第4話――「雷と煙を従える者」
「第二斉射、準備」
アルバロは短く命じた。砲手たちは耳鳴りに顔をしかめながら、手早く次の弾を込める。その様子を、アルバロは砲列の背後から一歩退いて眺めた。砲身に詰められていく石と鉄片を見ていると、胸の奥に、静かに浮かび上がってくるものがある。これから破裂するのは敵の列だけではない。アステカの戦の常識そのものが砕けるのだと、彼は知っていた。
その間に、彼は砲列の後ろに控える弩兵五百名に合図を送った。
「狙いは、あの羽根の多い連中だ。合図で放て」
砲煙が少し晴れ、谷底の光景がまだらに姿を見せたところで、アルバロは腕を振り下ろした。
「放て」
数百本のボルトが、一斉に空を走った。風を裂く低い唸りがひとつの塊になり、まだ混乱から立ち直れていない戦士たちの胸と喉と脚を貫いた。厚い木盾を貫ききれなかった矢も、盾の縁から顔を覗かせた腕や太腿に深々と食い込み、黒曜石ではありえない角度で肉を斜めに裂いた。
その矢の雨に追い打ちをかけるように、二度目の砲声が谷に轟いた。今度は、イシュタパラパの戦士たちの耳にも、音の正体を探る余裕など残っていなかった。地面そのものが跳ね上がるような振動だけが足裏から這い上がり、彼らは前の男の背中にぶつかった拍子に泥へ倒れ、その上へさらに別の男がのしかかってきた。
最前列が崩れ、波の先端がぐしゃりと潰れた。後列にいた戦士たちは、前へ出るべきか後ろへ逃げるべきか分からず、その場で足を滑らせて転び、土煙と血の泥の中で互いの身体を踏みつけ合った。さっきまで整っていた戦列は、もはや形を保っていない。
「今だ。騎兵、前進」
アルバロが叫ぶと、三角形の隊形を組んだ二十騎の馬が、一気に倉庫の影から飛び出した。蹄が乾いた土を叩き、砕けた骨や折れた槍の上を容赦なく踏みつける。馬の腹に伝わる鈍い衝撃が、騎兵たちの腰を大きく揺らし、口の中に乾いた土と血の味が混ざった。
長槍の先には、既に布で巻いた印が付けられている。どの敵を生かし、どの敵を捨てるかを見分けるための印である。騎兵たちはそれを胸の高さに構え、まだ体勢を立て直せていない敵の列に突っ込んだ。槍先が胸板と肋骨を貫き、そこへさらに馬の体重がのしかかる。血と臓物の温かい飛沫が、馬の首と騎兵の顔にまで届き、鉄臭いぬめりが視界を一瞬霞ませた。
「犬を放て」
ルシアが短く叫び、黒人兵たちが鎖を外した。
二百匹の犬が、一斉に地面を蹴った。筋肉質な身体が低く伸び、黄色い眼が血走っている。彼らは悲鳴の方向を正確に嗅ぎ分け、混乱した敵の列の間に飛び込んだ。牙がふくらはぎと喉元と手首に食い込み、噛み千切られた肉片が土の上に飛び散る。犬たちの喉からは、吠え声というより、獲物を引き裂くときの荒い息と食いしばる音が続いた。
砲声、弩の唸り、蹄の轟き、犬の唸りと悲鳴が、うさぎ山の斜面で一度に混ざり合った。煙に混じった火薬と焼けた土の匂いが渦を巻き、兵たちの口の中は乾いた硝煙の苦みでいっぱいになった。血の匂いは、その上からさらに厚い層となって鼻孔を塞ぐ。
イシュタパラパの若い戦士の一人は、視界の端で、さっきまで隣にいた従兄弟の羽飾りだけがふわりと宙を舞い、その下にあったはずの顔が見当たらないことに気づいた。口を開こうとした瞬間、別方向から飛んできたボルトが肩を貫き、世界は赤い泥の色で塗り潰された。
「追い散らすだけでいい。全滅させるな」
アルバロは、騎兵隊の背中に向かって怒鳴った。声の端には、わずかに高揚の色が滲んでいた。
「クイトラワクとトチテペクの族長は生かして捕えろ。首を刎ねるのはいつでも出来る」
散り散りになりかけていた兵たちが、その言葉でわずかに冷静さを取り戻した。生け捕りにすべき獲物が誰かを思い出したのだ。ルシア率いる黒人兵は、倉庫の影から回り込み、逃げようとする戦士たちの退路を塞ぐ。ポテチカの一部は、倉庫の裏へ抜けて谷底の脇道へ走り、トチテペクの族長が逃げ込みそうな自分の屋敷の前を先に押さえた。
クイトラワクの輿は、最初の砲撃で担ぎ手を失い、谷底の中央で傾いていた。彼自身も耳鳴りと衝撃で平衡感覚を失い、羽飾りの重い冠を斜めにしたまま膝をついている。足元の土は血でぬかるみ、指を立てようとすれば、そのたびに別の誰かの身体に触れた。ぬるりとした感触が指の腹に絡みつき、どこからが土でどこからが肉なのかも分からない。
イシュタパラパの総督は、生まれてからこの方、これほど多くの血が一度に地面へ流れ落ちる光景を見たことがなかった。太鼓と貝ラッパの合図で動いてきたはずの軍勢が、今や見知らぬ雷の音で粉砕されている。
その前に、鉄の兜と胸甲に身を固めたスペイン兵たちの足が並んだ。黒革のブーツが、クイトラワクの視界を塞ぐ。犬が一頭、彼の肩口へ飛びかかろうとしたとき、ルシアの槍がすばやくその首輪を引き戻した。犬は名残惜しそうに牙をむき、唾を垂らしながら引き下がる。
アルバロはゆっくりと歩み寄り、鼻の奥に残る火薬と血の匂いを一度だけ吐き出した。吐き出しても、その匂いはすぐまた別の呼気とともに戻ってくる。それでも彼は、唇の端をわずかに持ち上げた。これほど素直に怯えてくれる敵に出会えるとは思っていなかったからである。
クイトラワクの顔には、黒い顔料の上から血と土が塗り重ねられている。耳元では、まだ遠くの大砲の残響と、自分の心音が重なって鳴っていた。その鼓動は、戦の太鼓とはまるで別の、不規則で頼りないリズムになっている。
「イシュタパラパの総督クイトラワクだな」
アルバロは、ナワトル語で静かに問いかけた。谷底の騒音とは別の、水面のように平らな声である。
クイトラワクは、歯の間から血を吐き出し、ゆっくりと顔を上げた。
「海の向こうから来た者よ……お前は、雷と煙を従えている」
声は掠れていたが、まだ折れてはいなかった。目の奥には、理解を超えた恐怖と、それでも総督としての誇りを手放すまいとする意地が絡み合っている。
「そうだ」
アルバロは、わずかに肩をすくめた。
「だが今日は、お前を殺しに来たのではない」
唇の端が、先ほどよりもはっきりと歪んだ。
アルバロは、谷底を見渡した。砕けた盾、倒れた戦士たち、倉庫の影で震えるトチテペクの人々。血にまみれたうさぎ山の斜面全体が、自分のための舞台装置のように見えた。
「お前には、別の役目を与える。テノチティトランへの道を、その目と口で俺に開く役目だ」
クイトラワクは何も答えなかった。ただ、砲声の焼き付いた耳の奥で、今まで聞いたことのない雷の響きが、いつまでも消えずに鳴り続けていた。その雷に、自分の王がどう向き合うのかを思ったとき、胸の奥が冷たく縮むのを感じた。
キューバで天然痘に倒れた先住民が身につけていた黄ばんだ刺繍布や帯、肩掛けを、アルバロは恐怖の象徴として密かに保管していた。クイトラワクの縄を緩めさせると、ナワトル語で「総督の印だ」とだけ告げ、その布を肩に掛け、帯と肩掛けを容赦なくその身体に締めつけさせた。
その瞬間、アルバロはアステカ帝国の終わりの始まりだと確信した。
そのころ、トチテペクの族長は、自分の倉庫の裏手で黒人兵に取り押さえられていた。カカオ豆の袋が破れ、茶色い豆が土の上に雨のように散らばる。その上に膝をつかされ、背中に槍の先を押し当てられた族長の鼻孔にも、焙った豆の甘い香りではなく、血と火薬の匂いが入り込んでいた。豆を運び込むたびに誇らしく吸い込んできた香りは、今や別の匂いに押し流されている。
うさぎ山の上には、まだ薄く煙が残っていた。砲身は熱を帯び、触れれば指の皮が焦げる。兵たちの耳にはしばらく何も聞こえず、互いの口の動きで言葉を読み取るしかなかった。ときどき遅れて、遠くで犬が吠える声と、どこかの誰かが遅れて上げるうめき声だけが、耳鳴りの隙間から入り込んでくる。
口の中には、火薬の粉っぽさと、乾いた血の金属臭が残っていた。そこへ、破れたカカオ袋から漂うかすかな苦みが加わり、兵たちは思わず唾を飲み込んだ。甘さとは無縁の、ねじれた味である。
アルバロは砲列の前に立ち、トチテペクの倉庫と谷底と、捕えられた二人の男を順に見やった。血と煙の幕の向こうで、彼の目だけは澄んでいる。
うさぎ山とうたわれたこの中継地は、今や一撃で怯えさせた蛮族の土地ではなく、テノチティトランの喉元に突き立てる楔になったのである。アルバロは、その楔の頭を指先で軽く叩くような気分で、うさぎ山の空気を深く吸い込んだ。戦の匂いが、彼の胸の内側を、ゆっくりと心地よく満たしていった。




