3 森の動物専用検査場
「この猿は森から出てくる“動物もどき”とは違うんですか?」
ラルクの声が俺を回想から引き戻す。
「ああ、違う」
「“動物もどき”については国にいたときに書物で読んだことがあります。“神隠し森”から出てくる動物の中に、たまに人が化けたものが混じっている、と」
「この猿は切っても人間にならなかっただろ? だから違う」
「切るとわかるんですか?」
「わかる。切った途端に人間になるんだ」
「人間になる?」
「想像してみろよ。森で罠にかかった鹿を鍋にしようと切ったら人間だった、なんて食欲も失せるだろ。だからこの森に入る狩人はかなり少ないし、動物に化けさせられていた行方不明者が勝手に処理されたら困る。それで森で狩った動物はすべて“動物もどき”かどうかの確認する施設を通すことになった。それが「検査場」ってわけ」
言い終えて目の前に現れた建物を顎で示した。大きめの木造建築は森の黒々としたシルエットに縁取られて夜が近くなると余計に不気味に見える。
決して粗末ではないが、愛されて書かれた様子のない字で「森の動物専用検査場(解体処理売買所)」と表札が出ている。「森の動物」という可愛らしい言葉が混ざっていても、下の句でここまで台無しにできるものなんだなと改めて気付かされる。
「私が読んだ本には“動物もどき”が現れたのはよりしろ時代の最後のころだと書かれていました」
「そうらしいな。狩人の夫が帰ってこない。子供たちはおなかをすかせている。そんなときに庭先に急にウサギが現れた。妙に人なつっこくて逃げる様子がないので、捕まえて食事にしようと切ったらたちまち夫の姿になった――っていうのは有名な逸話だよな」
「“たちまち”っていうのはどんな様子で戻るんですか?」
「運がよかったら、このあと見れるぜ」
猿の頭を担ぎ直して、俺は検査場の扉を開けた。途端に血のにおいがむっと鼻を圧迫する。匂いがこもりやすい石造りの建物ではないのに、やはり経年の所業でここには長居したくない殺伐とした空気が漂っていた。
入り口のすぐ左手にある受付に暇そうに座っていた若い男には見覚えがある。男は俺が担いだ猿の頭を見た途端にギョッとして、
「それ、もう検査の必要ないでしょ。頭を切って人が出てこないのであれば、もう“動物もどき”じゃあないんですから」
「でもこんなの見たこと無いだろ? この森でよく見るモリザルに似ていると言えば似ているけど、規格外にでかい猿だし。だから一応持ってきたんだけど」
本当は森の動植物についてそこそこ詳しい自信のある俺でさえ初めて見たこの新種の猿について何か知りたくてここへ来たのだが、受付の男は町の者と同じように「こんな猿は初めて見るがもうこの森だったら何でもありだしなあ」という妙に達観した様子で肩をすくめた。
「確かに、そのままゴミに捨てていいってわけじゃないか。体も森のどこかにあるんですね?」
「十体以上ね」
耳がゴッソリ入った麻袋の口を広げて見せると、男はうんざりした顔で無言で受付番号が書かれた木札を俺に差し出した。
「君、確か前にもここを利用したことあるよね。じゃあわかっているだろうけどその階段を上がった先の公開検査場に行って、番号が呼ばれるまで待っていてください」
「他には動物持ち込んでる人、来てる?」
「ええ、常連の猟師が一人と・・・・・・なんていうか、へへへ、そこのお兄さんよりもさらに目立つ子が」
急に照れ出してラルクを指さす受付の男に、俺たちは顔を見合わせた。