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31 決断

 後ろにたたら踏みながら、俺は急に重くなった自分の右肩にドキリとした。

 この手応えは、なまくら剣が何か魔法を捕らえたときのものだ。はっとしてまずは自分の手を見て、続いて顔を触ってみる。大丈夫、別に姿は変わっていない。もちろん本来の女の姿とは違う男のままではあるが慣れた肌触りである。もしや二重の“動物もどき”になってしまったかと思ったが・・・・・・。


「眠りよ、来たれ」


 俺の背を片手で受け止める形になっていたラルクが呪文詠唱をすると、もう片方の手で空中に描いていたオレンジの魔方陣が光る。見れば、合成獣(キメラ)亀のわずかに持ち上がっていた首が、瞼とともにコトリと落ちた。今度は手足がまっすぐに脱力している。いつの間にか起きていたのか・・・・・・。


「余計なことをペラペラしゃべっているからだな」


 ヴァリスへの皮肉を口にしながらレアラード自身は寝起きらしく、あくびとともにのびをした。銀色の髪が木の葉を抜けた朝日に輝いて、あまりに美しい。その姿に呆けていると、


「おいおい、魔道士のニーサン、あんた・・・・・・それって」


 トールが気遣わしそうに俺の肩を指さす。横を見ると、右肩には慣れた青色と紫色の小柄なインコではなく、後頭部に寝癖のような黄色の羽がくるりと反り返った大きな白い鳥が留まっていた。


「え・・・・・・ヴァリス・・・・・・なのか?」


「トールさん、キルファさん、何を言っテ・・・・・・って、エエ⁉ 何か視線の位置が高イ! 羽が白イ‼ どうイウこと⁉」


「どうやら合成獣(キメラ)亀に()()()()()()()()”にされてしまったようですね」


 ラルクが俺の手を握って、俺が持ったままのなまくら剣を鏡代わりに白い大柄な鳥になったヴァリスの前に差し出す。自分の姿を改めて見たヴァリスは冠羽を広げてワナワナと震え始めた。


「亀が動く気配があっタラ、あなタがスグに睡眠魔法をかケる手はずダったノニ、なぜ寝てイタノですか!」


 二重の“動物もどき”になってしまった原因をレアラードに見いだし、ヴァリスはバサバサとレアラードの周りを飛び回った。

 俺も紙一重だった状況に気付いて、心臓がバクバク言っている。なまくら剣を構えていなければ、俺も人間の姿から変化していたのか。

 眠る合成獣(キメラ)亀の甲羅はラルクが先程戻しておいた鳥類のページが開かれている。良かった・・・・・・もしこれで象と馬のページだったら俺の肩、潰れてたよな。


「ま、まあ、気を落とすなよ魔道士のニーサン。また話せる鳥だったんだ、よかったな」


「ええ、それに大きくなったからもっと速く、遠くまで飛べるんじゃないですか? 魔法は使えないですけど、使い魔もいらない機動性ですよ」


「キバタンっていうんだぜ、その鳥。インコじゃなくてオウムなんだよ。すごいのになったな、ヴァリス!」


 何がすごいのか俺自身もわかっちゃいないが、とにかく俺とトールとラルクは必死にヴァリスの気持ちを盛り立てようと言葉を重ねた。あまりのことに馬のエミー王子すらブルルッと鼻を鳴らしてヴァリスを慰める気配がある。


「インコの方が小さくて可愛げがあったがな」


 美少女の発言に、初めて周囲の男五人が口をへの字にした。そんなヴァリスの気持ちを逆なでするようなことを・・・・・・。


「悪かったな。鍾乳洞で魔法を使ってしまったから眠くなった。こうなると眠りに抗えないのはおまえも知っているだろう」


「マア、そうデスね・・・・・・確カに猿をホボ一人で片付けてイマしたし、合成獣(キメラ)製造機も風の刃で徹底的に破壊しマシたしね・・・・・・ソンなに素直に謝られルと、あナタを好きでいる私としては、許さザルるをえまセンよ。それに、ソノ亀さんは近イうちに亡くなルンでしょウ? その時マデ待てばタブん“動物もどき”は解除サレルんですから」


「長くて一週間で元の姿に戻れる、ということなら眠る亀を殺すほど馬鹿馬鹿しいことはない。亀を連れて王都に行くぞ。亀の死を待つのはわざわざここでなくてもいいだろう」


 結局、彼女は俺たち“動物もどき”の姿が戻ることを信じているから、ヴァリスが二重に“動物もどき”になろうと素っ気なかったのだ。時に悪そうな態度を取りながらも悪意がないんだな。俺みたいな保身ばかり考えてしまう悪人とは違うぜ。

 癖のないまっすぐな髪、そばかすのない肌、すらっとした長身、男に負けない剣の腕――思えば、俺が一度はほしいと願ったことのあるものをレアラードはすべて持っていた。


「ラルク、先に言っておくけど、“動物もどき”が解除されても期待するような美少女は出て来ないからな。それに女が相棒だとやりにくいんだったら、言ってくれよ」


「あのね・・・・・・キルファさん。私は“動物もどき”の中身になんて興味はないですよ。私が興味があるのは人の心の中身です。そして、あなたと一緒にいることが嬉しいんです」


 くうっ、ラルクめ、こっちはこっちでこの人垂らし! 今の俺に必要な言葉をバンバン打ち込んできやがる‼ 現時点でこんなに甘やかされたら、女に戻ったら俺もうフワフワ脳になっちゃうんじゃないか? ――でもおかげで心が落ち着いた。


 ジタバタしても、順当にいけばたぶんもうすぐ女の姿に戻るのだ。男の姿のままでできることをやっていこう。もし万が一女に戻れなくても、とにかく俺は人として生きていけるんだ。それを幸運だと思って生きていくだけだろ。


 なまくら剣を鞘に収めた俺の視界の端で、朝日はどれだけ照らしても飽き足らないようにレアラードを輝かせていた。


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