに加え、ロドリゴから取り上げた工場も、ようやく本格稼働し始めたところだった。畑にはサトウキビが広がり、作業小屋にはインディオと黒人奴隷がひしめく。


 どの顔も疲れてはいるが、鍋の中の煮詰まった糖蜜が、確かに銀貨に変わりつつあった。


 その足元で、熱と咳の流行がじわじわと広がっていた。


 最初は、山間の集落から連れてきたインディオの中に、熱にうなされる者が出た。皮膚には細かい発疹が浮かび、数日熱にうなされたあと、突然息を引き取る。


 同じ宿舎にいた者たちにも、次々と斑点が現れた。


 監督官たちは、倒れた者を別の小屋に移しただけで、残りの者には同じように棒を握らせ、鍋の火を見させた。


「奴らは怠けて病のふりをするのです」と、平然と言うものもいた。


 数週間のうちに、サン・クリストバルとロドリゴ旧領の両方で、インディオの数が目に見えて減った。


 十年前には何万といたという彼らは、今やイスパニョーラ島全体でも、わずか数千、キューバでも数が知れている。その残りの者を、さらに削っているのだ。


 そこへ、ラス・カサスがやって来た。


 

 ◇ ◇ ◇


 ロドリゴ旧屋敷の広間に、司祭の黒い僧服と、白い法衣が並んだ。


 ラス・カサスは、痩せた体に鋭い目を宿し、アルバロと兄フアンを見据えた。


「あなたがたは、王と神の名において、インディオを預かっているはずです」


 静かな声だったが、言葉は鋭かった。


「しかし現に、あなたのインヘニオでは、病に倒れた者たちが、畑に倒れたまま放置されていると聞きました。働けなくなったインディオは、数字から消すだけですか?」


 同席した監督官の一人が、言い訳を口にしかけた。


「司祭様、疫病は神のみわざでありまして……誰がどうしようも……」


「誰が、ではない」


 ラス・カサスは、かぶせるように言った。


「どのように、だ。狭い小屋に押し込め、汚れた水を飲ませ、夜明けから日暮れまで棒を握らせておいて、『神の御心』という言葉で片づけるのか」


 広間の空気が重くなった。


 フアンは、苦い顔で黙っている。告発されているのは弟だが、その弟をキューバに送り込んだのは、自分でもある。


 ラス・カサスの視線が、アルバロに向いた。


「ドン・アルバロ。あなたはロドリゴの財産を王室のために取り上げ、二つのインヘニオを預かっていると聞く。では、あなたは王の臣民であるインディオの命も、同じ熱心さで守っていると言えますか?」


 はっきりとした問いだった。


 アルバロは、わざと少しだけ間を置いた。


「司祭殿の御言葉は、もっともです」


 彼は、静かに口を開いた。


「この島のインディオが、イスパニョーラと同じく減り続けていることは、私も承知しています」


「しかし?」


「しかし、私は兵ではありません」


 アルバロは、ゆっくりと言葉を選んだ。


「ここに来る前から、多くのインディオが戦と疫病で倒れていました。私は、その残りの者を、どうにか畑と工場の中で生かしてきたつもりです」


「『生かしてきた』?」


 ラス・カサスの目が細くなる。


「棒に繋ぎ、熱に倒れれば替えを連れてくることを、『生かす』と呼ぶのですか」


「それが十分とは言いません」


 アルバロは、そこで初めて司祭の目を正面から受け止めた。


「ですが、私にはまだ方法が足りない。だからこそ司祭殿のような方がこの島に来られたのなら、教えを請いたいのです」


 広間にざわめきが走った。


 ラス・カサスは一瞬言葉を飲み込んだが、すぐに言葉を継いだ。


「私は、インディオをこれ以上酷使することをやめさせたい。あなたのインヘニオの労働を、まず半分に減らすべきだと考えます。病人を働かせることは、ただの殺人です」


 フアンの顔色が変わった。


「半分だと? それでは、王室への奉納も、島の収入も立ち行かなくなる」


「王室の銀貨のために、王の臣民を殺すのですか」


 ラス・カサスの声は、さほど大きくなかったが、誰よりも遠くまで響いた。


 その場で即座に結論は出なかった。


 しかし、司祭が書き記した告発の書簡は、すぐにサントドミンゴと本国へ送られた。イスパニョーラの護民官が名指しで批判した支配人。その名が、アルバロの上に刻まれた。


 フアンは弟を呼び出し、書簡を机に叩きつけた。


「お前のやり方は、やり過ぎだったのかもしれん」


「数字の上では、間違っていない」


 アルバロは淡々と答えた。


「だが司祭殿の目には、そう映らなかった。そこが私の読み違いだ」


「本国から調査団でも来れば、お前は首をはねられるかもしれないぞ」


「首をはねるより先に、問いが来るはずだ」


 アルバロは、机の上の書簡を指で軽く叩いた。


「『では、どうすればインディオを守りつつ砂糖も納められるのか』とな」


 フアンは言葉を失った。


(窮地というのは、出口に辿り着ける者にとってだけの言葉だ)


 アルバロは、心の中でそう呟いた。


 まだ出口は見えていない。だが、自分で入り口を作ることはできる。


 それを、本国と司祭の双方に納得させる形で。

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