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33 ビダル・サスーン

「何かの間違いじゃないかって言ったんです。でも“通っている出入りの業者なんだから間違うはずない”って。引き返そうと言っていたところ、あの男、ビダルがやってきて、彼に指示された男が急に剣で・・・・・・」


 殺人現場を目の当たりにした恐怖を思い出して、ミナはわっと泣き出した。なんてことだ。つまり、ヴォルキャストから逃避させたつもりが、その懐に飛び込ませていたのか。


「キルファさん、覚えていますか。玄関にあった肖像画」


 言われて思い出す。正面入り口を抜けた玄関ホール正面に、大きな女性の肖像画があったな。


「似ていましたよね、ビダルと。そしてヴォルキャストとも」


 見た目が地味な四十絡みのおっさんビダルと目を引く独眼に引き締まった軍人体躯のヴォルキャストに共通点を見いだしたことはなかったが、その女性の肖像画を介するとどちらにも似た要素を感じることができた。つまり、ビダルとヴォルキャストは兄弟だったのか。


「亡くなった商人さんは、ここはかつて王の寵愛を受けた愛妾の屋敷で、ヴォルキャストはその弟だと言っていました」


 この大きな屋敷は王からの贈り物ということか。言われてみれば、王都ではなく少し離れたこの場所は、正室の妬みから庇護するにはちょうどいい距離感に思われた。

 リカゲルが自分の父親たるこの国の王について話した言葉が思い出される。


「自分は愛妾を囲って飽きれば責任逃れで正室の母様に暗殺させるような人間――」


 あの言葉が事実なら、王の庇護、なんてものは最後にはなくなったみたいだが。


「ラルク、魔法は?」


「見てください」


 立ち上がって、ラルクは自分の両手が後ろ手に縛られているのを見せる。魔法ってあの空中に絵を描くみたいな独特の手の動きが必要、なんだよな・・・・・・。


「検査場で魔法の知識があることをひけらかさなければよかったですね」


「仕方ないよ、あのときにはただのおっさんだと思っていたんだ」


「ああん! ()()()()()()()()()って言ったでしょ‼」


 突然の甘ったるい男声が風通りの良すぎる鉄格子の監禁牢の隅々にまで響く。見るまでもなく、それはビダルのものであった。もはやトレードマークとすら俺には思えている着にくそうなゾウ皮のベストを(まと)い、ビダルは俺とラルクの間の通路までやって来る。どういう訳か同行の使用人に俺とラルクから取り上げた装備品を抱えさせているが、まさか「間違いだったわ」と牢の鍵を外して全部返してくれそうな様子ではなかった。


「キルファちゃん、ラルクちゃん、お久しぶりね」


 ニコリと微笑むビダルに返答できずに俺はラルクと視線を交わす。どこまで何を知っているのか。日の光の見えない地下だが、ヴォルキャストを倒してからたぶん一日は経っている。兄の訃報はビダルには伝わっているのだろうか。

 だが、レアラード達が王都に着くにはまだ早すぎる刻限だし、エミー王子が馬の姿で王都帰還を果たすこと、“神隠し森”の原因たる合成獣(キメラ)亀を保護していることは到着したとてごく一部の関係者にしか伝えられないはずだ。

 一体、どう言葉をかけるのがいいのか・・・・・・。俺が迷っているうちに、ラルクが言葉を紡ぐ。


「ミナさんたちを預かってもらった際の約束を果たしに来たんですが、これはどういう扱いですか?」


 そうだった。ミナたちをここに送り込んだときに、ラルクと食事することを条件にしていたんだった。


「ごめんね、手荒なまねして。大丈夫、そんなに綺麗な顔、絶対に傷つけたりしないわ。丁重に扱って売値を下げないように使用人にも伝えてあるから」


 売値、なんて言葉を使う当たり、もう人買いであることを隠す気も無いのか。


「ラルクちゃんは元々『きこり亭』のバム経由で私のところに来る予定だったから、改めてあなたを手に入れられて嬉しいわ」


 おいおい、じゃああの食堂の親父の偽のパーティはここの人身売買と繋がっていたのかよ。何のことはない、怪しさ満点の冒険者募集はラルクを売り飛ばすためのしっかりした人買いルートが裏に仕込まれていたのだ。あのハゲ親父め、余罪はたくさんありそうだぞ。


「でもキルファちゃん、あなたはごめんね。ちょっと痛い思いすることになるわ。あなたは今夜の競売の目玉になる。なにせ、“人間の動物もどき”なんだもの」


 ギョッとして、一瞬息が止まる。“人間の動物もどき”という言葉に、ミナたちをはじめ聞き耳を立てていた周りの拘束された者たちからのざわめきが感じられた。こいつ、なんでそれを・・・・・・。


「驚いたかしら? 私はデザイナーだから人の持ち物をよく見ているのよ。あなた、男に姿を変えてからも、女の(なり)で検査場に来た時と同じ持ち物なんだもの、そりゃあ想像力が湧いちゃうじゃない」


 俺が“男の動物もどき”になる前、初めて検査場を訪れたときにビダルもその場にいたのか・・・・・・しゃべらなければ特徴もないおっさんだ。俺の方はまったく覚えていない。


「髪も目の色もそばかすも思い出してみたら一致するし、なんとかあなたを手に入れたくて検査場では頑張ってアピールしたんだけど、まさかそっちから飛び込んできてくれるなんてね」


 あの夜、熱心に俺を見ていたのは商品として、なんだな。


「俺も剥製にするつもりなの?」


「ええ、競売で“動物もどき”から解放してあげる演出もするわ。男の皮の方は綿を詰めて剥製に、出てきた女の体の方は腐敗しないように加工してもいいわね。素敵できわどいお洋服も用意してあげる。ああ、どんな素敵なショーを演出できるかと思うと胸が弾むわ」


 夢見る乙女のような瞳で語るビダルだが、見た目も思想も無垢な少女とは到底思えない。いや、むしろ誤解を恐れない言い方をすると、どの方向から見ても気持ち悪いおっさんが目の前にいるだけだった。

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