雪の妖精オコジョと鈴ヶ森音楽隊
本作はひだまり童話館様企画「ぱちぱちな話」参加作品です。
他の参加者様のすてきなおはなしが同日投稿されておりますので、そちらもぜひお楽しみください。
このたびはすてきな企画へ参加させていただき、また拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
今回の挿絵は友人作の過去画を許可をもらって使わせていただきました!
それでは、森の音楽会のはじまりです。
◯
秋のコンサートは鈴ヶ森音楽隊’《おんがくたい》のとってもすてきな音色で大盛況でした。
七匹の奏’《かな》でる音楽はみのりの秋へのありがとうを紅葉した森につたえます。
ピュルリラピュララ、トントントン。
ピュルリラピュララ、トントタトン。
クマのおじいさんの指揮棒にあわせて、ウサギも小鳥もリスもそれぞれの楽器をそれはもううまいこと奏でてみせます。
ときどき、ちょうしっぱずれな音がでることもあるけれど、それもご愛嬌《’あいきょう》です。
演奏が終わるとしーんと秋風のそよぐ森の音だけがしばらく残ります。
ぱちぱちぱちぱち。
ぱちぱちぱちぱち。
たき火のはぜる火の粉の音より早くて大きな拍手をみんなが送ってくれました。
こうして秋のコンサートは今年も無事に終わりました。
指揮者のクマのおじいさんは演奏を終えた鈴ヶ森音楽隊のみんなにあいさつをします。
「今年も無事に森にありがとうを伝えることができたのはみなさんのおかげです。ありがとうございます。これで今年の活動はおしまいです。また春におあいしましょう」
クマのおじいさんはオーケストラの大仕事を終えて、くたくたです。
クマのおじいさんはこれから冬眠してしまうので、ねむねむです。
音楽隊のみんなも同じです。
小笛のリスも「ふわわ、いただいたクルミを僕も早くうめてこないと」といいます。
こうして長くしずかな冬がおとずれます。
冬の鈴ヶ森音楽隊はみんなであつまって演奏することはないのです。
「あーあ、つまんないでやんの」
鈴ヶ森には冬にもやたらと元気などうぶつがいくらかいました。
真っ白なほっそりとしたカラダ、しっぽのさきっちょだけ黒いイタズラッこ。
雪の妖精オコジョです。
「オレサマが雪の妖精オコジョだ! シマエナガじゃなくて悪かったな!」
ここのところ、雪の妖精といえば人気者のシマエナガを思い浮かべるのでオコジョはなんともおもしろくありません。
「巷でチヤホヤされてぴーちくぱーちく良い気なもんさ。白いおにぎりに海苔をちょちょいとつけりゃ手軽にシマエナガおにぎりですだなんてずるいぞ! オレサマのおこじょおにぎりもにんげんどもめだれか作りやがれってんだ!」
なんてさわいでも、祭りの後です。
しーんとした森の広場にはだあれもいません。
「いいさ! 毒にも薬にもならないメルヘンなんてぶちこわしてやる! オレサマは肉食どーぶつだぜ! 血と肉に飢えた狩人さ! みんななかよし? きれいごと言ったってどんぐりやくるみを食べては生きていけないのさ! なにが森の恵みだバカバカしいぜ!」
オコジョのいうこともまちがってはいません。
オコジョはオコジョですからネズミや鳥の卵といったエモノをつかまえて生きるものです。
クマのおじいさんが冬眠するまではむずかしくても、冬眠さえしてしまえば、鈴ヶ森音楽隊のどうぶつたちだって狙い目です。
「さあて、どいつを襲おうかねぇ、けっへっへっ」
そして本格的な冬が鈴ヶ森にやってきます。
◯
雪降る冬がやってきました。
紅葉に赤く染まっていた森もすっかり雪景色に白くそまる日もめずらしくありません。
真っ白な冬毛のオコジョはしなやかなカラダをすばやくあやつり、空腹をみたすために今日も獲物を探しています。食べねば死ぬので良いも悪いもありません。
「キツネどんめ、オレサマの獲物を先に仕留めやがって。はらぺこでやんなるぜ」
ぐーぐーぺこぺこ。
ぐーぐーはらぺこ。
空腹の音色なんてオコジョにはちっとも楽しくありません。
しかしそこに素敵な音色が響いてきます。
ピーヒャララッタ。
ピーヒャララッタ。
この小笛の音色は、そう、鈴ヶ森音楽隊のリスが奏でていた楽器の音でした。
リスは冬の間、深い穴を掘ってたくわえたクルミなどをちびちび食べてくらす冬眠生活をおくるのですが、たまには演奏の練習がしたくなったのでしょうか。
「バカなやつ。音楽隊をおそっちゃいけないのは秋までの間だけだってのに、けへへ」
雪の下の、積もった枯れ葉の下の、土の中へ。
音色と匂いを頼りに、オコジョはリスの寝蔵を掘り当ててしまいました。
これには音楽隊のリスも小笛をかかえて、おどろくばかり。
「うわぁ! どうしてオコジョがここに!?」
「どーしてもこーしてもゆーうつな冬の森でぴーひゃらのーてんきな笛をふいてりゃらくしょうだぜ! さぁおとなしくオレサマにまるかじりされるんだな!」
「ひぃっ! たくわえたクルミをさしあげます! おいしいですよ!」
「お、わりぃなサンキュー」
おいしいといわれてオコジョはすなおにかたーいクルミにかみつきます。
ガチンッ。
まるで小石を噛んでるような硬さに、オコジョはすぐに「かたい! まずい! だましやがって!」と怒ります。オニグルミなんてオコジョにはぜんぜん、食べられません。
「いいか! オレサマは血に飢えたケモノだ! クルミは食えないんだよ! 今知った!! もう怒ったね! 怒ってなくてもどのみちお前を食ってやる! 最後に言い残すことはあるか、リス!」
「あわわわわわ……。わかった。最後に言いたいことがある。でも君も変わり者だね、オコジョはオコジョなんだから問答無用でボクを食べたってよかったのに」
それはそうです。
いつもだったら、一も二もなく獲物にがぶりと噛みついて仕留めるところです。
今回のように「最後に言い残すことはあるか!」だなんて、いくら逃げ場のない寝蔵で余裕があるからといって空腹をこらえてまで聞く理由がオコジョにもわかりません。
モヤモヤと、空腹よりも気になるなにかがあるのです。
「……それはアレだ。お前が他のエモノとちがって、鈴ヶ森音楽隊に入っているからだ。森の神様だか精霊だかに感謝を捧げる楽器をもっているんだから、そこがちがう。そのせいで死んでしまうんだけどよ。なぁ、あの演奏会には特別なちからがあるのか? 音楽を捧げなきゃ神様が怒っちまうとかさ」
「いや、僕らの音楽はそういうものじゃないよ」
リスは小笛を手にして、おだやかに言います。
「音を楽しむ。それだけかなぁ」
「それだけか」
「ぱちぱちと君も毎年、広場のすみっこで拍手をしてくれてたじゃないか。楽しかったからだろう?」
「別に、オレサマは……」
鈴ヶ森音楽隊の秋のコンサートを聴きに来たからといって、それでオコジョの空腹が満たされたことは一度たりとてありません。
聴くだけ損と思いつつ、つい聴いてしまい、そしてついぱちぱちと拍手をするのです。
みんなそうしてるから。
みんな楽しそうにしているから、つい、まねしたくなってしまうのでしょうか。
「でも情けはかけないぜ! 祟りもなにもないんだったらえんりょなく食べていいはずだ! さぁ最後になにか言え!」
「……そうだなぁ。この小笛を、このまま冷たく暗い土の中に埋めてしまうのはもったいない。僕を食べ終えたら、この小笛をせめて雪にうもれないようにしてくれ。誰に渡すのもいい、クマのおじいさんの枕元にこっそり捨て置いてくれてもいい。おねがいするよ」
「めんどくさいな。オレサマがその約束を守るとはかぎらないぜ?」
「いいよ。これは僕のわがままだからね」
リスは大事そうに小笛を置いて、おとなしく目をつぶりました。
オコジョはすこし、ほんのすこし、ためらいました。
ぐーぐーぺこぺこ。
ぐーぐーはらぺこ。
空腹の音色なんてオコジョにはちっとも楽しくありません。
「いただきます」
そして。
オコジョは小笛を手にして、寝蔵を後にしました。
土の穴に残るのは食べることができなかったどんぐりやくるみだけでした。
春になれば種は芽吹き、苗’《なえ》になり、若木はいつか大きな樹になることでしょう。
それはオコジョの知ったことではありません。
◯
冬の終わり、春のはじまり。
長い冬眠が終わったことでクマのおじいさんが巣穴から出てきました。
「ふわあ、おはようみなさん、元気にしていたかな?」
「おはようマエストロ!」
「おはようございます、クマのおじいさん」
鈴ヶ森音楽隊は季節のコンサートにむけて、今年も練習をはじめます。
けれど七匹の楽団員は、今年はおじいさんをのぞいて、三匹しかあつまっていませんでした。
それぞれに理由があるのです。
「ふうむ。冬を越えられたのは今年はこれだけか」
クマのおじいさんは四匹のここにいない楽団員のことを思い、さびしげにします。
弦楽器のウサギはうれしげに言います。
「いいえ! 今年もまた三匹だけでもマエストロの元に集まることができたんです! 冬は多くの動物や草花が死にたえるきびしい季節ですから、そういうものです。それより、無事に春を迎えられたことをよろこびましょう! まずは春のお祝いのコンサートにそなえて、今年もなかまをあつめましょう!」
「……そうだね、そうしよう。どうも冬眠明けはいつもわたしは暗くなっていけないね」
「この冬に亡くなった母も言ってました! マエストロをはげましてねと!」
クマのおじいさんはそう言われて、まなこをこすります。
あつまったのは三匹でしたが、冬を越した楽団員はたった二匹だけだったのです。
「……ああ、そうか、君はあのウサギさんの娘なんだね」
「はい! キツネどんに捕まったそうです! 母よりまだまだ下手っぴですが、ご指導よろしくおねがいします!」
「ああ、こちらこそ、よろしく頼むよ」
クマのおじいさんと鈴ヶ森音楽隊は早速、練習と楽団員さがしをはじめました。
そのようすをこっそり、オコジョは木陰で見ていました。
オコジョはなやみました。
鈴ヶ森音楽隊の七つの楽器は、森の不思議な何かがさずけてくれたものです。
それは本物の妖精や精霊のプレゼントなのか、やっぱり本当はちゃんとした意味のある特別な道具なんじゃないか、オコジョにはわかりません。
七つの楽器はいろんな動物の手を渡り、いつかどこかで壊れたり失くしたりしても、いつの間にやらだれかの手で音楽を奏でている不思議な楽器たちです。
いっそオコジョがそこらへんに捨てたって、いつかはどこかでひょっこり現れるかも。
年寄りのフクロウが言うには数年ほど楽器が欠けることもあったそうです。
「ほっほー! まぁワシが襲ったヒメネズミの楽器をそのまま樹のうろに忘れておったせいなんじゃがのう、気づいたらもう消えておったわい」
このフクロウはオコジョにとって天敵の一種です。
気性が荒いのでオコジョが襲われることはあまりありませんが、フクロウもまたちいさな生き物を捕まえて生きる糧にするどうぶつなのです。
高い木の枝の上からフクロウはいいます。
「その楽器はエモノをつかまえる罠に使ったらどうだね? 音楽隊に入ってみたいエモノがいればきっと草やぶにひそんだお前に気づかないことだろうさ」
「オレサマの小笛でばあさんがエモノを横からかっさらう魂胆だろう? やなこった」
「ほっほーう。ワシも年老いた。さいごにごちそうにあずかりたかったが、まぁいい。春のコンサートは聴けそうにないが、そういうものだ」
「もう死ぬのか」
「いつかは死ぬのが森の掟さ。森の木々に比べたらちっぽけなもんさ」
「説教くさいばあさまだぜ、やれやれ。くだらないこと言ってないでどうにかこうにか春のコンサートくらいまでは自分でエモノを捕まえるこったな」
「しかしなぁ、今年の鈴ヶ森音楽隊はまだたった三匹しかあつまってないしのう」
「じゃあオレサマで四匹目だな」
「ほっほっほっ! オコジョがエモノのウサギやネズミやリスと演奏するのかね? さあてどうなることやら、これは春まで生きんとな」
「別に! これっぽっちもお前のために演奏する気なんてねーからな!」
「じゃあなぜ気が変わったんだい?」
「さあね」
オコジョは小笛をたずさえて森の広場へと向かいます。
◯
オコジョはおっきな声でいいました。
「やいやい! オレサマを鈴ヶ森音楽隊に入れやがれ! 楽器ならここにあるぜ!」
練習前の音楽隊の三匹はおどろきます。
ウサギの娘さんは「まぁ、それはリスさんの小笛……」と悲しげにつぶやきます。
ヒメネズミと小鳥もひそひそと話します。
オコジョはきっと警戒されるだろうと思って、だいぶ遠いところから大声で話しかけていました。クマの指揮者がこわいのもあります。
「……なんだよ、イヤならいいぜ。ダメで元々だ。おさっしのとおり、オレサマがリスを食べちまったんだから断られたってしょうがねえ。この小笛だけ置いていくから、あとは好きにしな」
「オコジョさん、あなたわざわざ小笛を春まで守っていてくれたのね」
「約束だからな」
「音楽隊に入ってほしいってたのまれたの?」
「いいや、楽器をクマのじいさんに届けるか、だれかが拾ってくれるところに捨ててくればそれでいいとだけ言われただけさ」
「じゃあ、どうして音楽隊に入りたいの?」
「根掘《’ねほ》り葉掘り聴いてくるウサギだな、どうしてといわれたってなぁ」
オコジョは小笛を見つめてなやみます。
なやんでみても、うまく言葉がみつかりません。
「音を楽しみたい。それくらいの理由しかないな。別にオレサマじゃなくたって、だれかがこの小笛を吹いてくれりゃ演奏会はできるんだけどもよ」
オコジョのはなしを長い耳を立ててじっくりきいたウサギの娘さんはヒメネズミと小鳥とひそひそと小声ではなしあって、やがて決めました。
クマのおじいさんはあえて何も言わず、音楽隊のみんなにゆだねてくれます。
「約束がふたつ! 音楽隊のなかまは食べない! ちゃんと練習しにくる! それさえ守ってくれれば、あなたのことを音楽隊に入れてあげるわ」
「いいのか? オレサマはオコジョだぜ」
「だってオコジョが音楽隊に入ってはいけないという森の掟はないんだもの」
「んじゃあ決まりだ! 早速だが冬の間に練習したオレサマの演奏を聴いてみろい!」
オコジョは意気揚々と小笛を奏でます。
ピーヒョロフニャラ。
ピーピニャポンペコ。
ウサギの娘さんはへたくそな演奏に思わず長い耳をぺたっと伏せます。
「くすくす、あきれた新入りさんね。春のコンサートまでにはよくなるなるかしら」
「さあね」
オコジョは小笛をぎゅっと握って、すこし考えます。
春のコンサートにそなえて練習をするということは、そのためにもオコジョはますます上手に素早くエモノを狩って生き、なるべく多く練習に来る時間を作るということ。
ウサギだってヒメネズミだって小鳥だって、それくらいのことはわかってるはず。
それからオコジョは練習のある日は欠かさず、ちゃんと顔を出しました。
はじめは耳苦しい音色でしたが、そのうち練習するにつれ上手になりました。
それだけ上手く練習する時間をつくることができたのです。
オコジョは、オコジョとしても狩りの名手になっていました。
それだけたくさんの命を奪うオコジョをおそれて、今年はすぐには残り三匹分の音楽隊の空席はなかなか埋まりませんでした。
「オレサマを怖がるのも無理はないよな。でも決めたんだ。オレサマはやめないぜ」
「わかってるわよ。いとこのカトンテールが音楽隊に入りたがってるの、仲良くしてね」
「名前なんてあるのかよ」
「ええ、わたしはモップシー。できれば狩りの時にはカトンテールかとたずねてみてね」
奇妙なことです。
いちいちエモノのウサギにカトンテールかと聞かねばならないとは。
でも、オコジョはそれを律儀に守ることにしました。
だからすこしだけ、オコジョは狩りが下手になってしまいました。
「おいお前、カトンテールか?」
「は、はい! カトンテールです!」
「じゃああっちいけ。まったく、これで今週何匹目のカトンテールだってんだよ」
そのうち鈴ヶ森のウサギはみんなカトンテールを名乗るのではないか。
バカバカしいと思いつつ、オコジョはそれでもカトンテールというウサギは見逃します。
やがて本物のカトンテールが音楽隊に入ってきても、そうしました。
「わたしが本物のカトンテールです。カトンテールと名乗れば襲われないとみんなに教えてしまったのもわたしです、ごめんなさい。さぞ狩りが大変だったでしょう」
「はっ、オレサマをバカにしてるのか? ウサギは逃げるのが仕事だろう? いいから練習しようぜ、カトンテール」
おそるおそるトンテントンテン太鼓を叩くカトンテール。
やがて春のコンサートになるまで、オコジョはもっと狩りが下手になりました。
カトンテールの太鼓が上手になるために必要だとおもったので、あれからずっと「お前はカトンテールか?」とたずねつづけたからです。
とうとう鈴ヶ森のウサギはみーんな、モップシーをのぞいてカトンテールになりました。
◯
いよいよ春のコンサートのはじまりです。
クマのおじいさんのマエストロが広場にあつまったみんなに一礼します。
六人の音楽隊のひとりとして、オコジョも切り株のステージの上に立っています。
「やぁやぁ森のみなさん、今年の春のコンサートへようこそ。あたたかな緑の季節のはじまりを祝して、わたしたちの森への感謝を音色に込めて、今日の演奏をいっしょに楽しもうではありませんか」
ぱちぱちぱちぱち。
ぱちぱちぱちぱち。
大小の動物たちが前足や翼やしっぽをつかって、拍手をおくります。
そこにはたくさんのウサギのカトンテールもいますし、おそろしいキツネどんも家族といっしょにいます。名も知らぬリスもいっぱいいました。
「あのばあさんは……」
青々とおいしげった森の木々の枝の上をさがしても、あの年老いたフクロウはいません。
巣穴から出てきたばかりの、若いフクロウならちらほらいるのですが。
「どうしたんですか、オコジョさん?」
ウサギのカトンテールは心配したようにたずねます。
ただでさえほっそりした真っ白いオコジョは練習がいそがしくてもっと痩せていました。
「なんでもねえよ。それよりカトンテール、お前の恋人はどいつだって?」
「あの長い耳の凛々《りり》しいウサギがわたしの恋人ですよ」
「その説明じゃちっともわかんねえよ! わかったとしてもあいつオレサマに五回もカトンテールって名乗った気がするぞ!」
「もうカトンテールと名前をたずねなくてもいいですよ、さぞごくろうなさったでしょう」
「いや、オレサマはおまえをきづかってだな」
そうオコジョがいうとカトンテールはくすくすと笑います。
「ウサギはウサギ、オコジョはオコジョです。今年の夏や秋のコンサートまでにあなたが飢えて死んでしまったらイヤですからね」
「そういうもんかね」
「それが森です。さぁ、それより、いっぱい練習したんですから、音楽を奏でましょう」
カトンテールが太鼓のバチをつよくにぎります。
オコジョもまた小笛にやさしくゆびをそえて、くちをあてます。
シーンと静まり返った森の広場。
クマのおじいさんのマエストロが指揮棒を振るいました。
ピュルリラピュララ、トントントン。
ピュルリラピュララ、トントタトン。
クマのおじいさんの指揮棒にあわせて、ウサギも小鳥もリスもオコジョもそれぞれの楽器をそれはもううまいこと奏でてみせます。
ときどき、ちょうしっぱずれな音がでることもあるけれど、それもご愛嬌です。
「おや、すっかり遅れちまったねぇ」
スイスイと余計な音を立てぬよう静かに飛んできたのは年老いたフクロウでした。
彼女は小笛を吹くオコジョを見つめ、孫子のフクロウに向けてこう言います。
「あの白いおバカなオコジョだよ、ワシの縄張りにたべのこしをよく忘れていくのは」
「演奏、すてきだね」
「ははは、あんたは聴くのが初めてだからそう言えるのさ。ありゃまだまだ下手っぴさ。ワシのかわりに、あんたらが夏も秋もコンサートできき比べてごらんよ」
それは楽しく美しい森の音楽でした。
一曲目が終わった時、広場のどうぶつたちはその気持ちを伝えるために拍手をします。
ぱちぱちぱちぱち。
ぱちぱちぱちぱち。
春のコンサートはまだまだつづきます。
本日最後の拍手が鳴り止んだら、次はまた夏のコンサートに向けて練習です。
「ふーん、拍手ってのは良いもんだな。オレサマの音色ほどじゃあないが」
オコジョはその真っ白なカラダを曲げ、拍手喝采にぺこりとあたまをさげて一礼します。
「夏か。それまでちゃんとしぶとく生き残らないとな」
しかし。
夏のコンサート当日、そこにあの真っ白なオコジョの姿はありませんでした。
だって夏のオコジョは茶色いですから。
――おしまい――
お読みいただきありがとうございます。
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