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ほくそ笑む大悪党 アルバロ・デ・モリーナ  作者: ひまえび
第5章――「湖の鎖、石の秤」

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第1話――「石の王冠の朝(前編)」

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


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アステカ新王朝(モリーナ朝)の王と皇后

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テノチティトランとテスココ湖盆地を支配する、新しい王家の中心人物たちです。


・アステカ国王 アルバロ・デ・モリーナ(25)

 カスティーリャの小貴族の次男として生まれ、新大陸でアステカの「石の王冠」を手に入れた男。陽気な笑顔の裏で、数字と制度で人と土地を組み替え、インディオや黒人の死者を減らしながら利益を最大化しようとする。モクテスマ二世とスペイン王権のあいだに自分の立場を穿ち込み、新大陸そのものを「料理」しようと目論む大悪党である。


・第一皇后 イサベル・デ・モリーナ(31)

 もとは兄フアンの妻であったカスティーリャ貴婦人。夫の死後もアルバロに伴われてテノチティトランへ入り、今はキリスト教世界とアステカ宮廷をつなぐ第一皇后として振る舞う。モリーナ家の名誉と子どもたちを守りながら、スペイン人たちと先住貴族のあいだで言葉と礼儀を整え、宮廷の「表の顔」を引き受ける。


・第二皇后 テオトラルコ(39)

 エカテペク王家の血を引く王妃で、もとはモクテスマ二世の第一王妃とされていた女性。帝国の儀礼と人事に通じ、王宮の奥で長く「最も権力ある女」として振る舞ってきた。アルバロがアステカ王位を継いだのちも第二皇后として新王の側に立ち、貴族や神官たちの心を操る鍵を握る。


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アステカ宮廷の妾・側室

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王宮の奥で寝所と情報を分かち持ち、新王朝の血と人脈を広げていく女たちです。


・妾 チャックニク(24)

 ポトンチャン出身の若い女で、マヤ語とナワトル語、つたないながらカスティーリャ語も操る通訳兼参謀。もとは地方首長の娘で、人の嘘と空気を嗅ぎ分ける勘に優れる。遠征中にアルバロの妻となり、今は湖上の宮廷で各地から届く噂と密書を拾い集め、王の耳元でそっとささやく役目を負う。


・妾 ルシア・ベニテス(26)

 サン・クリストバル水車インヘニオ出身の黒人奴隷女で、夫トマスと共に工場を切り盛りしてきた現場の長。60名の黒人精鋭部隊を率いる部隊長であり、同時にアルバロの忠実な愛人でもある。テノチティトランでも黒人たちの住まいと食卓を差配し、王の命令を鞭と優しさで末端まで行き渡らせる。


・妾 トラパリスキショチツィン(36)

 テスココ湖北岸の要地エカテペクの女王であり、モクテスマ二世の正妻の一人として王家の血脈を支えてきた女性。自らも一都市の徴税と軍を握る統治者であり、湖周辺諸都市との縁戚関係を網のように把握している。アルバロの妾となったのちも領地の利権を手放さず、新王と旧王家のあいだで冷静な計算を続ける。


―――――――――――――――――

前アステカ国王

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滅びかけた帝国の象徴として、なお宮殿に鎮座する元の王です。


・前アステカ国王 モクテスマ二世(53)

 アステカ帝国第9代皇帝としてテスココ湖盆地を支配してきた大王。数多くの妻と側女、王子・王女を持つ大一族の長であったが、スペイン人と疫病、戦乱の前に権威を失った。今はアルバロに保護される「祈りの王」として宮殿に留め置かれ、儀礼と民の信仰を維持するための象徴として利用されている。

―――――――――――――――――


 ◇ ◇ ◇


 1519年10月下旬の朝。


 雨季が去りかけた空気は乾きはじめ、テスココ湖の水面は、鋭く磨いた銀板のように、まだ低い太陽の光を返していた。湖を割る堤と堤のあいだを、黒いカヌーの列が幾筋も滑っていく。濡れた木の匂いと、遠くの市場から立ちのぼる唐辛子の煙が、薄く混じり合って宮殿の高みまで届いていた。


 アルバロ・デ・モリーナは、テノチティトランの最も高い屋上の縁に立ち、足もとに広がる湖盆地を見下ろしていた。石畳の上から振り返れば、背後には新たな王の寝殿と、古い神殿の尖った屋根が、互いに視線をそらすように立っている。


 目を前に向ければ、堤の上に建つ見張り櫓が列を成し、その間を槍を携えた兵が歩いている。オストゥマ砦の方向には、低い山並みと霞んだ稜線があり、その下には、ペドロに預けた砦と道路があるはずであった。湖の西から南へ伸びる堤には、まだ石積みの新しさが残り、そこからはトラテロルコの市場と倉庫群へ荷が流れ込んでいく。


 石の王冠をかぶった湖である、とアルバロは思う。堤と砦と市場の歯が、今や自分の指で並べ替えられる王冠であると意識していた。


 背後から、柔らかい布の擦れる音が近づいてきた。チャックニクの足取りである。


「アルバロ陛下」

 マヤ語が混じった呼びかけが、彼の肩口に届いた。

「今日、モクテスマは大寺院に上がります。神官たちと話す日、そう言っていました」


 アルバロは振り返らずに問う。


「供の数は」


「いつもどおりです」チャックニクは、彼の横に並び、湖を見下ろした。「神官が12人、貴族が6人、兵が20人。あなたが決めた数字のままです」


「よろしい」

 アルバロは短く答えた。


 祈る王は多くてよい、と彼は考える。石段を上り下りし、血を流し、言葉を天に捧げる者が多いほど、地上の計算は静かになる。数えるのは自分であり、血をどこで止めるか決めるのも自分である。


 階下の回廊から、貝殻の笛の高い音と、儀礼の太鼓の低い響きが交じり合って聞こえてきた。モクテスマ二世が、今日もまた祈りの王として、民の前に姿を見せる支度を整えた合図である。


 アルバロは屋上から引き返し、白い石の廊下をゆっくりと進んだ。壁には、テオトラルコの指示で飾りなおされた布と羽根飾りが並び、アステカとカスティーリャの色が、まだぎこちない模様を作っている。


 曲がり角を折れると、モクテスマの行列がこちらへ向かってきた。金と翡翠で飾られた冠、青い羽根を背に立てた大王は、今でも人々の目を奪う光をまとっていた。


その横を歩くのは、年老いた大神官と若い戦士たちである。かつてその位置に並び立っていた女王テオトラルコは、今はアルバロの第二皇后として新しい王宮に属していた。少し離れた柱の陰で、彼女は行列の進み具合と人々の顔色を静かに見守り、誰にも読めぬ表情でその場に控えている。


「陛下」

 アルバロは立ち止まり、わずかに頭を傾けた。言葉の重さより、見ている者たちの目に映る形のほうを意識した挨拶である。


 モクテスマは、ほんの短い間だけ彼を見上げた。


「今日も、民のために祈る」

 ナワトル語でそう言い、視線を先に向ける。


「民のために真剣に祈れ」

 アルバロは、同じ言葉を静かに返した。「湖と堤と、飢えを知らぬ腹のために」


 行列が通り過ぎると、石畳に残るのは香の匂いと、羽根飾りが擦れる音だけであった。テオトラルコはその背を見送りながら、やがて踵を返し、新しい王の宮へと戻っていく。


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