6 動物もどき
「すみません、あの・・・・・・魔道士の方? ですか? えーと、これって寝ています?」
「ええ、しっかり睡眠魔法をかけていますから、多少荒く扱っても大丈夫です」
魔法をかけたローブの男が、意外にも腰の低い様子で司会者エプロンに答える。筋肉エプロンはそれを聞いて少しほっとしたように大トカゲを拘束する腕の筋肉を緩めた。
大トカゲは可哀想にぐんにゃりと脱力した体をテーブルの上に置かれる。
「森のどのあたりで捕まえましたか?」
「森じゃなくて街道です。町に入ろうとしたときに我々の荷馬車に入り込もうとしているのを見つけて」
舞台でのやりとりは特に声を張り上げて行われているわけではないが、すり鉢状の造りの底辺で行われているから自ずと客席の俺たちにも聞こえた。
「レ・・・・・・私の同行者が、この辺りでは珍しい動物を見つけたら生け捕りにしてこちらに持ち込むものだと言うので、持ってきた次第です」
フードを目深にかぶった魔道士は、ツラツラと言葉を並べる。その言葉が本当なら、やはりあのターバンの美少年はその若さで旅慣れていて、この地域の慣例にまで詳しいということらしい。あれだけ目立つ容貌をした冒険者でこの辺りをうろついたことがあるなら、当然噂は残ったりするものだが、三年この森の界隈にいる俺でも思い当たる節がなかった。少年の同行者の腕利き魔道士だって、冒険者稼業をしているなら話題に上がってきそうだが、聞いたことがない。
神隠し森のあるこの地に来ていると言っても冒険者じゃないのか、それとも今まで別の地域を縄張りとしてきたのか・・・・・・何にせよ、おかしな奴らだ。
そこまで考えて、俺は自分を棚に上げて考えていることに恥ずかしくなって、頬のそばかすを掻いて自嘲した。
「では」
先ほどと同じく、司会者エプロンの視線が会場を一周する。会場にいる者たちもまた同じ緊張の空気を繰り返し作りあげた。
筋肉エプロンが大トカゲの首に刃物を入れた。途端、
ブロンッ
何かがはじけ出る大きな音がしたかと思うと、大トカゲの傷口から人が出てきた。それはまるで、腸詰めを作る過程でまだ柔らかい腸壁に傷が付いてパンパンに詰まった中身がずるりとすべて出てしまうような、羊膜を破って動物の子供が産み落とされるような勢いのある変化であった。
「ひいいいいい!」
「ええええええ⁉」
会場の二カ所から悲鳴が響き渡る。一人は老女で、もう一人は――意外なことに舞台上の魔道士だった。
どちらも初めて“動物もどき”が人間に戻る瞬間を見たらしい。
老女を支える若い女性は悲鳴こそあげていないが、完全に硬直して身動きもとれない。当たり前だ、さっきまで動いていた大トカゲの首が斬られて、傷口から突如生み出された人間が大トカゲと同じ場所の首を斬られてドクドクと血を流しながら目の前で死んだのだ。斬った張ったの世界にいなければ相当エグい見物だろう。
それ以外の者は経験があったり予測していたからか、それぞれ神妙な顔で舞台上を見つめている。ラルクに至っては「わあ!」とすごい余興でも見たような感嘆を漏らしていた。魔道士よりよっぽど肝が据わっている。
「不思議ですね。大トカゲとはいえあの大きさに大人一人が入っていたなんて」
確かにテーブルの上にデロンと残された大トカゲの皮と、そこから床に産み落とされた男の死骸を見ると、如何にこれが馬鹿げた現実かと思わされる。どう考えても入りきれない器に何倍もの大きさのものが詰め込まれていたのだ。そして、それは一瞬前まで生きていたのである。俺はこの数年で同じような光景を何度か見たことがあったが、一度は手の平サイズの小さなリスから身長二メートルを超えるような大男が出てきたこともあった。
「昔、大きな猪から小ネズミが出てきたのを見たこともありましたのよ。だから、サイズは関係ないんでしょうね」
近くにいた乙女チック商人が階段状の席を一段下りて、さらにラルクの隣ににじりよりながらささやくように話しかけてきた。
「へえ! “動物もどき”になるのは人間に限らないんですね!」
まんまとラルクの興味を引いて、乙女チック商人は人なつっこい笑みでラルク越しに俺にも愛想笑いを浮かべた。
「どうもそうみたいですわ。あの男も可哀想に、ここに持ち込まれなければ斬られることもなく動物として一生を送ることもできたでしょうにね」
「そうか、致命傷は舞台で斬られたことですもんね。じゃあ森にいればあの人はそのまま大トカゲの中で生きていられたんですね」
「私は“動物もどき”になったことがないからわからないけどね、“動物もどき”は捕まらないように人目を避けて行動するのよ。人間の知能があるみたいだから当たり前よね。そして家族の元へ行こうと移動する。あの大トカゲも荷馬車に潜んで町の誰かに会いたかったのかもしれないわね。きっと自分をわかってくれる、と信じて」
「でもわかったところで“動物もどき”から人間に戻る方法はないんでしょ?」
「ええ、それは聞いたことがないわ。だから検査場でもとどめの一撃を与えて正体を明かすくらいのことしかできないのよ」
乙女チック商人はこの土地の出身らしい。そして、この施設の常連なのだろう。そういえば俺も一,二度見かけたような気がする。つまり、彼は今まで数々の“動物もどき”が最期を迎える姿を見てきたに違いない。
生粋のエリニア人でこの森の近くが生活の基盤ならば、その中にはもしかしたら知り合いもいたのかもしれない。
噂では自宅に現れた妙に人懐っこい動物を行方不明の家族だと理解し、しかし人間に戻す方法がわからずにそのまま飼い続けるという選択をする者たちもいるという。戻し方をさぐる人間は実際多くいるのだろう。
「検査場はかつてはまさに“動物もどき”をどう人間に戻すか検査する場所だったらしいわ。深手を負わさずに小さな傷をつけて致命傷になる前に本体が出てこないか試したり、逆に致命傷を一気に与えて本体が出てきた途端に応急処置をしてみたり、文字盤なんかを使って会話を試みたりね。どれも上手くいかなかったそうよ。小さな傷をたくさん付ける方法では錐を使って全身を刺していったとか。こうなるともう検査じゃなくて非人道的な拷問よね。でも本体が出てくることはなくて、出血が致死量になった時点でやっと一つの傷からぷるりんっと出てきたんですって」
「なんだか謎ばかりですね」
「そう、そして戻る方法は現代まで見つからずじまい。結局は“動物もどき”になった原因を取り除かなければならないんだろうって言われているけど、まずそれがさっぱり謎のままなんだもんねえ」
神隠し森の謎、はこの二百年以上まだ解かれていない。この謎には国から懸賞金がかけられているため、一攫千金を狙うふらふらした就職できない奴ら、通称冒険者がこの森に集まっているわけだ。もちろん俺を含めて、だが。