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7 乙女チック商人・ビダル

「文字盤で会話ができる個体がいたのだったら、“動物もどき”になった原因を話してくれても良さそうですが・・・・・・」


 ラルクは着々と清掃作業が進められる舞台上を見つめながら、独り言のようにつぶやいた。すかさず乙女チック商人が応える。虜ってのは大変だな。


「何体かはたしかに会話できたそうよ。()()()()()()らしいけど・・・・・・それが石なのか木なのか何なのか、会話できた個体の中でそこまで記憶できている人はいなかったみたい。なにせ急に自分の体が違う何かに変化しちゃうわけだから、驚いてるばっかりで周りを確認するような冷静さを持ち合わせている人なんていないのよ。それにおかしいのは“動物もどき”になった場所っていうのが森の中の様々な場所でね・・・・・・一カ所に集中しているわけじゃないのよね」


 乙女チック商人はラルク越しに俺にもチラチラ視線を送りながら会話を続けた。なんだ? 将を射んと欲すればまず馬を射よってか?


「会話ができた個体を国が管理したり自宅に帰したりして、寿命が尽きるまでそのまま過ごしたって文献も読んだことがあるけど、検査場は解明が進まないことと、いちいちすべての捕らえられた動物を検査する面倒さに段々飽きてきてしまったのよね。それで、今では“動物もどき”かどうか、斬って確認するためだけの施設に成り果てたのよ」


「あの大トカゲも、もしここが昔のようなちゃんと個別に検査してくれる施設であったら、家に帰れたかもしれないんですね」


「そうね。だからこっそり町に入ろうとしたんじゃないのかしら。家に着けばきっとかくまってもらえるでしょう? 動物として過ごすことになっても、人間だったときに好きだった物を食べられるかもしれないし家族の顔は見たい・・・・・・んじゃないかしら。勝手な想像だけどどう思う?」


 乙女チック商人は上手い冗談を言ったかのように笑った。俺は特に愛想笑いしなかった。


「ここに連れてこられた“動物もどき”はどれも実に頭のいい逃げ方をしようとするわ。間違わずに出口を目指したり、扉が閉まっているときには取っ手を掴もうとしたり、逃げる先も狩人っぽい人は避けたりね。たぶん検査場(ここ)がどういう場所か()()()()わかっているからでしょう」


「生きたまま、人の記憶を持ったまま()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんて現在の魔法学ではあり得ないけど・・・・・・」


 つぶやくラルクを見ていると、やはりラルク越しに何度も乙女チック商人と目が合う。美形の男好きかと思ったが、決してハンサムの部類には入らない赤毛でそばかすチビの俺にさえこうだってことは、若ければ容姿関係なしの男好きなのか? よし、念には念を入れて――俺は乙女チック商人の視線を見返して予防線を張ることにした。


「おっさん、俺はすらっとしてておっぱいの小さい女が好きだけど、この辺りでそういう女の人と知り合える場所ある?」


「ああん、“おっさん”は禁止! っていうか唐突な性癖暴露‼ なんでここに出入りしている私がそういう案内所経営だと思ったのよ!」


 体を捻りながら懐から出された名刺には「皮革商人 ビダル」と書かれていた。受け取ったラルクの肩越しに覗き込んだ俺は、ついでに乙女チック商人の靴やらベルトやらが蛇やなにがしかの革製品なのも目にとめた。俺の視線に気付いたのか、


「私にとっては“動物もどき”はありがたい存在でね。何しろ完璧な状態の動物の皮が手に入るんだから」


 大トカゲの皮をうっとりと見て、ビダルは両手を突き出た頬骨に当てた。


「そっか、確かに基本的には舞台でとどめを刺される一撃だけもんな、大きな傷は」


「そうなのよ。血抜きも必要ない完璧な皮。私はデザイナーも兼ねていてね。珍しい生き物の皮を手に入れると、本当に創作意欲が沸くのよ。ほら、これはハリネズミ皮の財布。こっちはゾウ皮のベスト」


 うん、使いづらそう。しかしまさか“動物もどき”にこんな活用法を見いだしている奴がいるなんて驚きだ。元々人間が入っていた器と言っていいものだから、通常では気持ち悪いと感じるものだろうが、「物に罪はない」と合理的に考えるなら確かにそうだろう。


「でも、あまりに完璧すぎて、正直最近はバッグや服飾品に加工するのは気が引けて、綿を入れて剥製にすることも多いのよ」


「そんなの買う人がいるんですか?」


 平然と“そんなの”呼ばわりするラルクに幸か不幸か乙女チック商人は気付いていない。


「ええ、けっこう売れるのよ。一般ではお目にかかれない珍しい動物も多いしね。そこにうちの住所も書いてあるから、いつでも見に来て。元動物もどきの剥製っていうのは、この国に限らず高貴な方たちの間で非常に人気なの。うちには珍しがって外国のお客様がよく訪れるのよ」


 高貴、じゃなくて酔狂な奴だろうと言いかけたその時、


「あの! そ、そのご遺体の顔を見せてもらえませんか? 兄かどうかを確認したいのです」


 震える声が会場に響いた。見ると老女を支えていた若い女が勇気を振り絞って立ち上がっていた。家族を探しに来ていたらしいとは思っていたが、兄君だったか。“動物もどき”が(あば)かれた時はショックで声も出ない様子だったが、それでも自分たちの目的を思い出して声を上げるなんてたいしたものだ。


 舞台上で大量の血だまりを作っていた男の遺体をせっせと片付けていた革エプロンたちがピタリと動きを止めた。司会者エプロンが合図をすると、作業をしていた革エプロンたちは声をあげた女性と老女の方へ遺体の前面を向けた。遺体の顔をさっと水洗いまでしてくれる辺り、なんというかあまりに気の利いたプロフェッショナルな動きで俺はいたく感動し――


「ああーーーーーーーーっっ⁉」


 今度は俺の声が会場中に響き渡った。


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