36 冒険者の成功報酬
レアラードにあてがわれていた部屋が空であることを確認し、廊下を走り、中庭を抜け、やっとターバンの後ろ姿に追いついたのはもう王城の正門のほんの少しだけ手前だった。
「ホラ、挨拶ナシで出て行くカラ慌ててココまで来させてシマッタじゃないデスか!」
ギャーギャーとターバンの少年の頭上を白い鳥が飛び回っている。そう、ヴァリスはどういうわけかただ一人、合成獣亀が死んだ後も“動物もどき”が解除されずに鳥の姿のままであった。
二重にかけられた“動物もどき”の術のせいであったとしても、せめて一つは解除されて白いオウムからカラフルインコに戻れば納得もできるのだが、ヴァリスの姿は揺らぐこともなくキバタンのままだ。
請われてラルクが血を使った魔法で原因を探ったが、わかったことは「ヴァリス自体に元々いくつもの魔法ーーというべきか呪い、というべきかーーがかけられていて、それぞれが強力に作用しているせいで糸が絡まったような状態になっており“動物もどき”の魔法の解除がされないのではないか、ということだけであった。
それを聞いたとき、俺の頭には元々の青年の姿のヴァリスの左右色の違う目が思い出された。あれもきっと魔法による作用なのだろう。詳しく聞いてはいないが、あいつもなかなか厳しい人生を送って来たに違いない。
「もう行くの? ご飯食べ放題なんだぜ」
「それは魅力的だが、人目に付きたくないんだ」
俺の馬鹿みたいな引き留め言葉にレアラードはちょっとだけ笑って応えた。確かにどこにいたって目を引く美貌だ。傾国の美女、と言う言葉があるが、レアラードの場合男装をしていてさえ、パーティのようなところに行けばいくつもの悶着を起こされそうな予感がある。
「“私”だとばれると、さらに厄介でな」
確かに伝説のよりしろが二百年の時を生きてきたと知ったら利用したくなりそうだもんな、ここの王様は。
「キシリー帝国の“よりしろ”になった木に興味があるって言ってたから、一緒にここを出て一緒に行くんだと思っていたのに」
「うむ、確かに“よりしろ”の生き残りは排除したいと思っている。だが、これを読んでいて、先に確認したいことができたのでな」
レアラードの手には、そういえば鍾乳洞で回収していた「合成獣研究の助手の日記」があった。
「ヴァリスのためにガイレンティア国へも行きたいと思っているから、どちらかで合流できるだろう」
「モウ私を治療できるとシタら、魔法王国にシカ可能性はありまセンからネ!」
俺の肩にとまったヴァリスが羽を広げて左右に揺れながら騒ぐ。この重みとももうお別れなのか。
「私の祖国に行くときには必ず使い魔をください。あそこはいろいろと面倒なので案内が必要なはずです」
「うん、その時は頼む」
会話が一区切りして別れの気配が漂う。慌ててさらに意味のない会話を続けようとする俺を制して、レアラードの手がぽんっと俺の頭に置かれた。見た目は十六歳そこそこの少年と二十歳の娘だが、頭一つ分違う身長差と本当の年齢の圧倒的な差でそれは極自然な行為だった。
「あの、レアラード、俺、本当に歴史の勉強苦手だったから、あんまりあんた・・・・・・あなたの価値っていうか、どうするべきかわかってなかったけど、でも、絶対また会えるよね?」
「私に会ったことを後悔していないってことでいいのかな。ありがとう」
「ありがとうはこっちの台詞だよ」
わっと泣き出しそうになって、俺はすんでのところでドレスの裾を握りしめて堪えた。女の姿に戻ってから何だかいろいろ弱くなってしまったようで悔しい。レアラードにもヴァリスにも、こんなに自分が懐いてしまっていたなんて自分でも自分の感情に驚きだ。
それはきっと“動物もどき”という殻をかぶった状態で、孤独の三年間を過ごしたーーいや、もうこれまでの人生において常にひとりぼっちだった俺に急に降って湧いた腹蔵のない関係がたったの二日の間で手に入ったからだろう。
「今生の別れジャありまセンから、泣かナイでくだサい。今の私は魔法が使えまセンが、レアラードに頼んで使い魔を出しますヨ。私は筆まめでスカら、ペンパルとしても・・・・・・ってよく考えタラ鳥だカら手紙も書けナイ!」
レアラードの肩に留まり直したヴァリスが冠羽を逆立たせて首をブンブン振る。レアラードは迷惑そうに眉を寄せながら、門の前まで回されてきた粗末な荷馬車に乗り込んだ。森から脱出したときに農夫から購入したものだ。これだけボロなら確かに日よけのマントでも頭から被れば、レアラードの美貌も隠せるし目立たずに移動ができるだろう。
「レアラード‼ 別れる前にもう一度だけ、おまえの尻をー‼」
遠くから響くエミーの声に、さしも表情の薄いレアラードもやばいという顔をして御者台に乗り込んだ。どうやら一度はあの変態王子の尻むんずの被害に遭っているらしい。
「体に気をつけて!」
二百歳を超えて生きる伝説の魔法少女戦士と体に呪いがかかりすぎて“動物もどき”が解けないままの魔道士に言う言葉としてなんてセンスのない言葉だと口に出した瞬間に後悔する。
レアラードは極上の笑みを残し、ヴァリスは羽ばたいて羽を二,三枚残し、俺たちの前から去った。
「告白しなくて良かったんですか?」
「え⁉ 何のことだ⁉」
すっと横に立ったラルクの言葉に、俺は驚いて顔を見上げた。男でいたときより身長差ができたせいで、ずいぶん首を曲げなくてはいけなくなった。
「だって、好きだったんでしょう? 前に“すらっとしてておっぱいの小さい女が好き”って言ってたじゃないですか。レアラードさんはまさに理想通りです。いつも目で追っていましたしね」
言われて、検査場でビダルに方便で言った台詞を思い出す。女心がわかる奴だと思っていたけど、そうでもなかったのかもしれない。
「ラルク、おまえさあ・・・・・・。まあいいや。そう思っておけよ」
ラルクの的外れな指摘で別れの感傷もすっかり癒えた。きょとんとした目で見返すラルクの少し高くなった肩に手を回す。“ひとりぼっちだった俺に急に降って湧いた腹蔵のない関係”はまだここに残っている。
「さあさあ、冒険者の成功報酬だ! 腹一杯食べるぞ‼」




