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22 半人半猿

 兵士が二人、それぞれ何かを抱えて例の“さなぎ”の前までやってきた。

 一人が抱えているものは、妙に呆けた顔で兵士の体に抱きついている猿――人間の半分ほどの大きさの、この地方で一般的なモリザルである。

 そして、もう一人の兵士の手には血濡れた布の包み――それが逆さスズランの前で開かれると、そこにはぬらぬらとした臓物のようなものが見えた。


「何だ・・・・・・?」


 本当は尋ねなくたってわかっていた。だが認めたくなかったから、誰かに否定してほしかったのだ。その形状は、明らかに


「脳みそですよ。人のね」


 朗らかなリカゲルの声が、空虚に周囲に反響して聞こえた。その意味合いがわんわんと俺の頭の中で駆け巡る中、兵士たちは規定の動きとして“さなぎ”の中に猿と脳みそを入れた。猿は嫌がる訳でもなく、意思の無い瞳で誘導されるままにぼんやりと逆さスズランに身を沈める。


「半人半猿はこうシテできているノですネ・・・・・・」


 小鳥になっているとは言え、その声色でヴァリスの気持ちが俺と同じであることがわかる。他のことを話題にしていて考えるのを後回しにしていたが、そうなのだ。半人半猿はここから作り出されていて、それには「猿」と「人」が当然()()()()()として使われている。

 目を背けたいおぞましい事実だし、今実際に目の前でそれが行われているのに、もうこうして材料として仕上がった状態の猿や脳みそは助け出すには明らかに手遅れで、それが俺もヴァリスも手をこまねいて見守るしかない状況に追い込んでいた。


「猿と人間をあの壺の中に入れて合成しているのか?」


 検査場でラルクの魔法が猿の瞳の奥に人間の一部を見いだしたことが頭をよぎる。


「猿と“人間の脳みそ”、ね。生きた人間を入れたこともあったけど、定着しなかったよ。だから死体を入れている。生きた猿と死んだ人間」


 自分の血がゾッと凍り付く音を聞いた気がした。


「でも、死んだといってももちろん新鮮な脳みそじゃなきゃダメだよ。そのためにわざわざ奴隷を購入したり、苦労も多いんだよ」


 意味ありげにリカゲルはヴォルキャストを見て微笑む。人間を調達するという非情な事柄に、この独眼の男は何か役割を果たしているというのか。


「一番良いのは軍人の脳みそさ。命令系統に慣れているからね。今回のは期待ができるよ。ちょうど運良く手に入ったんだ。そうだよね?」


「はっ・・・・・・検査場にいた瀕死の者を持ち込みました」


 脳みそを“さなぎ”に入れた兵士が心苦しそうにうつむく。ヴォルキャストの片眉がぴくりと動いた。


「そうだったのか。知らぬ間に勝手なことをされたものだな。誰だ?」


「ベルゼンです。大やけどで、もう治療をほどこせる状態ではなかったので・・・・・・」


 言い淀む兵士を手で下げ、ヴォルキャストは再び沈黙する。

 ベルゼンって・・・・・・トールと馴染みっぽかった司会者エプロンのことだよな。最後はトールと袂を分かった感じだったが、多少とはいえ友人を逃がそうと試みた様子もあったし、軍規に忠実だっただけで決して悪い男ではなかったのだろう。


 ヴォルキャストの表情からは配下が半人半猿の材料にされたことが不服なのか、ただ自分がレアラードに拉致されたことですべてを把握できていなかったことで機嫌を悪くしているのか読み取れない。それでも何かこの沈黙に不穏なものを俺もヴァリスも他の兵士も感じる中、唯一リカゲルだけが脳天気に自分のご高説を披露し続けていた。


「生物同士だと、どうも定着しないんだ。生体エネルギー同士がぶつかるからかな。だが“生物と物”だと定着率が高い。重要なのはさ、生物の方に傷を付けてやるんだ。そうするとその部分を物で補修するという働きがさなぎの中で出て、合成獣(キメラ)になるんだよ」


「猿のドコに傷を付けルノでスか?」


「脳みそだよ。死なない程度に、でも大きなダメージを加えておく。それで人間の脳がかなりその修復に使われるから、大きく成長するんだ。言葉を理解したり、簡単な武器を使えたりね。体も少し大柄になるけど」


 リカゲルは得意そうに続けた。


「あ、逆に生きた人間と猿の死体はどうだって思った? もちろんやってみたよ。人間の脳を持ちつつ驚異的な身体能力が出るように四肢を潰してね。でも、それだと人間の精神が壊れてしまう。人間って繊細なんだよ」


 聞いてない胸くその悪いことまでペラペラとよくしゃべる。洞窟の入り口でヴォルキャストがこいつのことを「狂っている」と評したことを思い出した。今ではそれが的を射た感想であることがわかる。ただのぶりっ子おじさんとか甘ったれ野郎とかクソ下級魔道士とか、今まで心の中で思いついた数々のあだ名では言い表せない有害な気持ち悪さがこの上品ぶった王子様から一気に放出して見えた。


「兵器の開発で、どうしてそこまで人間性を失えるんだよ。王家ってのは民がいなきゃ生きられないんだぞ」


 敵だ。こいつを懐柔して、なんとか時間を稼いで生き延びようとしていたが、もうそんな計算はどうでもよくなった。だが、俺の怒りの視線を真っ正面から浴びても、リカゲルは動じなかった。


「王子として生まれたことの無い者にはわからないよ。特に、あの厳しい父王の重圧を想像すらできない者にはね。自分は愛妾を囲っておいて、飽きれば責任逃れで正室の母様に暗殺させるような人間の癖して、僕や兄さんには自分の意から外れたら何もかも自業自得と糾弾して友達も侍従も乳母も取り上げたあの最低で無能な父王」


「俺だって――」


 言いかけて、やめる。自分の出自の複雑さや人生の困難さを、こいつに今説明したってどうしようもない。


「こンナことを思いツクのだったラ、ロイとはさ気ゾが合ったでしょウ」


 先程の俺の渾身の嫌味すら余裕の表情で聞き流していたリカゲルの顔色がさっと変わる。

 ロイ? 誰だ? さっきもそんな名前を言っていたような・・・・・・。


「ヴァリスは知っているのかい⁉ ロイのことを‼」


「薬の開発ノために、三年ほド寝食を共にしマシた」


「彼のような一流の魔道士と共に⁉ 君はやはり私の肩に乗るべき小鳥だ‼ 半人半猿の合成獣(キメラ)を今の形にまで向上させたのも、ロイの助言が大きいんだよ」


「そうデショう。彼は人体実験の言ワばプロフェッショナルでシタからね。()()()()()()()()()


 苦々しい思い出を払拭するように、ヴァリスがブルリッと全身の羽を震わせて毛羽立たせた。ロイ、というのはヴァリスと旧友関係の魔道士だが、どうも良い友達ってわけじゃないらしい。


「ロイは今どこ? 一月前の隣国への侵略の失敗から姿を見ないから、心配しているよ。彼のお膳立てで行われた作戦だったのに、隣国の内乱も予想より早く収束したし、なにしろ半人半猿の部隊が不発に終わって王都までも進めなかった。それを気に病んで姿を見せないのかな? 確かに父王はひどくお怒りになったけど、半人半猿の部隊は噂になっていないし、この国のものだと気付いている者は皆無だからそんなに気にしなくていいのに。もしヴァリスがロイと連絡を取れるんだったらさ、また私の研究を手伝ってくれるように言ってよ」


「残念なガラ、それはデキません」


「意地悪だな。それともまさかロイが私たちから逃げようと思っているの? ヴォルキャストの義眼に入れてくれた封魔石は確かに相場よりずっと高値だったけど、強力だったから全然気にしていないよ。どんな魔法も無効にする、本当に素晴らしい効果があるから、おかげでヴォルキャストは“動物もどき”になることを恐れずに森を歩き回れ――」


「ロイは死にマシた」


 続けてしゃべろうとしていたリカゲルの口が、中途半端な形で止まった。


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