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8 猿の頭

「どうしたんですか、キルファさん⁉」


「ラルク、よく見ろ! あいつ・・・・・・」


「ああ‼ あの人!」


 肩を叩き合って納得の様子の俺たちは完全に会場の注目を浴び、そして完全に浮いていた。


「えーと、お知り合いでしたか?」


 司会者エプロンが騒ぎ過ぎたと気づいて急に素知らぬ顔で椅子に座りかけた俺たちを見とがめる。

 中腰のまま会場をざっと見渡すと、すぐに目が合ったのは家族捜しに来ていた老女と娘さんであった。遺体は彼女らの身内ではなかったようで、二人は大人しく元の位置に座り直し、ことの成り行きを――俺たちを――見つめている。

 きっと平凡で平和な生活をしていたであろう彼女たちが異質な世界への境界線とも言える検査場ここに来て、起こるすべての事柄を全力で受け止めている手前、なんとなく俺は答えざるを得ないような気がした。


「知り合いってほどじゃ。今朝森に一緒に入ったパーティメンバーなんだ」


「パーティメンバー?」


「食用肉を得るための狩りのパーティです」


 ラルクが俺を助けるように言葉を添える。ああ、でも狩りのパーティってのはラルク自身をだますための方便で組まれたものなんだから、そんな答えじゃあ余計怪しまれる。


「食用肉? この森で俺みたいな専門の猟師や「検査場」を通さずに、わざわざ肉を手に入れるパーティなんて組まれないだろう」


 解体所の入り口からひょっこり顔を出した地元罠猟師のトールが口を挟む。言わんこっちゃ無い。


「詳しいことはさ、俺たちじゃなくて大通りの『きこり亭』の親父に聞いてよ。動物狩りのパーティの募集したのはあいつで、俺たちは参加しただけだから。その遺体の男は常連だったみたいだし、名前くらいは知ってるんじゃないかな」


「ああ、『きこり亭』の。あいつなんか企みやがったか」


 合点がいったようにつぶやくトールに司会者エプロンもチラリと視線を合わせて肩をすくめた。どうもあの食堂の店主はろくでもない奴としてそれなりにこの町では知れ渡っているらしい。

「では『きこり亭』のバムに話を聞くことにしましょう。しかし、この人は森で急にいなくなったんですか?」


「森に入ってしばらくしたところでよくわからない猿の軍団に襲われて、パーティメンバーはほぼ全滅したんだよ。乱戦の中だったから、気づいたときにはいなくなってた」


「猿の軍団?」


「これだよ」


 俺は免罪符よろしく足下に置いていた猿の頭を掲げた。


「ああああああーーーーー‼」


 三度、会場に大声が響き渡る。

 見ると舞台に残っていた背の高い魔道士が片手でフードを少し引き上げ、片手で俺たち、いや猿の頭を指さしていた。


「レア・・・・・・あれ! あれですよ‼」


「だな。あいつが会場に来たとき、猿の頭を担いで来たからわかっていた」


「あなたは‼ 私にこっそり教えてくれてもいいのに!」


「おまえはすぐ動揺するから」


 ターバンの美少年は肩をすくめた。


「魔道士のニーサン、何か知ってんの? この猿のこと」


「いえ・・・・・・見たことがあって、というかその、我々も対応したことがありまして・・・・・・」


 ごにょごにょと歯切れの悪い返事。対応、って戦ったってことだろうな。絶対に何か隠しているだろうとは思われたが、公衆の面前でそれを話す気は無いようだ。俺もこの猿については色々聞きたいことがある、会場を出てからこの二人と接触できるだろうか。


「ええと、十七番はじゃあとりあえず“動物もどき”だったということで、「安置所」の方へ引き取ります。皮を買いたい方――ビダルさんはそうですよね、「安置所」へどうぞ。で・・・・・・十八番はそこの金髪と赤髪のあなたがたで、その猿の頭を持ち込んだってことですね?」


 司会者エプロンが場を整理して、ビダルがそそくさと「安置所」へ入るのを尻目に俺たちを見上げた。切り落とされた猿の頭を見て、自分の出番はないと踏んだのか筋肉エプロンはうっそりと後方の扉から退出する。


「ああ、通常の猿には見えなかったんでね。“動物もどき”じゃないことはわかっていたが一応持ち込んだ」


 手持ちの十八番の番号札を掲げてから、俺とラルクは舞台へと下りていく。舞台上にいた魔道士とターバンの美少年は退いてもう一度元の端の席へと階段を上った。チラリと目配せした感じ、どうやらあちらもこちらに聞きたいことがあって会場を後にせず待ってくれているようだ。よかった、話のわかる奴らみたいだ。


「さきほどの十七番の“動物もどき”の中にいた男性は、ではこの猿との戦闘で姿を消した訳ですね。猿ってこれ一体ですか?」


「いや、他にこれだけ」


 テーブルの上に置いた猿の頭の横に、麻袋に入った耳をぶちまける。俺は見た目にわかりやすい親切のつもりでそうしたのだが、またも会場から「ひいい!」という兄を探している娘さんの引きつった悲鳴が聞こえた。俺は自分のガサツさに気づいて恥ずかしくなった。そうだよな、普通の若い女性っていうのは、ああいうもんだよな。


「十三だな」


 トールが解体所の扉前に立ったまま耳を数えてみせる。“神隠し森”で商売をする彼にとっても猿の存在は気がかりに違いない。


「全滅させたのか?」


「いや、いくらかは逃げた」


「じゃあまだ確実にこんな化け物みたいな猿が森にいるんだな。大きさは頭からするとおまえと同じくらいか?」


 低身長の俺と比較してズケズケ言いやがる。俺はこれ以上大きくならなくて良かったと思っているんだけどな。身軽に木にも登れるし森の中で弓矢を扱うのにも邪魔にならない。男は背が高い方がモテるというが、俺は特にモテたいとは思わない。昨日今日ラルクの側にいただけで心底思うのだが、大勢の人にモテるってのは面倒なだけじゃないか。

 将来、俺が身を固めるような気持ちになることがあるのかどうか知らないが、こんなガサツな俺を受け入れてくれて想いあってくれる一人がいたなら、それだけで奇跡だろう。


「キルファさんより少し小さいですね」


「強さは?」


「強い・・・・・・というか、残酷さに躊躇(ちゅうちょ)がないんですよ。猿の機敏さを持ちつつ、精度は粗いですが剣と弓も使えるようでしたし」


「何より人間の言葉をわかっているみたいだったんだよ。な? ラルク」


「革鎧? 人間の言葉? おいおい、なのに斬ってみても“動物もどき”じゃなかったのかよ!」


「そうなんだよ! 俺もてっきり最初は“動物もどき”かと思ったんだけど、三十からの群れで襲ってきてるし、なんか軍隊みたいだなって」


「妙に統率された感じ、確かにありましたよね」


「そんな怪物が群れで? 森のどの辺だ? 奥の方だよな、きっと。俺は森のそんなに奥深くまで罠を仕掛けないから、そうであってほしいんだが。うう、明日罠を確認しに行くのが怖くなるぜ」


「あー、あの、十八番のお二人、トールさんと会話しないでください。質問は私がしますから」


 司会者エプロンが完全に罠猟師のトールと向き合って三人で会話を始めた俺とラルクを制した。


「この猿については我々も初めて扱うので、とりあえずこの頭と耳を上司のところに持って行き、対応を確認しますが・・・・・・体の回収も必要になりますね。早いほうがいいのでこの後、案内願えますか?」


「え? もう夜ですよ」


 言いかけるラルクを俺は制して、


「それって賃金出るの?」


「出ないと動かないのでしたら出るように上に催促しましょう。これを見つけたとあっては、国としても放っておけませんから」


 俺はラルクにウインクして見せた。屈託のない笑みが返ってくる。


「その回収作業、俺も同行できるか?」


 トールが手を挙げる。


「ああ・・・・・・トール。いや、それには及びません」


「しかし夜の森だ。この森を生業にしている俺が同行したほうがスムーズだろう? 場所によっては俺の罠だって仕掛けてある」


「ありがたい申し出なんですが、回収には軍の専門の者が同行しますから」


「あ、あの・・・・・・」


 きっと何度かかけられていたであろうおずおずとした声に俺たちが気づいたのは、やっとその時だった。いつの間にか元いた席から数段降りて舞台の端まで来ていた老女がすがるような目で司会者エプロン、ラルク、そして俺を見回す。


「それ、近くで見せてもらえませんか?」


 指さす先にテーブルの上に置かれた猿の頭がある。舞台上の三人が逡巡(しゅんじゅん)して思わず視線を交わす。


「見るだけなら・・・・・・しかし、間近だとさらにグロテスクですよ」


 司会者エプロンが言うが早いか、老女は舞台に足を踏み入れて迷いのない様子で猿の頭を正面から見つめた。舞台端までついてきていた娘にも母親の行動は予想を超えたものだったらしく、「お母さん・・・・・・?」と心配気にかけられる声は震えている。


 誰もが戸惑いと緊張で老女を見守る中、彼女は猿の開かれた目の奥をじっと見つめた後に急にはらはらと泣き始めた。ギョッとする一同をよそに、彼女は誰かが制止する間もなくひしと猿の頭を抱きしめた。


「これは・・・・・・私の息子です」


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