始まりの始まり
かつて、この世界は一つだった。
はるか昔、天と地は交じり合い混沌としていたが、やがて天と地が分かれるときが訪れ、世が始まった。
それを成したのが、神の中でも最高位に位置する『天人』と呼ばれる三柱の神だった。
『輝夜』は未来と生。
『神楽』は現在と命。
『如月』は過去と死。
輝夜が自分の生命を削って様々な神を創り、そこに神楽が命を吹き込んだ。
それから世界は一気に彩られた。
大地には緑が生い茂り、海は水晶のように透き通った。
生物は誕生し、互いに愛を育み夫婦となって生きていった。
そして、過酷な生存競争を勝ち残り頂点に君臨した生物を、天人は『人間』と呼んだ。
世界は問題なく循環していたように見えたが、生と死の境が無いゆえに生と死が同じものであり、進化もなく、緩やかに滅びに向かっていた。
それを見て嘆いた神楽はある提案をした。
世界の生と死を分離しよう、そして自分たちの力を人間に与えてみてはどうかと。そうすれば、もっとよりよい世界になるはずだ、と。
しかし、輝夜はその提案を受け入れなかった。
自分たち神が人間と必要以上に関われば、本来彼等が歩むべきはずだった道を踏み外してしまう。何よりも、世界を生と死に分離するということは、如月を一人にしてしまうことでもあった。
輝夜は神楽と如月の三人でずっと一緒にいたかったのだ。
それは、神楽とて同じ気持ちだった。
輝夜、神楽と如月の仲は決して嘘ではなかった。
ただ、そう……。
何も悪くなどなかった。
何もかも、しょうがなかったのだ。
如月を犠牲にしなくても他に方法があるはずだ、と説得に向かった輝夜を封印した神楽は予定通りに世界の生と死を分離した。
こうして人類は進化を始め、神楽は一人になった。
赤ん坊が成長し子を成し、世界はそうやって子孫が受け継いで、発展を続けた。
和風が中心だった文化はたった数百年で様変わりし、コンクリートと呼ばれる素材でできた建物が広がるようになった。
テレビ、スマホ、インターネットと呼ばれる暮らしに便利な様々なものが開発された。
しかし、暮らしが豊かになっていくのに合わせて諍は絶えなくなり、炎と煙が巻き上げる街並みが当たり前になっていった。
最初は直ぐに鎮圧されるだろうと思われた反乱は、実際すぐに鎮圧された。しかし数週間もすれば再び反乱が起こる。鎮圧されれば盛り返す。最悪のイタチごっこだった。
自由と平等を掲げた革命者たちは立派な屋敷に押し入っては貴族を虐殺し、金目のものを奪い、女達を犯した。
アジアの露店で売られている鶏肉のように首吊り死体があちこちの軒にぶらんぶらんと並んだ。
数日前まで多くの使用人に傅かれていた貴族の晒し首を見物に行くという娯楽さえも流行った。
新たな自治組織ができても、内部紛争は絶えず、なかなか世情は安定しなかった。
千何万という神や宗教を彼らは創造し、それのために争っては文明を発展させたり、後退させたり、滅んだりした。
地球には何度も氷期が訪れた。その隙間を間氷期が癒し、温暖期には多くの生物が巨大化した。
生物は繁栄したり大量絶滅を起こしたりと忙しかった。
その度に違う生物が生まれて、進化し、隆盛を誇り、死んだ。
彼らは数百万年という時間をかけて進化して、数万年繁栄して、数千年の後に滅亡していった。
そうして何度も、何度も、新たな霊長類が誕生した。
そして、何百という種族がその過程を繰り返した。
しかし、人類の滅亡など些細事だというように、世界は動いている。
―――何処から間違えた?
―――どうしてこうなった?
―――嘘だ。
―――嘘だ。嘘ばかりだ。嘘ばかりだった。
―――輝夜と如月を犠牲にして‥‥‥それでも、この方法が正しいと信じてここまで一人で耐えてきたのに。
―――全ての命には意味がある。その一つたりとも取りこぼしたくなかった。たとえ、いつか全てが無くなってしまうとしても、今この時を生きる命を護ることには意味がある。
―――そう、信じていた。
―――信じていたかったのだ。
―――‥‥‥こんな世界なら、最初から創らなければよかった‥‥‥。
誰が悪いわけでもない。
神楽だけのせいでもない。
ただ、なにもかも―――
―――どうしようもなかったのだ。