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2 金髪の新米冒険者

「なんでたったこれだけなわけ? 森の動物一匹につき、銅貨五枚以上って話だったろ!」


「うるせえ! 支払うのは食用の動物だ! それともおまえの生まれ故郷では猿を食うのか? こんなでっかい猿の頭や人間と見間違うような耳を何十個も持ってこられたら商売にならねえだろうが‼」


 怒鳴る食堂の親父が頭を抱えて送った視線の先には、食欲をなくした者たちのどんよりとした空気が吹き溜まっていた。ある者はリバースさえしている。給仕係の娘が右往左往している中、俺の傍らでは持ち帰った猿の頭が恨めしげにそれらを見守っていた。


「その銅貨三枚はそれを処理する手間賃だ。さっさと検査場にでも持って行ってくれ!」


 入ってきた人がまた猿の頭を見てギョッとして踵を返す様子に、食堂の親父は無いはずの頭の毛をかきむしった。大きくはない町だ。すぐに「あの店では猿だか人だかの肉を提供している」という噂が広がるであろう。狙い通りだ、ざまあみろ。


「キルファさん、もう行きましょう。その銅貨で祝杯です。蜂蜜酒一杯ずつなら飲めるでしょ」


 ほとんど徒労に終わったこの日の労働をぼやくことも無く、仕事仲間の唯一の生き残りとなった美青年・ラルクはなぜか嬉しそうな顔で俺の袖を出口の方角へと引いた。


「おまえ、よくニコニコしてられるな?」


「だってキルファさん、これは僕の冒険者としての初の仕事賃なんですよ。それはどうしたって顔がほころんでしまいます」


 嬉しそうに耳打ちしてくるラルクは空気も読まずに食堂の親父にまで笑顔を見せた。そうだった。こいつはこういう面倒な奴だった。


「それに、頭を切り離すのが大変だから一匹以外は体がある証明で耳を切って持ち帰ることにしたのは幸運でしたよね。もしこれで全部頭を切り離していたら、本当にくたびれ損になるところでした」


「いや、もうなってんだよ。なんでおまえ怒らないの? そもそも 動物狩りのパーティを募ったのあいつだぞ? 説明の中に“食用の動物”なんてのはなかっただろ」


「でも、食堂の経営者が“肉が残り少なくなってきた”って言ったら、もちろんお店で使うものだと思うでしょう」


 これ以上ごねても無駄だと猿の頭を担ぎ上げる。その際にわざといくつかの耳を置き忘れようとした俺を見越して、ラルクは育ちの貴さを見せてさっと俺の肩を制して首を振った。そのくせ自分では耳を拾わない徹底した品の良さがカチンとくる。


 俺は改めて散らばった複数の耳を麻袋にまとめて、去り際に店主を振り返る。がっくりとうなだれてカウンターの奥に引っ込む様子にお人好しラルクは早くここを去りましょうと俺を促すが、俺たち以外のパーティメンバーがどうなったのか、最後まで聞くことはないところを見るとあの親父は相当な玉だ。


俺は自分の鬱憤(うっぷん)を晴らすために猿の頭だけはやはりそのまま剥き出しにして担ぎながら往来へと歩き出した。



 外はすでに夕暮れの明かりで町全体がオレンジに照り返っていた。

道を行く通行人たちが俺たちを見て顔色を赤や青に変化させている。俺の肩にある猿の頭を見て青ざめ、隣を歩くラルクを見て顔を赤らめているのだ。


(男女問わず、子供からじじばばまで・・・・・・こいつの顔には魔法でもかかってるのか?)


 横目で見上げると、確かに整ってはいるが絶世の美男子ってわけじゃない。天国の住人だとしてもきっと入り口にいるくらいの奴だ。しかし、人が良さそうな垂れ目で常に笑顔をたたえているところは、まるですべての罪人を許してくれる神本体のような包容力を感じさせるのかもしれない。まあ知り合って二日目の俺の見立てなんていい加減なもんだけど――などと考えていると、何か自分について考察していると気付いたのか、ラルクはふと俺と目線を合わせてやはり愛想良くニコリと微笑んだ。

 ぐっ・・・・・・なるほど、男の俺に対してもこの笑顔か・・・・・・・これはとんだ人垂らしだな。顔が赤らんじまう。俺はさっと顔を目的地へ向けた。


 森の動物の処理を一手に引き受ける「検査場」は町外れにある。大通りからだんだん人気が少なくなり、町境の柵の先に黒々とした森が見えるようになったころ、やっと動悸が落ち着いて雑念が払われた俺は、


「どうだ? おかしな町だろ?」


とラルクを見ずに声をかけた。


「ええ、キルファさんの言っていたことがわかりました」


 同じくこちらに視線を向けるでもなく、ラルクは答える。面倒な奴だが、こちらの言いたいことをすぐに理解できる妙なスマートさがあるんだよな。


「こんな大きな猿の頭を見ても、町の人みんな受け入れているんですね。見た瞬間はビックリしていますが、その後特に騒ぎ出す人が皆無なんて驚きです。ついそれぞれの人を興味深く見てしまいました」


「ああ、だからみんな赤くなってたのか。でも、そうだろ? “神隠し森”のすぐ脇にある町だからな。ここの住人はどんな動物でも受け入れる度量はできてるってことだ。まあこの町だけじゃなくて、森の近隣は全部こんな感じだけどな」


「それにしたって、この町は王都の目と鼻の先です。森との緩衝材(かんしょうざい)みたいな形でできた町でしょうからそれなりの大きさですし田舎者たちの集まりって訳でもないでしょう。その住人たちがこんなにも従順に森の怪異を受け止めているなんて・・・・・・もし僕の国でこんなのを見かけたら一騒ぎですよ」


 俺の肩に担がれた猿の頭を一瞥して、金髪の青年は優しく眉根を寄せた。


(冒険者になりたくて、この町にやってきました!)


 昨日この町に着いたばかりのラルクは、さきほどの食堂で何人かのごろつき冒険者たちに絡まれてそう自己紹介していた。

 どっと沸いた店内に俺も偶然居合わせたのが出会いだ。


(今更“冒険者”って)


(どこかの世間知らずな裕福な家のお坊ちゃんかね)


(ああ、身につけているものも良さそうだしな)


(ブローチにも剣柄にも高そうな魔石がついてやがる)


(まさか、行方知れずになったこの国の王子だったりしてな)


(いや、違うよ。遠目に見たことあるが、髪の色も年齢も体格も全然違う)


(ちょっと頭の緩い金持ちの三男坊が家出してきたってとこか)


(今頃カーチャンが泣いてるだろうよ、かわいそうに)


 俺の周りのテーブルで男たちが成り行きを見守りながらこそこそと軽口を叩いた。


(金髪のにーちゃん、どこから来たんだ?)


(それは・・・・・・秘密です)


(なんだよ、もったいぶるなよ)


 人差し指を唇に当てるラルクにやんやと店内中の者たちがあおった。


(故郷からここまでの間に、冒険者として仕事しなかったのか?)


(したかったのですが、私一人でこなせるものがありませんでした。いくつか応募もしたのですが、すべて断られてしまって)


 そりゃそうだろう。異世界とのつながりが強く、魔法と魔物が横行していた「よりしろ時代」は冒険者だ一攫千金だってのは一般的だったが、大戦後の二百年で魔物もずいぶん狩られた。

 いまや冒険者なんて職業は下火で、ほぼ傭兵という名前にすげ変わっている。広報されている仕事も「不思議のダンジョン攻略!」といったものではなく商隊の護衛とか生き残った魔物退治という地に足の着いたものがセオリーだ。頭がおかしいかもしれない若者を頼ったりパーティに加えようという物好きな雇い主はいない。


(このエリニア国の“神隠し森”の謎は「よりしろ時代」からずっと解明されていないので、冒険者たちが集っていると聞きました。私もその謎に挑戦したくて来たんです)


 爽やかに微笑む金髪の青年は、周囲から矢継ぎ早に続く興味本位の質問に真摯に答えながら「俺のおごりだ」と誰かから渡された杯に嬉しそうに口をつけている。

 他人事ながらなんて警戒心のない奴だ。もしその杯に変な薬でも入れられていたらどうするつもりなんだ。鏡と周りの奴らの顔を見比べて、自分の価値くらい理解しておいてくれ。


 しかしいわゆる冒険者家業に落ちぶれてしまってしばらく経つ俺の方も今や店の中心になって話題をさらっているその青年にわざわざ説教をするようなことはなく、カウンター越しに追加の酒を注文しかけ――店の親父がなにやらこそこそと常連らしき男と話しているのに気づいた。


 ボソボソといくつか言葉をやりとりして目配せしあった後、食堂の親父は店内の人々の注目を青年から奪うためにわざとらしい咳払いをした。


(みんな、聞いてくれ。“神隠し森”の謎はこの新米冒険者殿が挑むにはあまりに荷が重い。ちょうど肉が残り少なくなってきている。パーティを組んで森に入り、動物狩りをする仕事をお願いしたいが・・・・・・そこの青年、どうだろうか? 森での経験を積むにはちょうどいいと思うのだが)


 ラルクは溢れんばかりの笑みで自分のために冒険者の仕事を作り、斡旋してくれた店主にうなずいた。この様子では彼の中には「この親父はプロの狩人や業者から肉を買い取らず、なぜいちいち冒険者のパーティを編成しているのか」という疑問など生まれていないのだろう。周りの者がすべて自分のためにあれこれしてくれるのが通常だと考えているのなら、この青年、あるいは十分に自分の価値をわかっているのかもしれない。


(他にパーティに参加したいものはいるか?)


 カウンターで店主と話していた男とその仲間らしきごろつき冒険者たちが十人ほど一斉に手を挙げた。それを見て何かを察したのか、その他の者たちは一切名乗りを挙げない。

 ははーん、わかりやすいね。

 名前が示すとおりこの“神隠し森”で失踪する人間は少なくない。こいつらはこの金髪のお坊ちゃんを縛り上げて身ぐるみを剥いだうえ、裕福であろうと予想される実家へ身代金を要求するつもりか、奴隷制度のある土地まで引っ張っていくつもりか・・・・・・いずれにしろ、この森で狩りをするよりよっぽど楽な稼ぎ方を考えついたわけだ。


 嫌いだねえ。森を隠れ蓑するその悪どさ。

 俺は空気を読まない涼しげな顔で、店主の目の前でまっすぐに挙手してやった。

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