表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/37

4 公開検査場

 受付を通り過ぎた先の階段を上ると、公開検査場の入り口はいつものように扉が開け放たれていた。俺は小遣い稼ぎで動物を狩った時に何度か利用しているが、町にある施設としては立派な方だと思う。


 入り口を抜けると受付からは想像しがたいほど開けた空間が目の前に広がる。半円形の舞台を底辺として取り囲むように階段が配置されたすり鉢状のホール。入場者はその中腹左端に入る形となり、階段は長椅子としてどこにでも座ることができる。

 詰めれば百人をゆうに超える人間が座れそうだが、俺は半分だって埋まったところを見たことがなかった。今日もやはり閑散としていて、両手指ほどの人間が思い思いにばらけて座っているだけである。


 狩人らしき男と商売人らしき男たち、そして思い詰めた顔の老女とそれを支える家族らしき若い女、そして――受付の男が言っていた「ラルクよりもさらに目立つ子」というのはすぐにわかった。


 俺たちが足を踏み入れた入り口の側とは反対側の客席端っこに座ったその少年は、白いターバンを頭に巻いた明らかに異国のなりをしていた。オリーブ色の肌に彫刻のように整った顔立ちは若く、せいぜい十六歳くらいだろう。冒険者や傭兵だったら新米、駆け出しといっていい年齢だが、すらりとした体にまとわせた雰囲気は妙に世慣れていて、この怪しげな「森の動物専用検査場」という場所にいても違和感がなかった。俺の隣にいる何にでも興味を持ってきらきらした瞳を凝らす青年の方がよほど会場にいる人たちの注目を集めた。


「なるほど、あの一番下の半円形のところで動物の検査を行うのですね。それで“公開”検査場ってわけかあ!」


「いいから座るぞ」


 わくわく顔を隠さないラルクがあまりに人目を引くので、腕を引いて手近な席に座らせる。すぐ近くにいた商人風の男がラルクを一目惚れした乙女のような顔で見た後に俺と俺の担いだ猿の頭を見て固まった。

 一方ターバンの少年はこちらを一瞥しただけで、新たに現れた俺たちに興味を持った様子は見せなかった。見直してもたまげるくらいに美形なので一瞬女なのかと思ったが、俺より背が高そうだし胸も平らに見えるからやはり男なのだろう。


「では、十六番の札を持った方、こちらへ」


 すり鉢の底辺にあたる半円形の舞台から一人の男が呼びかける。革のエプロンとマスクをつけた姿は精肉屋の仕事人のようだが、まさにここで行われることはそれなのだ。

 舞台にはもう一人同じ格好だが筋骨隆々な男がいる。俺は前から密かにこいつを「筋肉エプロン」と名付けていた。ちなみにもう一人は「司会者エプロン」だ。

 舞台上には「筋肉エプロン」と「司会者エプロン」以外には粗末なテーブルと椅子一脚があり、きれいに拭かれていたが床もテーブルも隠しきれない血の跡を感じさせた。


 客席から「おいよ!」と狩人らしき男が番号の書かれた木札を掲げながら立ち上がる。彼はよいせっとかけ声をあげながら足下のピクリともしない大きな猪を持ち上げた。


「トール、あんたの獲物だったら問題ないな」


「ああ、ちゃんと失神させている。いつもの通り、こいつでな」


 舞台上のテーブルの上に猪を乗せながら、腰の棍棒に顎をしゃくる。帯には棍棒以外に狩猟用の罠の部品とみられるものがジャラジャラと付いている。この地域に住んでいるなじみの罠猟師なのだろう。


「あんたの獲物だと安心できる。だが、あんたみたいな猟師にとっては、わざわざ狩った獲物をここに通すのは面倒だろうな」


「いんや、ここでちゃんと検品してもらえれば肉の値段も上がる。そうすれば森に入る頻度も下げられる。森に入るのはリスクだが、他の猟師が少ないから奥まで分け入らなくてもいいし、まあ罠猟の俺からしたらやりやすい森だな」


 司会者エプロンと軽口を叩きながら、トールと呼ばれた狩人は筋肉エプロンと共に慣れた手つきで猪の四肢をテーブルに縛り付ける。トールが舞台中央から一歩外れると、静かに、しかし確実に周囲の空気が緊張を増した。


「では」


 司会者エプロンが会場に視線を一周させる。商人たちは落ち着いて頷き、老女と寄り添う女はゴクリとつばを飲み込んだ。


 音もなく、滑らかに、筋肉エプロンが猪の頸動脈に刃物を入れると、一瞬後にそこからは大量の血がとぷんとあふれ出した。気絶から目覚め、起き上がる気配はあったが、すでにその時点で暴れるほどの血の量を持っていなかったのか。そのままトクントクンと心臓の動きに合わせて猪は血をあふれさせ、最期にビクンッと痙攣したときに一気に残りの血を放出して絶命した。


「相変わらず見事な止め刺しだな」


 猪の命の灯火が尽きるのを見届けてから、トールは舞台に再び足を踏み入れて筋肉エプロンの肩を叩いた。


「ご覧の通り、普通の猪なので、このまま解体所に運び込みます。購入したい方はあちらへどうぞ」


 エプロン司会者が声を張り上げる。二人の商人らしき男が立ち上がって舞台のすぐ左にある「解体所」と書かれた扉の方へ向かった。あの部屋で猪は解体され、食肉としてすぐに競売にかけられるのだ。狩人と商人が直接交渉できるうえに裏で待機している肉切り職人の革エプロンも同席して仲介するので、非常にスムーズに手続きが行われる。

 解体所には会場に戻らずに正面受付の後ろに出られる扉もあるため、動線もわかりやすくて初めて使ったときは感心したものだ。


「次、十七番!」


 司会者エプロンが言う間に筋肉エプロンがさっさと猪を足からつり上げてトールへ渡し、舞台後方の椅子にどさりと腰を下ろした。いつも思うが、こいつはきっと普通に剣を握らせても相当な使い手なんだろう。言外(げんがい)で今の仕事に対する物足りなさを荒々しい態度で示していた。

しかし、そんな筋肉エプロンの不遜な態度とは正反対に、舞台後方の壁にある扉から出てきた数人の革エプロンの男たちが素晴らしい早さで机と床の血だまりを掃除し始める。文句一つ言わぬ一連のできあがった動作は、敬服に値した。


(十七番は、あいつか)


 いつの間にか魔道士風の背の高い男と合流したターバンの美少年が司会者エプロンに合図しながら立ち上がっていた。手にはゴソゴソと動く麻袋を持っている。


「キルファさん、聞きたいことが」


 声を落としたラルクが俺の耳元でささやいた。一日経って慣れてきたとはいえ、この顔で急に距離を詰められるとドキリとする。


「あのご婦人たちは、どういう・・・・・・?」


「行方不明者の家族だろうな。可哀想に、急に家族がいなくなって、“動物もどき”になっている可能性を考えたから藁にもすがる思いでここに来たんだろう」


 会場のほぼ中央の席に陣取った女性二人は解体所の扉に運ばれる猪を胸をなで下ろしながら、しかし結果が見えない状況が続いているため不安気に見送っている。


「検査場はここだけじゃなくて他の町にもあるいし、行方不明は必ずしも“動物もどき”になったとは言い切れない。でもこの森の近くに住んでいて家族が行方知れずになったんだったら、どうしても“動物もどき”になった可能性を考えずにいられなくて探しに来たんだろうな。悲惨だよ、答えの出ないものを待つのは」


 俺も家族には何も言わずに出奔しているから、地元では行方不明扱いだろう。もう三年も帰っていない。老いた母の姿が会場の老女にかぶって、どうにも気持ちは落ち込んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ