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29 二百年の命

「殺すのか? 殺さないのか?」


 美少女から発せられる物騒な物言いに、彼女を囲んだ男五人は互いに煮え切らない視線を交わした。五人のうち“動物もどき”が三人、“動物もどき”のうち一人は元女、となればなかなか一筋縄に意見の一致を図れないのも仕方がないだろう。


 トールと馬のエミー王子と岩山の入り口で合流した俺、レアラード、鳥のヴァリス、そしてラルクは今、“神隠し森”の中でその()()()()()()()()()を前にしていた。

 足下には岩にそっくりな、しかし表面になにやら模様のようなものが浮き出た甲羅を持つイワリクガメがいる。一メートルを超えるサイズで、俺がかつて他の土地で見たリクガメたちの中でもダントツに大きい。二〇〇年の歴史をそれだけで感じさせられた。


「そりゃあ“動物もどき”になってる奴らはみんな、こいつが死んで元の姿に戻れるなら、そうしたいところだろう?」


 地元の罠猟師トールの意見は常に率直だ。俺が元女とわかってすら「でもまあ、キシリー帝国の森の民ってことに違いはないしな」と態度を変えなかったのはただの単細胞だとは言えない実直さを感じた。


 昨夜からここに至るまでのそれぞれの経験は情報共有のために互いにすべて話し合っていた。俺の場合はそれに自分の身の上話もちょっと足したが。

 俺とヴァリスがヴォルキャストを追った後に、猿たちはその闘争本能に従ったのか、美女を求めるという本能に従ったのか、レアラードへと集中したという。ランダとトールはほぼ放っておかれたために、その隙に俺の跡――香辛料の香り――を辿り、洞穴の入り口がある岩山まで着いた。そしてそれはちょうどヴォルキャストの指示によって「第一王子確保」の命を受け出発する直前の兵士たち一団とかち合う形となったらしい。

 トール曰く


「兵士に見つかってやべえと思ったとたん、俺はまったく無視でランダを囲うんで、度肝を抜かれたぜ。文字盤持ってきてランダと会話し出して“やっぱり本物だー!”なんて拍手喝采。中には“よくぞご無事でー‼”って感涙するやつまでいたな。やれ水だ毛布だ鞍を外せとランダを丁重に扱うもんで、俺もしびれを切らして聞いたら“この馬はエミー王子だ”って言うじゃねえか! 笑い飛ばそうとしたら、ランダが文字盤で『テヘペロ』だってよ!」


 そのトールは今、合成獣(キメラ)亀捕獲のため即席で作った罠を手持ち無沙汰に手に持っている。俺が目印をつけておいた木をまずは目指し、その周囲を中心に合成獣(キメラ)亀を探す。もし合成獣(キメラ)亀が見つからなければトールお手製のその罠を設置する予定だったのだが・・・・・・


「まさかこんなに早く見つかるとは思っていなかったもんな」


 目印の木の下で、イワリクガメは移動せずに眠りこけていた。リクガメの睡眠時によく見られる手足をすべて別方向に伸ばすような卍姿は滑稽なほどである。背中の図鑑のページを覗き込むと、ヴァリスが変化したインコとは違う鳥類のページが開かれていた。図鑑は岩のような、甲羅のような堅い素材だが、風や葉擦れなんかでページは存外簡単に変わっているようだ。

 大胆なラルクは素手でそっとページを繰り、


「ほら、ここに人類のページがあります。男女が描かれているけど、キルファさんは女性だったから男性が適用されたんでしょうか。あと・・・・・・こっちのページには馬と象が一緒に描かれています。ここが開いているときにエミー王子は自分の愛馬と共に“動物もどき”になったんですね」


 と子供のようにはしゃいだ。

 命知らずな行動力だな。亀が起きたらどうなるとか考えていないのかよ。命に関わる災厄は“身代わりの呪い”で契約した奴隷に丸投げかもしれないが、“動物もどき”はたぶん転送されないだろ!


 俺が軽はずみな行動を怒ると、ラルクは「動く気配があれば、“動物もどき”にさせられる前にすぐにレアラードさんが睡眠魔法をかけてくれますよ」と信頼しきった微笑みを浮かべた。

 だが、当のレアラードもあまりにぐっすり眠る亀に拍子抜けしたように皺だらけの可愛い寝顔を見ている。

 俺はというと、レアラードと亀、この二つの生き物が同じ二〇〇年の時を生きてきた“よりしろ”だなんて、なんだかおとぎ話の中に迷い込んできたように感じていた。


「この様子だと・・・・・・たぶん殺さなくてもまもなく老衰で死ぬんじゃないかな」


「こんな長生きした亀を殺すのは猟師の俺でも忍びねえなあ。でも、しゃべれる鳥や人間に変わったわけじゃないエミー王子こそ、一分でも早く戻りたいんじゃないのか?」


 心得たもので、トールの問いにラルクが文字盤をランダに向ける。


「かまわない・・・・・・でも・・・・・・戻る・・・・・・前・・・・・・もう一度・・・・・・乗せる・・・・・・レアラードの・・・・・・尻」


 そこまで代読して、ラルクはすぐに文字盤を取り上げた。そこまで読んじゃったらもう言い終えたようなもんだけどな。


「困りましたね。単純に殺してシマエば“動物もどき”が解除されル、という保証もアリませんしネ」


 結局、誰もがこの罪のない合成獣(キメラ)亀を殺すことに躊躇していた。

 生け捕りにしたらどうするのか、殺すのか、殺して本当に“動物もどき”が解除されるのか――まだわからないし議論し尽くせていないことばかりだし、話し合ったところで満場一致の解決策などないのだろう。一人でなんとなく亀を探していた時も、自分の気持ちがはっきりわからないから積極的には探していなかった。

 このままの姿で実家に帰れば、もしかしたら男児を切望していた母親の笑顔を見れるのだろうか、だったら別にこのままでもいいのではないか、などと想像する日もあったくらいだ。


 このイワリクガメが合成獣(キメラ)にされたのは悲劇だったし、そして多くの人や獣を別の姿に変えたのは悪意のない危険回避行動に過ぎない。実際に合成獣(キメラ)亀を見つけても、それは凶暴な姿をしているわけではなく、背中に大きな書物を乗せている、痩せて段々と死に向けて眠りが多くなっている、ただの哀れな自然動物がいるだけだった。


「エミー王子が待てるんならさ、ヴァリス、俺たちももう少し待とうよ。長くても一週間もかからないと思うぜ。周りの草とか排泄物の様子からして、こいつはしばらくこの場所から動いた形跡がない。本当にもう死に際なんだと思う」


 ヴォルキャストは慎重な男だったし、手柄をかすめ取られたくなかっただろうから、合成獣(キメラ)亀の情報を中央に報告している可能性はない。それでも洞穴にいた兵士すべてを殲滅したわけではないから、その死が伝わるのはすぐだろうし、亀の情報が漏れている可能性はある。しかし――もうこの瀕死の亀を前に何かできることがある者はいないだろう。


「“よりしろ時代”の遺物は今の者たちの手に余るという良い例だな」


 突き放すように言うレアラードの“よりしろ時代の遺物”には当然自分も入っているようだった。


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