34 解放
「急にあなたたちみたいな素敵な商品が加わったから今夜の競売までやることがたくさんあるのよ。だから、わざわざあなたたちと顔を合わせる必要はなかったのだけどね。でも、私怨を一つ果たしておきたいと思って」
ビダルの目がすっと細められる。それは驚くほどヴォルキャストの面影が色濃くあった。
「どっちが兄を殺したの?」
ガシャン、と無造作に床に俺たちの装備品が落とされる。ラルクの細身の剣、俺のなまくら剣、剣帯に仕込まれていたナイフ、俺の弓と矢筒。
「兄が亡くなった鍾乳洞から脱出して来た伝令が、遠目に“金髪と赤髪の青年が殺した”と証言したわ。兄を殺すのにどの武器を使ったのかしら?」
手際の良いことに、ヴォルキャストの死の情報は弟の元に届けられていた。
軍人の兄が自分の訃報であってもすぐに伝わるように迅速な手はずを整えていたのだ。鍾乳洞の中でもやたらと伝令がヴォルキャストの元を訪れていたが、なかなか情報戦に長けた男だったってことか。
「悔しいけど大事な商品だもの、殺したりはしないわ。でも、死なない程度に同じ目にあわせたいのよ。だって私の唯一残った肉親だったのよ」
これは確かに本人が言うとおり私怨だった。だから止めようがない。俺は頭をフル回転させて――
「私が殺しました。キルファさんの剣を使って」
「ラルク‼ 何を言って――」
「いいんです、キルファさん。私を庇おうとしないでください。ヴォルキャストは私たちには鬼の独眼でしたが、きっと弟からしたら良いお兄さんだったんでしょう。一矢報いたい気持ちはわかります」
妙に殊勝な様子で、ラルクは観念したようにビダルの側の鉄格子に進み出る。念を押すような言い方だったから何か意図があるんだろうが、ビダルが目の前で見ているのだ。特にこちらに説明はない。相棒を信じろってことか・・・・・・?
頭の中をぐるぐるとラルクがどうしたいのか、俺がどうするべきか、いろんな思いと可能性が高速回転する。
あれ? こんな状況がほんの少し前もあったな。あれは・・・・・・鍾乳洞で、ラルクが俺の身代わりになって瀕死の重傷を負ったときだ。
そこまで考えて、俺ははたとこのガイレンティア国の王子の身には「身代わりの呪い」がかけられていることを思い出した。中程度以上の傷はすべて呪いを受けた奴隷の身に転送されるというのだから、ラルクの命の心配をする必要はないんだ。さらにビダル自身が命を取りはしないと明言しているのだから、ラルクに何か考えがあるのなら騒ぎ立てないほうがいいのか・・・・・・?
「寵姫だった姉も、軍人として出世していった兄も、いつも出来損ないの私を助けてくれていたわ。いつか商売で稼いだお金で楽させてやりたいと思っていたのに、姉が死に、兄まで・・・・・・」
落涙するビダルの手にはすでに俺のなまくら剣が握られている。
「切れ味は悪そうだけど、殺さないためにはちょうどいいわね」
ビダルの後ろに控えていた使用人が、顎で指示されラルクの牢の鍵を開ける。彼は牢に入ると即座にラルクを床に押さえ込んだ。ラルクは一切抵抗しない。
「ああ、たぶん一撃だけじゃ満足できない! あなたは競売にかけずに私の奴隷として兄を思い出すたびに私に斬られて、癒えない傷をいつも抱えて生きていけばいいんだわ‼」
慟哭と共に振り下ろされたなまくら剣がラルクの肩口を捕らえる。
カッ
剣身が光り、一瞬視界が奪われる。
「何なの⁉」
ビダルの悲鳴に重なって、俺は確かに鳥の羽ばたきの音を聞いた。
なまくら剣は前に合成獣亀の魔法を吸い取っている。そして剣は記憶した魔法を次の衝撃で、つまり今、発動したのだ。
カラン、という音とともに俺の弓が俺の目の前に落とされる。そして次には矢筒の矢が。迷いなく鉄格子を潜って運んでいるのは全身黒い羽根で覆われたカラスだった。
「どういうこと⁉ ラルクちゃんはどこなの⁉」
なまくら剣を持ったまま、ビダルは空の牢とカラスの行動を呆然と見ている。しかし頭の中で何かが繋がったのか、不意に顔色をどす赤く染めると怒号を発した。
「ラルクウウウウウ‼ てめえ鳥になりやがったなあああああ‼」
せっせと矢筒の残りの中身を運び出そうとしているカラスに、ビダルのなまくら剣が振り下ろされる。
「させるかよ!」
すでに引き絞った弓弦を解き放つ。矢は鉄格子を抜けて、狙い違わずビダルの頸動脈を捕らえた。至近距離の的になったために、勢い余ってビダルの体が横倒しに向かいの牢の鉄格子に当たると、「ひいい!」と悲鳴を上げた使用人がもんどり打って牢から飛び出し通路を逆走する。このまま逃げられたらことだが、
「鉄格子ってのも悪くないな」
俺の第二矢は鉄格子の隙間を縫って逃げ出した使用人の首の後ろに吸い付いた。
どさり、と体が通路に倒れると、一部始終を見ていた牢屋仲間たちからわっと歓声があがった。
「キルファさん、すごい・・・・・・!」
隣の牢からミナの小躍りしそうな声がかけられる。少し照れながら安堵で床に座り込むと、その膝にカラスが鍵束を持って舞い降りた。使用人の体から探ってきたらしい。
「ラルク、自分から“動物もどき”になりにいくなんて無茶しすぎだぞ」
首筋を撫でてやると、カラスは嬉しそうに目を細めた。
と、その時。
ドクンッ
体の中で何かが大きく脈打った。見ると、膝の上のカラスも何か異変を感じたように目を丸くして俺を見上げている。え? これって・・・・・・。
思う暇もあらばこそ、俺は自分が一つの呪いから解放されたことに気付き、内側から外に急激に押し出される感覚を味わった。
ブロンッ
何かとてつもなくピッタリと適合していたものから突き放される。
久しぶりの新鮮な空気を感じたような、長く纏っていたものを強制的に剥ぎ取られて悲しいような、よくわからない感慨を抱えたまま俺は男の皮を脱ぎ捨てていた。
他の牢から悲鳴がいくつか聞こえた。しかし、すぐ隣の牢のミナと老女は“動物もどき”が解放されるのを目撃するのは二度目の経験だ。しかも、今回は死体が飛び出してくるわけではない。驚いてはいるが、静かに俺たちを見守っていた。
「立てますか?」
優しい、聞き慣れた声がビックリするほど近くから聞こえる。呆けた意識を取り戻すと、俺の膝の間に座り込んだ青年の金の髪で縁取られた美しい顔がほんの目と鼻の先でニッコリと微笑んでいた。
「立てるけど、風呂に入りたいな。何だかベタベタする」
「同感です」
俺たちは互いの妙に湿った全身を見て笑った。




