21 背負ったモノ
「第一王子は兵器利用に反対さレタのでスか?」
「もちろん。でもその直後さ。兄は失踪してしまった」
「ソレは、王様が暗殺したとイウことですカ……?」
「おい鳥、出過ぎたことを言うな!」
「いいんだ、ヴォルキャスト。市井ではそういう噂が出回っていることも知っている。私が殺したという噂まであるそうだね。兄さんを最も頼りにしている人間が私なのに、笑えるよ。でも違うんだ。兄さんが“動物もどき”になったことは確定している。当時の従者が森の中で急に姿が消えたことを証言しているからね。大型の動物が慌てふためいて森へ消えていった、と」
「大型の動物? 何だろう?」
「見たこともない動物だったそうだよ」
「従者はこの地方の人間だよな? ってことはこの辺りでは見かけない動物ってことか? キリンとかライオンとか?」
「イロいろ考えラれマすね・・・・・・もしサラマンダーのヨウなモンスターも“動物もどき”になるのナら、モット可能性が考エられマス」
「いや、たぶんモンスターは入らない」
妙にきっぱりとした口調のリカゲルに、俺は少し前に彼が言った言葉を思い出した。
(“動物もどき”を作り出していた原因はここから逃げ出した合成獣だったんだ)
言葉が断定的すぎる。俺はリカゲルに向き直った。
「なんでモンスターは入らないって言い切れるんだ?」
「本が体内に合成された亀を見たんだろ? だったらこの実験リストにある」
リカゲルは懐の手帳を再度取り出して、ページを繰った。
「ほら、ここ。リクガメと書籍を合成しているだろ? 実験のかなり初期のころだ。リクガメの年齢、書籍の種類まで記載されている。書籍は動物図鑑だ。内容は動物のみでモンスターまでは網羅していないものだと確認している」
「合成獣の実験体にナった亀がココを脱出して、森の中で今マデ生きてキタんでスね・・・・・・」
記載された亀の年齢はおよそ五歳。イワリクガメの寿命はおよそ二百年だから、もうそろそろ天寿を全うしてもいい頃だろう・・・・・・つい先ほどもその姿を森の中で見た身としては、どうにも複雑な思いだ。
「しかし本と合成されて合成獣になったからといって、“動物もどき”を作り出すような能力まで与えられるわけじゃない。この亀はどうやってその力を得たんだろう」
「“よりしろ”でスよ」
リカゲルの誰へともないつぶやきは、今度はヴァリスによって答えられた。はっとしてそこにいた者たちが小鳥に注目する中、当の本人はピュルリと軽快に鳴いた。
“よりしろ”――二百年前にあった大戦まで存在した、神に等しい力を宿した者たち。異世界の力をこっちの世界に引っ張り込む術を持っていて、山海の形を簡単に変えられたとかなんとか・・・・・って教科書で読んだな。
「合成獣にナった後にそノ亀は“よりしろ”になっタのでしょウ。“よりしろ”は、自分ノ身の危険を感じたトキに力を開花させるコトが多いでスから、たブン踏まれそウになったり襲ワレたりしテ、相手を別の動物に変化させる能力を身につケた」
なるほど。そして変化させる動物は動物図鑑の中から選ばれているのだ。どうやって選ばれているのか? それに関してはたぶん現時点では俺にしかわからない。俺には記憶がある。亀に触ったときに開いていたページの動物に変化させられるのだ。ヴァリスの時は鳥のページが見えていた。だから俺はすぐに小鳥になったヴァリスを捕まえられた。
でも――素朴な疑問が湧く。
「“よりしろ”って人間じゃないの?」
「人間に限りマセん。“よりしろ猫のタマ”なんて魔法史でハ有名ですケど、知りマセんか? それドころか最近知ったとコロによるト無用な木と言われるカーツ、あれモ親木が“よりしろ”にナった希有な例らしいデスよ。動物どこロか植物まで“よりしろ”にナルことがあるソウです」
なんてこった! 俺の地元の森で散々繁殖して暴れ回っているあの木が、どうも駆逐できないと思ったら“よりしろ”だったとは‼ じゃあ親木をなんとかしないとどうしようもないのか・・・・・・地元に帰って教えてやりたいな。
「ヴァリス、君はなんでそんなに“よりしろ”に詳しいんだい?」
「わたシは元は研究職の魔道士。“よりしろ”につイテは専門です」
俺の肩の上で胸を張る小鳥にリカゲルは感心したように頷いたが、ヴォルキャストはそうは思わなかったようだ。
「合成獣になった亀がたまたま“よりしろ”になったなんて、ずいぶん都合のいい話だな」
「“よりしろ”が選ばれてイルのか偶然なのカは、マだ議論されてイる事柄でスが――ヴォルキャストさん、年上のアなたに言うのはオコガましいのでスが、世の中のすべテは偶然の重なりデできていまスヨ」
ヴォルキャストの独眼、リカゲルが第二王子であること、ヴァリスの羽の配色、俺の身長、たゆたう蝶――すべては偶然。俺はなぜか小鳥のヴァリスが言う言葉に妙に納得した。
「魔道士としてどうやら君はとても優秀みたいだね、ヴァリス。私が宮廷魔道士になった暁には、君にはぜひ助言役として私の肩に留まっていてもらいたいよ」
うっとりした声にヴァリスは丁寧な拒否の気持ちを込めて渾身のピュルピュルを繰返していたが、当のリカゲルにはその意図は伝わっていないようだ。
「ヴァリス、さっそく未来の参謀の君に意見を聞きたいのだけど“動物もどき”を作り出す原因がわかったなら、それを排除すればその変化は解かれるだろうか? つまり――合成獣亀を殺せば、兄さんは元の姿に戻るかな?」
「可能性は大いニあります。とイウのも、先ほど言っタ“よりしろ猫のタマ”、天敵を自分の好物に変エテしまうコトがママあっタのですが、天寿を全うシタときに餌場にあった食べカケの魚が犬に変わっタという記録がありマシたから」
うへえ、犬・・・・・・食べかけで・・・・・・想像したくないな。
「そうか。ヴォルキャスト、すぐに合成獣亀を探し出して殺すんだ! そうすれば兄さんは心置きなく城に戻ってこれるだろう? キルファ、だっけ? どこで亀を見たんだ⁉」
「イヤいや王子様、 “動物もどき”になっタお兄様を確保してからデないと、危ナイでしょう。お兄様が今、ドンなところでドウいう状況にいるかわからナイのですから。あと、“動物もどき”が解けタラ私を肩に乗せられナイってこと、わかっテマす?」
自分の“動物もどき”が解けるかもしれないのに、そんな進言をするヴァリスって誠実な奴だな。
俺が小鳥に姿を変えた魔道士の生真面目さに微笑みかけた時だった。それが運ばれてきたのは。




