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35 宮廷を味わうとき

 こんな服装をしたのはいつ以来だろう。確か一度だけこういうフワフワピラピラした服を着たことがあった。

 あれはたしか見合い用の肖像画を描くとかなんとか言われて急に帝都のどこかのお屋敷に呼び出されたときだ。その時もあまりに慣れない服装に途中で逃げ出したが、今も鏡に映った自分を見てこそばゆい思いがこみ上げついジタバタとしてしまう。


 身支度を手伝ってくれた侍女たちは満足した様子で去っていったが、俺はこれが自分に似合っているのかどうかすらわからない。

 鏡から気を逸らすために侍女が淹れていってくれたお茶とお菓子を口の中に放り込む。甘え! 旨え! なんだ、ラルクが前にくれた保存食ってのはこういう宮廷菓子だったのか。皇女とはいえ

こういうのとは無縁だったので感心していると、ノックの音がした。


「キルファさん、もう支度が終わったと侍女から聞きました。入っても――」


 ラルクの声が終わる前に、性急に扉が開けられる。ドカドカと入ってきた靴音は俺を見つけるなり、


「やあ、これは思った以上の美人に仕上げられているぞ!」


 大柄な男が豪快に笑いながら俺の体を持ち上げて、神輿よろしくわっしょいわっしょいと楽しげに放り投げる。


「馬のときにこの尻を味わいたかったなあ! でも前は男だったもんなあ!」


 むんずと尻をつかまれ、反射で俺は肘鉄を男に見舞わせた。亜麻色の髪をした大男は、それでも笑いながら俺を見つめた。この二メートル近い大男がこの国の第一王子、エミーだと知ったのはつい先日である。


「真面目な話、キルファ、もしおまえが嫌じゃなければ、俺たちは結婚してもいいんだ。みんなには隠しているが、おまえは王妃としてあの頑固親父を黙らせるに十分な血筋を持っているし、俺は正式にこの尻を味わえるし」


 結局尻かよ、変態王子め。もう馬のランダのままでいたらよかったのに。


「おいおいエミー様、四十代後半のあなたが二十歳そこそこの娘さんに求婚するってーのに、あなたにとって都合の良い条件しか言ってないじゃねえですか」


 エミーの後ろからトールがちぐはぐな敬語で王子の肩を叩く。まるで馬をどうどうと抑えているようだ。怒濤の二日間で馬だった王子と罠猟師の男の間には気さくな友情めいたものが芽生えたらしい。


 合成獣(キメラ)亀が死んだのは彼らが王城に着いてすぐだったと聞く。王への謁見を願い出て、城側が対応を検討する中で亀は再び目覚め、王城の従者が二人“動物もどき”に変えられたかと思いきや、小一時間ですぐに馬のエミー王子と共に元の姿に戻るというてんやわんやな状況だったとか。

 ちょっと見てみたかったな、そんなしっちゃかめっちゃかな様子。レアラードはきっと眉一筋動かさなかったんだろうな。


 十年ぶりに帰還した第一王子を前に、城側は気まずい思いがあったらしい。なにせ、エミー王子が“動物もどき”になったであろうことがわかってすら、検査場でずっと“動物もどき”の発見方法を変えずにいたのだ。

 せめて森の動物は“動物もどき”の可能性を考えて二,三日様子を見てから切る、とか、目撃情報から王子がなった可能性の高い大型動物だけはすぐには殺さないとか王が命令を下しておけば良かったのに。


「エミー王子が王都を目指さずに隣国まで遁走した理由も納得だぜ」


 自分の父親である王の性分を知っていてエミー王子は明確に検査場から距離を置いたそうだ、と説明してくれたトールも呆れ顔だった。妙に王が猫なで声だったとも言っていた。


 そんなトールも今日は森で行動を共にした罠猟師の服装ではなく、きちんとした正装に身を包んでいる。


「トール、カッコいいじゃん」


「おうよ。こんな格好したことがなかったが、まあ一生に一度くらいはな。だがキルファ、おまえはさすがってとこだな。馬子にも衣装っていうのか、こういうのは」


 かかと笑うトールに俺は口をとがらせた。王子の帰還と“神隠し森”の謎の解明を祝う盛大なパーティーで功労者として迎えるというから、恥を忍んでドレスなんか着たのに。もうこんなフワピラ、脱いでやろうかな。

 俺が薄緑のドレスの肩紐に手をかけたとき、それをそっと押しとどめる温かい手が添えられた。


「トールも照れているんですよ。キルファさんがこんな素敵な娘さんだったから」


 ラルクめ! 女心をわかっていやがる‼ 女に戻った今、俺はもうこのわた飴みたいに甘い男のとてつもない人垂らし能力が俺を再起不能の女々しい輩にしてしまうんではないかと恐ろしかった。

 地下牢に捕らわれた他の奴隷候補だった者たちを解放したときも、王城に対して正式にビダルの行っていた人身売買とリカゲルとヴォルキャスト、さらには食堂の親父もそれに加担していた罪を摘発したときも、ラルクは一貫して人当たり良く、根気よく、すべての人間を惚れさせながら仕事を進めた。

 ラルクが国を出たのも、もしかしたらこの異常な人当たりの良さがより高位の王位継承者に脅威と捉えられたからなのかもしれないな。


「まったく、おまえみたいな優秀な奴がなんで俺なんかを相棒にしてんだろうな」


「だって私たち」


「きゃあ‼」


 悲鳴に振り返ると、エミーが女の尻をまたむんずと掴んでいた。すぐ脇の老女が王子相手に止めていいのか困った様子でオロオロしている。


「この尻も乗せたかったなあ!」


「ミナ!」


 トールに止められたエミーが渋々手を離すと、尻を解放されたミナは俺とラルクのところに逃げ出してきた。薄い紫のドレスが彼女を包み、長い栗色の髪はいつもとは違うもっと手の込んだ編み方をされ同じく紫の花があしらわれている。目の前に彼女が来て、俺が男の時は少しだけ低かった彼女の背が、今は俺より少しだけ大きいことに気付いて苦笑いした。


「慌ただしくて、今までお礼が言えなかったから来ました。明日には出立すると聞いて」


「うん、まあね」


「本当にありがとうございます!」


 声は老女のものと重なった。丁寧に頭を下げる二人に、俺とラルクはお互い照れた顔を見合わせた。


「お礼ならレアラードとヴァリスに言ってよ。そもそも検査場を切り抜けられなかったら、俺たちは全員ここにいなかったんだし」


「ええ、レアラードさんたちにはさっき。ちょうど旅立たれるところだったから、間に合って良かったわ」


 はっとして、俺とラルクは急いで駆け出した。


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