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ほくそ笑む大悪党 アルバロ・デ・モリーナ  作者: ひまえび
第3章――「石の宮殿と皇后の賭け」

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第6話――「石の弾丸と黒い火」

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

 トチテペクの丘の影がまだ長く伸びているうちから、湖畔は金槌の音で満ちていた。


 冷えた朝の空気の中で、鉄と石の乾いた響きが、群れをなす鳥の鳴き声のように重なり合う。湿った土と葦の匂いに、砕かれた石の粉っぽい匂いが混ざり、若い戦士たちの汗がその上から生温かく折り重なっていく。


 川原から運ばれた丸石の山の前では、イシュタパラパの若者たちが膝をつき、石槌とたがねを振るっていた。黒ずんだ玄武岩の塊に印を付け、余計な角を叩き落としていく。欠けた破片が飛び、頬に当たるたびに、小さな痛みとともに冷たい粉が肌にまとわりついた。


 「もう少し削れ。砲の口より大きければ詰まり、小さければ力が逃げる」


 アルバロは、片手に木で作った簡易の口径測りを持ち、出来上がった石弾を次々と差し込んで確かめていた。指で弾いたときの音にも耳を澄ます。鈍く詰まった音を立てるものは内側にひびが入っている。そうした石は容赦なく弾かれ、再び砕石用の山へと転がされた。


 湖の方からは、水をかく櫂の音と、削った木の香りが漂ってくる。昨日までカヌーを削っていた若者たちが、今日は石と格闘していた。手のひらには、木を扱ったときとは違う、硬くざらついた痛みが刻まれていく。


 石弾の山の向こうでは、別の熱が立ち上っていた。


 小ぶりな土の炉がいくつも並び、その口から橙色の火と黒い煙が噴き出している。炉の中では、船から降ろした予備の鎧板や鎖、曲がった釘や馬具、ハバナから運んできた鉄塊が、どろりと赤く溶けていた。木炭の焦げる匂いに、鉄の焼ける金属臭が混ざり、喉の奥がきゅっと締め付けられる。


 「ゆっくりだ。焦ると炉の土が割れる」


 アルバロは、汗に濡れた額を手の甲で拭いながら、黒人の鋳物師と現地の職人たちに声を掛けた。彼らの足元には、砂と粘土で作った二つ割りの型が並んでいる。型の内側には細かい線が刻まれ、丸い弾の形がくっきり残っていた。


 溶けた鉄を汲む杓が炉から引き上げられた瞬間、熱気が顔を叩いた。眩い橙色の液体が、夜の火山の溶岩のようにとろりと揺れる。わずかに立ちのぼる金属と炭の匂いが、周囲の空気を刺した。


 「もっと近づけるな。足に落としたら、そのまま神々のところ行きだぞ」


 アルバロが笑い混じりに言うと、側で水桶を持っていたルシアが、きれいに巻き上げた袖のまま、じろりと彼を睨んだ。


 「冗談を言う場面ではないでございますよ、旦那様」


 その声音には呆れが混じっていたが、手の動きは速い。もしものときのために、水を張った桶を型のそばに滑らせておく。焼けた鉄が砂型に注ぎ込まれるたび、じゅっと小さく音がして、熱と砂の匂いが鼻を刺した。


 少し離れた場所では、白い粉が風に乗って舞っていた。


 石灰窯から運ばれてきたばかりの消石灰が、大きな木鉢や地面の窪地に盛られている。粉をすくう若者の腕は、白い粉で筋模様になっていた。そこに川砂と砕いた石、赤いテゾントレの細片がざらざらと混ぜられ、最後に水が注がれる。


 「もう少し水だ。粥ではなく、重い泥になればいい」


 イザベラが、裾を高くたくし上げて、その泥の中に素足を踏み入れた。ひやりと冷たい感触のあと、ねっとりとした重さが足首を包む。若者たちも次々と入っていき、足の裏で石灰と砂と砕石を踏みながら混ぜていく。灰白色の泥から、石灰のきしむ匂いと、湿った砂の匂いが立ちあがった。


 チャックニクが、その様子を片手で日差しを遮りながら眺めていた。彼女の足元には、木の板で組まれた枠が並べられている。


 「この中に流し込んで固めるのですね?」


 「そうだ。砲を据える土台や倉庫の床にする。土よりも水に強く、雨が降っても泥に沈まない」


 アルバロは、泥を杓で掬い上げ、木枠に流し込みながら答えた。棒で突き固めると、表面に水がじわりと浮いてくる。それを掌で撫でて均すと、まだ柔らかいはずの灰色の面から、早くも「土ではない」感触が指先に伝わってきた。


 「石と土のあいだの子どもみたいなものだ。数日もすれば、ちゃんとした石の顔をする」


 チャックニクは、その言い回しに小さく吹き出した。


 「あなたは時々、神官みたいなことを仰る」


 「神は血を好むそうだが、私は石と火の方が好きでね」


 アルバロの声には、乾いた冗談の響きと同時に、どこか危うい熱が混じっていた。


 昼の太陽が頭上に来るころには、石弾の山は丘のように盛り上がり、砂型から掘り出された鉄弾が、まだ鈍い赤みを帯びたまま草の上に並べられていた。鉄弾を打つ若者の槌の音は、石を削るときより重く、耳にずしりと響く。


 「石の弾は山ほど作れる」


 アルバロは、石弾の列と鉄弾の小さな山を交互に見渡した。


 「鉄の弾は、ここ一番の喉笛にだけ使う。城門か、敵の砲か、あるいは……」


 そこで言葉を切り、彼は指で喉を掻く真似をしてみせた。若い戦士たちが、意味を飲み込みきれずに笑ったり、背筋を粟立たせたりする。その反応を見て、アルバロは満足そうに頷いた。


 夕暮れが近づくと、熱された土と石の匂いに、冷え始めた湖風の匂いが混ざり始めた。遠くで鳴る太鼓の音が、一日の終わりを告げる。砲丸の検分とセメントの打設が一段落すると、アルバロたち幹部は、仮の指揮所として使っている倉庫の一角に集まった。


 ◇ ◇ ◇


 窓の外では、テスココ湖の水面が夕陽を弾き返している。オレンジ色の光が波に砕け、その反射が天井を揺らしていた。木の床には、粉と泥の足跡がまだ生々しく残っている。


 チャックニクが、碗に入れたカカオ飲料をアルバロの前に置き、自分も向かいに腰を下ろした。香ばしい匂いが立ちのぼり、昼の石灰の粉っぽさを喉の奥から洗い流していく。


 「一つ、お耳に入れておきたいことがあります」


 チャックニクは、碗の縁を指先でなぞりながら口を開いた。


 「昔、トラテロルコで北方の商人に会いました。彼らが荷の中から、奇妙な黒い石を取り出したのです」


 アルバロはカカオを一口含み、苦味と甘さを舌に広げながら彼女を見た。


 「黒い石?」


 「はい。木でも土でもないのに、火にくべると燃えました。煙は濃く、少し鼻を突く匂いがしました。『北の山が割れて出てくる石だ』と、彼らはそう言っていました」


 松や木炭とは違う、鉱物の冷たさを含んだ煙の感触が、チャックニクの記憶の中でよみがえっているようであった。


 アルバロは碗を静かに置いた。指先に残る陶器の冷たさとは対照的に、頭の中には火のイメージが広がっていく。


 「燃える黒い石……」


 彼は低く繰り返した。


 「木より長く燃えるなら、炉を大きくできる。鉄も、砲身も、もっと速く、もっとたくさん作れる」


 イザベラが壁にもたれかかりながら腕を組んだ。夕陽の最後の光が、彼女の頬を赤く染めている。


 「その石は、今どこにあるの?」


 「北です。正確な場所は分かりませんが、トラテロルコに来る商人たちは、同じ方角を指していました」


 チャックニクの答えを聞き終えると、アルバロはしばらく黙り込んだ。テスココ湖の波音と、倉庫の外で片づけをする若者たちの声だけが、間を埋めていた。


 やがて彼は顔を上げ、入り口近くの柱にもたれていた弟に目を向けた。


 「マルティン」


 呼びかけに応じて、マルティンが一歩前に出た。手に持っていた弩の弦を、軽く指で弾く。短く澄んだ音がして、すぐに薄闇に吸い込まれた。


 「仕事を一つ、任せたい」


 「砲を運ぶ役目ではなさそうですね」


 マルティンは口の端を上げた。兄の声の調子から、これは単なる荷役ではないと察している。


 「北へ行け」


 アルバロは、チャックニクを顎で示した。


 「彼女が昔見たという『燃える黒い石』を探せ。イシュタパラパの弩兵から、1万を選んで連れていけ」


 倉庫の空気が一瞬だけ揺れた。外の波音が、遠のいたように感じられる。


 「1万も、ですか」


 マルティンは息を吐き、そしてすぐに笑みに変えた。


 「ずいぶん大きな買い物ですね、兄上」


 「それだけの値打ちがある火だ」


 アルバロは、指で机の上の粉をなぞりながら言った。


 「木炭だけでは、これから先の砲も炉も足りなくなる。黒い石を押さえた者が、この湖とその先の土地の火を握る」


 イザベラが、二人のやり取りに口を挟んだ。


 「北は寒いと聞いているわ。食料と布と案内人を、最初からしっかり付けておかないと、火より先に兵が凍えてしまう」


 「分かっている」


 アルバロは頷いた。


 「イシュタパラパの若者たちの中から、山歩きに慣れた者を選ぶ。弩の腕だけでなく、足と肺が強い者だ。道中の村でトウモロコシと豆を買い、荷物が空いたら黒い石を詰めて戻ってこい」


 マルティンは真面目な顔つきになり、兄の言葉を一つずつ噛みしめるように聞いていた。


 「黒い石が見つからなかったら?」


 「そのときは、道と人を持ち帰れ」


 アルバロの答えは短かった。


 「どこで誰がその石を掘り、誰がそれを運んでいるのか。それが分かればいい。次に行くとき、金を持っていくか、兵を持っていくかを決められる」


 その現実的な物言いに、チャックニクが小さく息を呑んだ。


 マルティンはしばらく黙っていたが、やがて肩をすくめて笑った。


 「分かりました。北の山と人間の顔を見てきます。黒い石があれば、それもついでに連れてきましょう」


 そう言って、兄の肩を拳で軽く叩いた。拳が当たった箇所に、昼間の熱がまだ残っている。


 夜が完全に落ちたころ、湖畔には松明の列が浮かんでいた。翌朝の出立に備えて、選ばれた弩兵たちが列を組み、物資の確認をしている。弩の木の匂い、弦に塗られた脂の匂い、革袋に詰められた乾燥肉やトルティーヤの匂いが、夜気の中で混ざり合った。


 マルティンは列の先頭に立ち、背後の黒い波のような人影を見渡した。


 「北の山で、火を探す。戻るころには、ここより熱い炉を持って来るぞ」


 彼がそう言うと、弩兵たちの間から小さなざわめきが起こり、すぐに引き締まった静寂に変わった。


 少し離れたところから、アルバロたちがその様子を見ていた。横にはイザベラとチャックニク、ルシアが並ぶ。松明の炎が湖面に揺れ、遠くのテノチティトランの灯りが、夜空の星と混じり合っている。


 「こちらは都へ行くのですね」


 チャックニクがつぶやいた。テスココ湖の向こうに浮かぶ都の灯は、焚き火とは違う静かな光を放っている。


 「そうだ」


 アルバロは短く答えた。


 「ここで作った石の弾と白い石の床を、あの都の真ん中に持ち込む。そのあいだに、マルティンが北で新しい火を見つける」


 彼は湖の匂いと煙の匂いを胸いっぱいに吸い込み、その奥に、まだ見ぬ黒い石の匂いを探すように、ゆっくりと息を吐いた。


 翌朝、夜の冷気がまだ土に残る時刻に、2つの列が別々の方向へと動き出した。


 北へ向かうマルティンと1万の弩兵の列は、乾いた土煙を上げながら、山並みの方へと細く延びていく。彼らの背の弩が、昇りかけた太陽の光を受けて、一斉に光った。


 湖へ向かうアルバロたちの一団は、新しく整えられたカヌーに次々と乗り込んでいく。木の船縁に触れると、昨日削ったばかりの感触がまだ生々しい。砲丸と火薬の樽、石灰で固めた砲台の図面が積み込まれた。


 櫂が水面を押し、テスココ湖が静かに道を開いた。前方には、白い石の寺院と神殿が林立する都の輪郭が、薄紫の朝靄の中から浮かび上がってくる。


 石と火と、まだ見ぬ黒い石。そのすべてを使って、アルバロはこれからこの世界を組み替えていくつもりであった。

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