25 ヴォルキャストとの死闘
これが現実に起こったことか一瞬訳がわからず混乱したが、すぐに後ろに跳躍してヴォルキャストとなるべく距離を取る。
こいつ・・・・・・リカゲルを躊躇なく殺しやがった。
「第一王子が戻ってきたのなら、こいつは用済みだ」
わかるだろ? と言わんばかりに、ヴォルキャストが剣に付いた血を払いながら俺を振り返る。
「せっかく辞世の言葉でも聞いてやろうと思ったのに、最期まで空気を読まない奴だったな」
「いいのか? 殺して。おまえ王族に取り入ろうとしていたんだろう?」
リカゲルに対する俺の粗い言葉遣いや態度をさほどとがめないところから、忠誠心の無いことはとっくに理解していたが、それにしてもあっさりと殺しやがった。
「取り入るのは一人でいい。それにこんな狂った弟の姿、兄だって見たくないだろう」
一撃で仕留めて苦しませなかったことを、もしかしたらこの男は優しさとしか考えていないのかもしれない。
「だが、弟が殺されたと知ったら、兄貴は怒るだろう」
「もちろんだ。俺にも不肖の弟がいるが、やはり身内だからか可愛く思えてな。もしあいつが殺されたとしたら俺はどんな手を使ってもそいつを残虐に殺すだろう。だから第一王子にこのことが知られるのはまずい。つまり、目撃したおまえたちを俺が生かしておかないってこともわかるだろう?」
瞬時の踏み込みが深いのはヴォルキャストの剣技の特徴であり癖だ。それを見越して俺は危うく躱すのではなく、全力を振り絞って大きく飛びすさった。続くもう一撃は辛うじて構えたなまくら剣の刃先で滑らせてなんとか受け流す。
「剣はなまくらだが、おまえの腕はなかなか使えるじゃないか」
「それでも兵団の試験には落ちたんだよ」
入れなかった理由はもしかしたら俺の出自とか、他にもあったのかもしれないが。
「おまえは俺の獲物だ」
この宣言は聞いたことがある。検査場でレアラードにそう宣言した時と同じように、加勢しかけた周囲の兵士がさっと俺への関心を無くした。対応するべき頭数が減ったのはありがたいが、ヴォルキャストと一対一で渡り合うには体力も装備も援護もなさ過ぎて、絶望しか見えない。
万事休すか、と思った時――
ブオンッ
とてつもない突風が吹いたかと思うと、目の前のヴォルキャストに風でできた大きな三日月のような刃が当たった。と思った瞬間、
ギギュインッ
鈍く、軋むような音とともに、風の刃はヴォルキャストの手前でねじ曲げられ灰茶色の義眼に当たった途端に霧散した。義眼はきっちりとヴォルキャストの体に当たる分の刃だけを弾いたため、斜め後ろに控えていた兵士の体は庇われずにあっさりと腰の辺りで真っ二つに切り裂かれる。兵士の体から流れた血がリカゲルの血と混じり、棚田状の泉の色をさらに濃い赤に染めた。
封魔石が弾いたということは、当然この風の刃は魔法攻撃だが、一体誰が・・・・・・
「キルファさん‼」
声のする方を見ると、棚田状の泉の下、俺たちがこの空間に入ってきた木製の扉を背に金髪のラルクと銀髪のレアラードの姿が見えた。レアラードの手はまっすぐに俺たちの方に伸ばされていて、それが先ほどの風の刃を放った余韻だとわかる。
「来たか、化け物!」
苦々しく言いながらも片方の口角を上げて、ヴォルキャストが体をレアラードたちの方へ向ける。
助かった! とまだ思ってはいけないと俺の中で警報が鳴り続けていた。ヴォルキャストともう一度距離を取るために後ろへ引くと、思いがけずヴォルキャストがこちらを見もせずに踏み込んで繰り出した一撃を躱す形となる。
あ、危ねええ‼ もし距離を取ろうとしていなければ確実に剣の餌食になっていたぞ!
続く攻撃も紙一重でなんとか避ける。これが森の中であれば木に登ることもできるが、ここにあるつららみたいに上から垂れ下がった石には登ることもできない上、筍みたいな出っ張り石、合成獣製造機のくっついた石柱などすべてが濡れてつるつる滑るので、ここでの俺の逃避は常になんの戦略性も余裕もない命からがらのものにならざるをえない。身軽さを頼りに後ずさるしかないから、すぐに鍾乳洞の突き当たりまで来てしまった。
「猿の扉を開け! 残っている猿をすべて出してその化け物娘を足止めしろ‼」
俺を追い詰めたことを確認した上でヴォルキャストが命じると、レアラードとラルクに対応していた兵士の一人が横穴の金属扉を開くために疾走した。猿たちを出すことで、レアラードたちに邪魔されることなく確実に俺を仕留めたいようだ。王子殺しの目撃者にとにかく生きていてほしくないってことか。
ヴァリスは自分が戦闘を援護できる体ではないと自覚しているのか、とにかく邪魔にならないように誰も手が届かない天井近くを旋回している。
ギャギャギャギャッ
猿たちが開けられた扉から次々と飛び出す。勢い余って洞窟内の不思議な生物たちを血祭りに上げている個体もあった。こういうことがあるから、わざわざ扉を作って別空間で管理していたのか。
二十匹ほどの猿たちはコントロールの難しさを露呈しつつ、しかしすぐにレアラードとラルクを標的として認識した。二人の足は猿の相手をさせられて、俺との距離を縮められない。
「俺は地道な性格でね。ちゃんと一人ずつ殺していきたいのだよ、この手で」
殺せる間合いにちゃんと俺を入れてから、ヴォルキャストは片方の口角を上げた。今となっては顔の半分がすでに石になっている事実を感じさせるが、それを差し引いてもやはりこの笑い方からはこいつの嫌な性格が如実に表れている。
「おまえを殺したら、次は金髪だ。そして化け物娘。魔法は俺には効かんからな。そうであれば体力が上の俺が勝つのが道理だ。猿を使い切ってでもおまえらはすべて片付ける」
すぐ目の前の柱についたスズランのような合成獣製造機からは、すでに製造者が殺された光る蝶が体を這い出させていた。俺はなまくら剣でその広げたばかりの羽を力任せに潰す。蝶は可哀想に、産まれたばかりの体を震わせ、羽の光を無くした。
「蝶に八つ当たりするようでは、確かに気高いと聞くキシリー帝国の森林兵団には受からんな」
ヴォルキャストが嘲笑とともに必殺の剣を俺に振り下ろす。俺は、受けきれないことを承知の上でその切っ先をなまくら剣の刃で受け――
カッ
「ぐっ!」
急に光った剣体に、ヴォルキャストが飛びすさる。光は魔法の光であり、瞬時の発露だったために義眼が吸うより前にヴォルキャストの正常な左目を眩ませた。
「貴様、魔法が使えたのか⁉」
そんなわけないが、答える義理はない。種を明かせば、このなまくら剣が「魔法の力を吸って、次の攻撃でその力を発動させる」効力を持った魔道具なのだが、正直魔道士でない者との戦いでは全く使えない。今さっき光の蝶を使って目潰しができたのも、図ったこととはいえ成功したのはただの幸運だ。
そのため、俺はとにかくこの一瞬の隙を反撃の機会とは露にも思わず、ただ踵を返して逃げることに専念した。
もんどり打ちながら棚田状の泉の縁へ向かうと、使い魔のコウノトリに捉まってラルクが目の前に現れる。ヴァリスが検査場で見せた使い魔の利用方法を学んだようだ。
「これを使ってください!」
ラルクは猿から奪い取ったらしい弓矢を俺に渡した。ありがてえ! 粗悪な代物でも弓矢さえあれば――
「後ろ‼」
ラルクの絶叫で、俺はヴォルキャストがすでに復活してすぐ後ろまで追いついて来ている事実に気付いた。振り向きざまにすぐさま弓矢を構え――ようとして、弓弦が外れていることに気付く。くそっ、ここまで粗悪な品だとは・・・・・・これでは弓は引けない! 目の前にはすでに剣を振りかぶったヴォルキャストがいるっていうのに‼
ズンッ
小気味よいほどに体を捕らえた音は、しかし俺の体の痛みを伴わなかった。
なんてことはない、ヴォルキャストの刃は俺を斬ることができなかったのだ。代わりにとんだお人好しの青年を犠牲にしたから。




