表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ほくそ笑む大悪党 アルバロ・デ・モリーナ  作者: ひまえび
第2章――「メキシコ遠征篇 テノチティトランと黄金と神々」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/50

第1話――「アルバロ ユカタン半島を目指して出航する」

―――――――――――――――――

モリーナ家の親世代(兄フアンの遺産の継承者)

―――――――――――――――――

兄の財産と役職を引き継いで、サントドミンゴ側を守る人たちです。


・父 ガルシア・デ・モリーナ(58)

 カスティーリャ地方出身の小貴族。若いころは聖職者の家系の次男として神学を学び、のちに商いと土地経営に転じた男。新大陸で出世した長男フアンの遺産管理と、モリーナ家の名誉を守る役目を負う。


・母 エレナ・デ・モリーナ(52)

 穏やかだが芯の強い女性。サントドミンゴの屋敷と人間関係の取りまとめ役で、未亡人となったイサベルと孫2人も庇護する立場になる。


※この2人はキューバ・サントドミンゴ側に残り、兄の位と財産を受け継ぐ中核。

―――――――――――――――――

メキシコ遠征・家族メンバー

―――――――――――――――――

・アルバロ・デ・モリーナ(25)

 主人公。第3次メキシコ遠征隊の指揮官。


・妻 イサベル・デ・モリーナ(31)

 もと兄フアンの妻。テノチティトランへも同行させる。


・長男 フアン・イグナシオ・デ・モリーナ(8)

 落ち着いた性格の少年。父フアンに似て、文字や数字にも興味を持ち始めている。病弱ではなく、長旅にも耐えられる体力はある。


・長女 マリア・エレナ・デ・モリーナ(5)

 母イサベル似の女の子。

―――――――――――――――――

メキシコ遠征・弟たち

―――――――――――――――――

・三弟 ペドロ・デ・モリーナ(23)

 槍と馬の扱いに長けた、実直なタイプ。アルバロの副官格として戦場で横に立たせやすい。


・四弟 マルティン・デ・モリーナ(21)

 弓と火器アルケブスを好む。新兵たちの訓練役を任せやすい性格。


・五弟 フランシスコ・デ・モリーナ(19)

 血気盛んで、手柄を焦りやすい末っ子寄りの弟。突撃役・トラブルメーカーとしてドラマを作れる。


・六弟 ルイス・デ・モリーナ(17)

 まだ少年の雰囲気が残るが判断は冷静。兄たちの間を走り回る伝令役・偵察役に向いたキャラクター。

―――――――――――――――――

インヘニオ工場の黒人管理人夫婦(帯同組)

―――――――――――――――――

・夫 トマス・ベニテス(30)

 サン・クリストバル水車インヘニオの現場監督。もとはトラピチェの奴隷だったが、アルバロのやり方の下で徐々に信頼を得て「管理人」格になった男。力仕事にも慣れており、遠征では荷駄隊・橋頭堡づくりなどの実務を任せやすい。アルバロの忠実な黒人奴隷。


・妻 ルシア・ベニテス(26)

 インヘニオの黒人奴隷管理を一手に引き受けてきた。今回の遠征では、60名の黒人奴隷精鋭部隊を率いる部隊長。アルバロの忠実な愛人兼黒人奴隷。

―――――――――――――――――


挿絵(By みてみん)


 1519年1月15日早朝。サントドミンゴの港は、まだ朝靄に包まれていた。入り江の水面には、ゆっくりと揺れるマストの列が影を落としている。白い帆はまだ畳まれ、船体の黒い側板だけが、静かな獣の背中のように並んでいた。


 埠頭の一角では、ルシア・ベニテスが黒人たちを60人ほど並べていた。荷を運んでいた男たちが、彼女の短い合図ひとつで、ゆっくりと槍と盾を手に取り直した。


 埠頭の先に立つアルバロ・デ・モリーナは、潮風を胸いっぱいに吸い込んだ。鉄の胸甲は着けず、肩にだけ軽い革鎧を引っかけている。高い背丈と厚い肩幅のせいで、遠くからでも彼の姿は目立っていた。


「馬の積み込みは終わったか」


 振り返りもせずに声を張ると、すぐ後ろで副官の兵が答えた。


「はい、閣下。軍馬16頭、予備の馬4頭、すべて2隻目と3隻目に収めました。大砲12門も固定済みです」


 アルバロは小さくうなずき、今度は別の方向を見やった。埠頭の根元には、槍と盾を持った歩兵の列が伸びている。鋼の兜が朝日を反射して、点々と光った。


「兵と水夫を合わせて、これで600人あまりか」


「はい。病人も脱走者もおりません」


「よろしい」


 短く返すと、アルバロはようやく埠頭から目を離し、陸の方へと歩を向けた。


 港の石畳の上には、モリーナ家の一行が集まっていた。父のガルシア・デ・モリーナは、黒いマントの裾を押さえながら、年齢の割にしっかりした足取りで立っている。その隣には、質素な濃紺のドレスをまとった母エレナがいた。指先にはロザリオが光っている。


「父上、母上。寒くありませんか」


 アルバロが近づくと、エレナは微笑んで首を振った。


「大丈夫よ、アルバロ。あなたを見送らずに家にじっとしていられる母親が、どこにいると思っているの」


 ガルシアは、息子の肩を軽く叩いた。


「屋敷もインヘニオも、フアンの残したものは我らが預かる。お前は前だけを見ろ。振り返るのは、金と栄誉を抱えて戻ってくるときでいい」


「ええ、必ず」


 アルバロは父の目をまっすぐ見返した。老いてなお鋭い灰色の瞳に、一瞬だけ若いころの炎が戻ったように見えた。


 少し離れた場所では、イサベルが子どもたちのコートの前を留めている。薄青のドレスにマントを羽織り、髪はきちんとまとめられていた。肩口には、旅路の長さを思ってか、いつもより少しだけ硬い表情が浮かんでいる。


「フアン・イグナシオ、こっちを向いて。紐がほどけているわ」


「わかってるよ、母上」


 8歳の長男は、口では反抗的な調子を装いながらも、素直に母の手を受け入れた。茶色の瞳が、時折ちらちらと船の方を盗み見ている。


 その足元では、5歳のマリア・エレナが、祖母エレナのスカートの裾を握っていた。


「おばあさま、本当に海の向こうに行っちゃうの」


「そうね。でも、あなたのお父さまは強い方よ。また必ず戻ってくるわ」


 エレナが優しく答えると、マリア・エレナは不安そうに唇を噛みしめた。


 その一家の背後で、黒人の男が荷馬車の縄を締め直していた。トマス・ベニテスである。鍛えられた腕と肩は、インヘニオで重い砂糖の樽を運び続けてきた証だった。


「トマス、火薬樽の上には決して火の使える荷を置くな。縄も二重に締めろ」


「承知しております、ドン・アルバロ。サン・クリストバルでやっていたときと同じやり方でやりますよ」


 屈強な男の声は、落ち着いていた。その少し離れたところで、妻のルシア・ベニテスが、大きな布袋を数えながらメモを取っている。


「乾燥肉が20袋、豆が30袋、小麦粉が15袋。合っているわね。鍋と薬箱は、イサベル様のお部屋の近くに積んでおいて」


「わかりました、奥さん」


 彼女の声は張りがあり、周囲の雑然とした空気をきゅっと引き締めた。インヘニオでは宿舎と病人の世話を任されてきた女だ。遠征でもその役目は変わらない。


「兄上」


 背後から呼びかける声に、アルバロは振り返った。槍を肩に担いだペドロ・デ・モリーナが歩み寄ってくる。23歳の三弟は、無駄のない動きで兄の前に立った。


「騎兵の配置は整った。馬の様子も悪くない」


「よし。ペドロ、お前は先頭の船に乗れ。敵も嵐も、まずお前の顔を見ることになる」


「望むところだ」


 短く笑うと、ペドロは踵を返して兵たちの列へ戻っていった。


 そのすぐ後ろから、マルティン、フランシスコ、ルイスの3人も現れた。21歳のマルティンは、弓と銃の入った木箱の蓋を片手で押さえながら歩いてくる。


「アルケブスは全部で12丁。火薬と鉛玉も確認した。雨さえ降らなければ、最初の戦いで奴らを驚かせてやれる」


「弓の弦は替えを多めに持った方がいいわね」


 その横から、フランシスコが口を挟んだ。19歳の五弟は、落ち着きなくあたりを見回している。


「俺は前に出るぞ、兄上。この遠征で、一番最初に敵の首を取るのはこのフランシスコだ」


「首を数える前に、自分の頭を守れ」


 17歳のルイスが冷ややかに言って、兄たちを見上げた。まだ少年らしい顔つきだが、瞳は静かに周囲を観察している。


「隊列が乱れたら、どんな英雄もただの的だよ。兄上の目の前で恥をかくな」


「こいつめ」


 フランシスコが軽く小突こうとすると、ルイスは半歩下がってかわした。その様子を見て、アルバロは喉の奥で笑った。


「いい。お前たち全員、海の上では私の目と腕だ。互いに死なせるな」


 弟たちはそろってうなずいた。兄の声には、冗談めかした響きと、戦場を知る者の硬さが同居している。


 やがて港の奥から、鐘の音が響き始めた。教会の司祭が、簡易の祭壇の前でミサの準備を整えている。兵士たちは列を組んだまま、静かに十字を切った。


「行きましょう、アルバロ」


 イサベルが歩み寄り、彼の横に並んだ。青い瞳には、恐れと期待が入り混じっている。


「あなたの父上と母上に、最後のご挨拶を」


「そうだな」


 アルバロは一歩前に出て、ガルシアとエレナの前に膝をついた。


「父上、母上。どうか祝福を」


 エレナは、ロザリオを握った手をそっと息子の頭に置いた。


「聖母マリアがあなたをお守りくださいますように。無用な血を流さず、必要なときには迷わず剣を振るいなさい」


「はい、母上」


 ガルシアは、少しだけ顔をしかめた。


「イサベルと孫たちは、宝より重い。どれほどの金銀を手に入れようとも、置いてくるな」


「約束します」


 アルバロは立ち上がり、イサベルの腰にそっと手を添えた。


「さあ、船へ」


 フアン・イグナシオは、祖父の手をしっかりと握ったまま、最後まで離そうとしなかった。


「おじいさまも来ればいいのに」


「誰かが家を守らねばならん。お前の父上と同じくらい大事な役目だ」


 ガルシアは孫の頭をわしわしとかき回し、ぱっと手を離した。


「男なら、行ってこい」


 その言葉に背を押されるように、少年は父のいる方へ走り出した。マリア・エレナは泣きながら、祖母の首に腕を回してしがみついている。


「おばあさま、嫌だ」


「大丈夫よ。船の上から手紙を書いてもらいなさい。父さまにそう言うのよ」


 エレナが囁き、少し強引に孫娘をイサベルの方へ押し出した。ルシアがすかさず腕を伸ばして、少女を抱きとめる。


「さあ、お嬢さま。一緒に船を見に行きましょう。あんなに大きな船、めったに近くでは見られませんよ」


 マリア・エレナは涙をぬぐいながら、こくりとうなずいた。


 やがて、港に号令が響き渡った。


「全員乗船せよ。錨を上げる準備」


 太鼓が打ち鳴らされ、兵士たちが一斉に動き出した。槍と盾の列が整然と船へと向かう。荷馬車が軋みながら埠頭を進み、その後ろを従者たちが走る。


 アルバロは、一度だけ振り返った。埠頭の端に、父と母の姿が小さく見える。周りには、インヘニオから出てきた黒人たちや街の人々も集まっていた。


「行ってまいります」


 小さな声で呟き、彼は手を挙げた。ガルシアもエレナも、その仕草を見てうなずいた。


 船に渡された甲板への板は、潮と血の匂いを吸い込んだ古い木だった。アルバロがそれを踏みしめて進むと、その後ろを弟たちとイサベル、子どもたち、トマスとルシアが続いた。


 甲板に上がると、海風が一層強く頬を打った。マストの上では水夫たちが帆の縄を解き、叫び声が交錯している。


「イサベル、ここから見えるか」


 アルバロは、船縁まで彼女を導いた。サントドミンゴの街並みが、まだ朝の光の中にくっきりと浮かんでいる。


「ええ……あの屋根、あれが私たちの家ね」


 イサベルは、小さく手を振った。岸辺の人影は、すでに顔の見えない塊になりつつある。それでも、誰かがそれを見ていると信じるように、彼女は何度も何度も手を振り続けた。


 号令とともに、錨が引き上げられた。重い鎖の音が船腹に響き、やがてゆっくりと船体が動き出す。別の船もほぼ同時に帆を張り、港の外へと舵を切った。


 遠くで、砦の大砲が空砲を放った。白い煙が一瞬だけ空に広がり、祝砲の音が遅れて届く。兵士たちはそれに応えるように歓声を上げた。


「アルバロ」


 イサベルが、彼の腕にそっと指を絡めた。


「本当に、戻ってこられるわよね」


「戻るさ」


 アルバロは、迷いのない声で言った。


「この海の向こうには、我らのものになる土地と金が眠っている。奪いに行って、抱えて戻ってくる。それだけだ」


 イサベルは何も答えず、ただ彼の横顔を見上げた。潮風に晒された頬には、少年のような笑みが浮かんでいる。しかしその瞳の奥には、嵐を待つ海のような静かな暗さが宿っていた。


 船団は、ゆっくりと湾口を抜けていった。背後には、サントドミンゴの白い家々と、細く伸びる煙突の影。前方には、果ての見えない碧い海が広がっている。


 ユカタン半島はまだ水平線の向こうに隠れたままだった。それでもアルバロは、まるでそこに立つ都市をすでに見ているかのように、まっすぐ前を見据えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ