フランス土産のビスクドールに宿る魂
挿絵の画像を生成する際には、「Gemini AI」と「Ainova AI」を使用させて頂きました。
出張から帰って来た父の海外土産は、フランス産のアンティーク人形だったの。
幼児位の大きさはあったから、小学二年生だった当時の私には随分と大きく感じられたわね。
美しい巻き毛の金髪と貴族令嬢みたいに豪奢な衣装が目にも鮮やかなビスクドールは、陶土を型に押し込んで作る初期のプレスドビスクではなくて液状ポーセリンの流し込みで作られた比較的新しい量産品のポアードビスクだったけれども、希少な年代物である事に変わりはない。
その精巧な細工と年季の入った風格を、私は一目で気に入ってしまったの。
「凄い、本物のビスクドールだ!これって高かったでしょ、お父さん?」
私の大喜びする様子に、父も御満悦だった。
「ハハハ、比志亜に喜んで貰えてパパも嬉しいよ。だけどお金の事なんて、比志亜は気にしなくて良いんだよ。何しろこれは、パリの蚤の市で捨て値で買ったんだからね。」
こうして年代物のビスクドールは、我が樋谷家の調度品として仲間入りしたんだ。
だけど我が家で奇妙な出来事が相次ぐようになったのは、ビスクドールを御迎えしてすぐの事だったの。
誰も触れてないのに朝になったら人形の向きやポーズが変わるし、人形の置いてある部屋で写真を撮影すると存在しないはずの白人少女の姿が映り込むし。
神社やお寺に相談したらお焚き上げを勧められたんだけど、ビスクドール自体は家族のみんなが気に入っているので手放すのは余りにも勿体ない。
だから私も両親も頭を抱えちゃったの。
「嫌だよ、お母さん!あのビスクドールを処分しちゃうなんて!」
「それは私達も同じよ、比志亜。あんな保存状態の良好なビスクドール、同じ値段では二度と買えないわ。だけど困ったわね…」
こんな遣り取りが毎日のように繰り返される鬱屈した状況に風穴を開けてくれたのは、私と同じ小学校に通っていた兄だったの。
「同じクラスの鳳さんなら、何とかしてくれるかも…」
兄のクラスメイトの鳳飛鳥さんという女子生徒はその若さに似合わずオカルト関係の知識や技術に異様なまでに詳しくて、彼女の手助けで心霊現象から救われた人も少なくないそうだ。
何を隠そう私の兄も、蛇の動物霊の起こした霊障から救出されたらしいのだから。
料金は格安で相談無料、しかも失敗した場合は代金も必要経費も一切請求しない。
そんな至って誠実な良心的対応と「相手が小学生なら駄目で元々、失敗したら本職の人に頼めば良い」という気安さから、我が樋谷家は兄のクラスメイトである女子生徒に依頼をする事に決めたんだ。
そうして話が纏って数日後、兄のクラスメイトを名乗る女子生徒が我が家に現れたんだ。
「堺市立土居川小学校の鳳飛鳥と申します。事情は学校で息子さんより伺いました。樋谷家の皆さんもさぞかし御心配でしょう。しかしながら、もう御安心下さい。ビスクドールは手元に残しつつ、霊障だけをピタッと根絶する。御満足の頂ける結果となりますよう、私も力を尽くさせて頂きますよ。」
鳳飛鳥を名乗るポニーテールの少女は実に端正な顔立ちをしていたけれど、丁寧で落ち着いた語り口は大人顔負けでとても小学生とは思えなかった。
ましてや兄と同い年とは…
「それでは始めましょうか。今回の御依頼の必要経費は、これの代金だけで良いですよ。」
「えっ、サウンドファイター・初代アルティメマン…このフィギュアの事ですか?」
母がキョトンとしたのも無理はないだろう。
鳳飛鳥さんが大事そうに抱えていたのは、巨大特撮ヒーロー番組「アルティメマン」の音声ギミック付きフィギュアなのだから。
「その通り!このアルティメマンが良い仕事をしてくれるんですよ。」
「シュワッ!」
嬉々とした様子の鳳飛鳥さんに応えるように、背中のボタンを押された銀色の巨人が両目と胸を発光させて雄叫びを上げる。
そこだけ切り取ると、特撮ヒーロー好きな普通の少女にしか見えなかった。
だけど鳳飛鳥さんの頭の中には、極めて緻密な深謀遠慮があったんだ。
洋室に案内されてからの鳳飛鳥さんは実に手際が良く、何度も場数を踏んでいる事が伺えた。
陰陽道に用いられるような五芒星の描かれたシートを床に敷き、百均の仏具コーナーに売っているような電池式ロウソクをシートの四方に配置する。
そして仕上げとばかりにビスクドールを五芒星の中央に置き、鏡餅みたいに三宝に乗せられたアルティメマンのフィギュアを向かい合うように配置したの。
「人形相手の御魂抜きには、少しコツが要りましてね。私なりの方法でさせて頂きますよ。」
端正な横顔に軽く微笑を浮かべたのも束の間、鳳飛鳥さんは静かに瞑目した。
そうして陰を結び、陰陽道由来と思わしき呪文を唱え始めたんだ。
「臨兵闘者、皆陣烈在前!魂魄転封、急急如律令!」
そうして九字を切った次の瞬間、二体の人形がガタガタと激しく振動し始めたんだ。
しかし時間が経つにつれてビスクドールの振動は次第に弱まり、それに反比例するようにアルティメマンのフィギュアの振動が大きくなっていったの。
「シュワッ!シュワッ!シュワッ!シュワッ!シュワッ!」
オマケに音声ギミックや電飾も勝手に起動してしまうのだから、何とも異様な光景だったよ。
やがてビスクドールは魂が抜け落ちてしまったかのように大人しくなり、代わりにアルティメマンのフィギュアが賑やかに雄叫びを上げていたの。
「シュワッシュワッシュワッ!シュワッ!シュワッ!」
「成る程、私の見込み通り…」
音声ギミックと電飾に何らかの規則性を見出したのだろう。
鳳飛鳥さんはノートを広げてメモを取り、その合間にボールペンの後ろで机の天板を叩き始めたんだ。
「シュワッ!シュワッ!」
「そう、分かってくれたのね…」
何とも奇矯な振る舞いだったけど、それで両者の間で何らかのコミュニケーションが成立している事だけは私達一家にも分かったわ。
「あのビスクドールに宿る魂がモールス信号を理解してくれたから、話が早くて助かりましたよ。だけど、これでもう安心です。」
どうやら鳳飛鳥さんはビスクドールに宿る魂を音声ギミック付きのアルティメマンのフィギュアに移し替え、それで事情を聞き出していたらしい。
そしてビスクドールに宿っていたのは以前の持ち主だったフランス人少女の魂で、若くして病死した無念の思いがそうさせていたのだという。
「結核とかスペイン風邪とか…医療技術が発達していなかった当時は子供の死亡率も今とは段違いに高かったですからね。だけどもう大丈夫です。こんこんと説得して成仏の約束を取り付けましたから。『二十一世紀の現代を人間として生きる気はないの?』という一言が効いたみたいです。」
そうして再び陰陽道の呪文が唱えられ、アルティメマンのフィギュアもまた沈黙したの。
ボタンを押さない限りは目も光らないし声も出さない、普通のフィギュアに戻ったんだ。
「そのアルティメマンのフィギュアは息子さんにプレゼントしてあげて下さい。仏像を思わせるアルカイックスマイルを浮かべたアルティメマンのフィギュアは、きっと魔除けの役も果たしてくれますから。」
そうして依頼料を受け取った鳳飛鳥さんを見送り、私達一家を悩ませた人形騒動には終止符が打たれたの。
それっきり、ビスクドールもアルティメマンのフィギュアも何も起こさなかった。
このまま何事もなければ、私達一家はあの人形騒動を忘れてしまっただろうね。
この人形騒動の一件を再び思い出す事になったのは、それから八年後の春だったの。
「えっ、これって…」
高校生になった私は、何気なく流し見していたバラエティー番組で思わずギョッとしてしまったの。
何と番組のスピリチュアル企画では、「自分の前世はビスクドールだった」と主張する女の子が取り上げられていたのだからね。
今年で八歳になる在日フランス人の少女の白い顔は、実家の洋室に飾られているビスクドールに何処となく似ていたんだ…