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20 さなぎ

「ねえ、ヴァリスはどうやって“動物もどき”になったの? なったときはどんな気分だった? やっぱり驚いたよね? こんなきれいなインコで良かったね! でも話せるって不思議だよね! だってその小さな体の中に、大人がまるまる一人入っているわけでしょ? 窮屈な感じはあるのかい? でも鳥の脳みそなんて小さいのに人間の思考ができるんだから、体が無理矢理詰めこまれているわけじゃないんだろうね。じゃあ窮屈なんて思わないか。それに・・・・・・」


「リカゲル様、このキルファが申すには、この魔道士は亀を触ったことで“動物もどき”に変化したそうです」


 臣下の礼をしたままだし苦々しい顔も見せてはいないが、この安いぶりっ子三文芝居にヴォルキャストも辟易とするものがあったのか腰を折るように言葉をかける。小鳥を掲げてくるくると無邪気に回っていたリカゲルは、それを聞いてピタリと回転を止めた。


「亀・・・・・・?」


「はい、甲羅が本のような形だったそうです」


「本の形って言っても平らなわけじゃないぜ。ぱっと見甲羅なんだけど、よく見ると本でできてるって感じ」


 兵士たちが下がったことで体の自由が戻った俺が言葉を足すと、リカゲルは改めて俺の存在に気付いたようにこちらを見た。だが、ヴァリスに比べて特に彼の興味を引くような魅力は俺には無かったようで、すぐに視線は馴染みの独眼の腹心へと戻る。


「じゃあ、“動物もどき”を作り出していた原因はここから逃げ出した合成獣(キメラ)だったんだ」


合成獣(キメラ)・・・・・・?」


 迂闊(うかつ)なことにその時になってやっと、俺はリカゲルの背後に奇妙な柱がいくつか並んでいることに気付いた。一匹の蝶が自由に羽ばたきながらふわりとそれに近づく。すると大小様々ないびつな楕円形を抱いた石柱が何本か浮かび上がった。

  鍾乳洞の中というのは壁にしろ天井にしろ、石が奇妙な形であることは多い。しかし、それでも異質な何かを感じて俺の目はそこに釘付けとなった。


「何だ、あれ? 卵……?」


「見てクダさい、動キますヨ」


 リカゲルの手を逃れ、俺の肩に戻ってきたヴァリスが羽毛を逆立てた。確かに彼の言うとおり小さな楕円形の一つが(かす)かに揺れ出し、やがて上部の隙間から羽を畳んだ蝶がはい出してきた。徐々に開かれるその羽は青白く光っている。


「蝶が・・・・・・生まれた?」


「キルファさん、あソコも! 大きイです‼」


 見ると、違う石柱に抱かれた大きな楕円形がカタカタと揺れている。楕円形はよく見るとスズランの花を逆さにしたような形で上部が開いている。そこから毛まみれの手がにゅっと伸びたかと思うと、手はスズラン型の鍾乳石の縁を掴み、それを頼りにやがて全身を這い出させ、


「おい・・・・・・“猿”が出てきたぞ」


「ぬらヌラしてイマすが、風呂上がリってわけジャなサソうです」


 しっとりと濡れてはいたが、逆さスズランから出てきたのはたしかにあの半人半猿であった。猿らしく身軽に地面に降り立ったが、焦点の定まらない目で周囲を見渡している。その間に石柱に駆け寄った兵士たちがスズランの底につけられた栓をすばやく外し、出てきた赤黒い排水の処理をテキパキとこなす。この辺りの迅速な連携プレーは検査場の革エプロンたちの動きを思い出させた。


「つマリ、あの柱にくっツイた卵ミタいなのは、全部キメラ製造機ってコトでスか?」


「キメラ製造機、なんてつまらない名前じゃないよ。私たちは“さなぎ”と呼んでいる」


 慎重に近づいた兵士が某かの声をかけながら産まれたばかりの半人半猿を例の金属扉のある横穴へ導いて行くのを見ながら、リカゲルはヴァリスの誰にとも問うていない質問に答えた。


「実際にあれには芋虫がさなぎになって蝶に羽化する法則を応用しているらしい。私が作ったわけではないけどね」


「デは誰が作っタのでスか?」


「二百年以上前に誰かが。記録には“ある魔道士”って書いてあるけど」


 聞けば聞くほど新たな疑問が湧いてくる。しかし、俺とヴァリスがこの状況に面食らっている様子が楽しいようで、リカゲルは興が乗った風情で微笑みながら俺たちの言葉を待った。


「記録って?」


「かつてここでその魔道士の助手をした人の日記だよ。ここにある」


 懐の古びた手帳を見せて、王子は微笑んだ。


「たぶん変人だったんだろうね。そして天才だった。この鍾乳洞にキメラ研究所を作った魔導士っていうのは」


「魔導士の多クは変人です。ソして魔導士でナクても天才は変人でス」


「彼に目的があってそれが達成されたのか、それとも飽きたのかわからないけど、その天才はここを去って“さなぎ”は放置された。それを見つけたのが兄さんだよ」


 第一王子のエミーだっけ。たしか十年くらい前に失踪したとかいう。


「明るくて、頼りがいがあって、でも私にはとびっきり優しくて、大好きな兄さんさ。厳しい父からも何度も助けてくれた。狩りが得意で、森歩きが好きな人でね。僕はそれが気に入らなかった。だって失踪者が多く出る神隠し森だよ。兄さんがいなくなっちゃうんじゃないかって心配で」


 はじめはまたぶりっ子が始まったかと思ったが、意外にも本音の声色でリカゲルは語りだした。王家だ王位継承者だと話題になると、いつも巷では嫉妬だ陰謀だ暗殺だと(から)められて語られてしまうが、やはりそこには普通の家族の愛情も息づいているのだとほっとさせられる。


「兄さんが無事でいてくれないと、私は困るんだ。だって……私は王位なんて継ぎたくない! 面倒だから‼ 兄さんには早く結婚して子供をたくさん産んで、私の王位継承権の順位も下げてほしい! のうのうと生きたいんだ‼ そのために宮廷魔導士になる基礎魔法だけ学んだんだ‼」


 家族の愛情物語とはちょっと違うみたいだな。素直すぎて逆に心配になるぞ。


「どうも森にあまりに熱心に通っていると思ったら、兄さんはここを見つけたらしい。そしてこの“さなぎ”の使い方を勉強していたんだ。そして私をここに招待してくれた。兄さんは商才もある人でね。蝶と僕が作った魔法の光を合成することでできるこの“光る蝶”を売り出そうとしていたんだよ」


「へえ、確かにこれだったら売れるな」


「賢い人でスね」


「だけど、父にここのことを伝えたら……“光る蝶”なんて馬鹿らしいものを作るんじゃなくて、もっと実用的なものを作れって」


「実用的なもの? 蝶だって十分……」


「兵器だよ」


 いわゆる王家らしい発想と言えばそうだよな。俺はうんざりして頭の中に少しだけ夢見た王家の心温まる物語を今度は完全に霧散させた。


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