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18 洞窟の先

 岩山の裂け目に入ると、そこには広い空間が広がっていた。


「天然の洞窟でスね」


 首元からひょっこり顔を出したヴァリスが俺の耳元でささやく。ヴァリスの言うとおり、洞窟は人の出入りの摩耗を感じさせつつもきっちりと人手が加わった様子も無く、一本だけ据え付けられた松明の明かりによって荒々しい岩山の内臓を見せつけていた。

 洞窟は松明の光が届かないさらに奥まで続いている。進みながら灯りがほしいと思いはじめた頃、先導するヴォルキャストの配下が手持ちの灯火を素早くつけた。すると灯りに照らされて行く先は一本道ではなくいくつかの洞穴が選択を待ちわびるように口を開けているのがわかった。


 ヴォルキャストら先導隊はよりによって最も狭い入り口を選ぶと、かがんでその中へ身を入れた。当然俺もそれへ続く。洞穴は徐々に勾配を強くしながら下へ下へと進んでいく。手を広げれば左右の壁が触れるほど狭く、高さも小柄な俺にとってさえずいぶん低かった。


「モシもわたシが元の姿のママだっタら頭を擦っていたデショうね」


 左右に曲がりいくつかの分岐を抜ける中で、その狭さはさらに圧迫感を増したり余裕を見せたりしながらくねくねと続いた。こんな迷路になっているんだったら、香辛料の瓶を捨てるんじゃなかった。これではラルクたちが岩山の洞口までたどり着いても俺たちがいる場所がわからない。

 残りは少なかったし、後ろにぴったりくっついた監視役の兵士の目を盗んで香辛料を降り()き続けることはできなかっただろうが。


「暗イでスね。魔法の灯リを出スことがデキればよかっタノですが、コの体では魔法を使えナイことが先程試してミテわカりました。魔方陣を描くコトができマセンからね。残念でス」


 小鳥になったヴァリスの声は意外に小さく心地よく俺の耳元に届くが、ピュルピュルとさえずる時だけずいぶん大きく洞窟内に響いた。


「そうなの? 困ったな。アテにしてたんだけど」


「面目ナイでス」


 申し訳なさそうに首を傾げた小鳥の姿は元のひょろがり魔道士を感じさせないかわいらしさだ。俺はつい指先でふくふくと首元を撫で、ヴァリスも抗いようのない心地よさがあるのか素直に頭を傾ける。


「つイデに言いますと、我々魔道士は爪とか髪の毛とか血とか、何か体の一部があレバ、そレで使い魔をソの人の元に辿り着かセルことがデキマす。元々レアラードには万が一のトキのため、と無理矢理私の髪の毛を渡してアルのですが、“動物もどき”になってイルこの状況では使い魔が探し出せナイ可能性がありマす」


「つまり、レアラードやラルクは助けに来られない?」


「“動物もどき”でアルことで、本当の存在に覆いがカカってイる状況じゃナイかと思わレます」


「自力での脱出を考えなきゃいけないな」


 地下水の川を渡り、天然の滑り台を降り、涼しさに慣れ、コウモリの群れや真っ白な虫たちを珍しく思わなくなった頃、先導のヴォルキャストたちは木製の古びた扉の前に辿り着いていた。


(猿が逃げ出さないように、か?)


 それにしては雑な扉を開けると、小さな空間の先にまた同じような扉がある。二重扉の厳重な様子の割には鍵もかけられていない現実に、どうも釈然としないものを感じながら俺は進んだ。


「わあ・・・・・・‼」


 二つ目の扉を開けたとき、俺の口からは止めようもない感嘆の声が漏れた。

 何十匹もの蝶がゆったりと俺の視界の中を通り過ぎる。それは光る青い羽を空中にたゆたわせながら、その空間を夢のように浮かび上がらせている。灯りを掲げていた兵士が役目が終わったとばかりに火をそっと消した。蝶の明るさは、確かにそれを必要としないくらい十分に広い空間を照らしていたのだ。

 発光する動物といえば、夜光虫や一部の魚なんかにいるが、なんだこの蝶は? 生物の発光にしてはあまりにも明るすぎるぞ。


「コれは・・・・・・こノ光、魔法の灯リでスよ!」


 ヴァリスの声が驚きで満ちている。


「蝶の羽に魔法の灯りが宿っているってこと? 魔法ってそんなことできるの?」


「生物の一部に魔法を混ゼる研究は禁忌スレスレなんでスが、わたシの師匠モやってイタくらイで、ヨク聞キまス。デも成功例はホトんど無いノデすよ・・・・・・そシテ、コンなの見タことありマセん」


 しかも目を疑うような生き物は蝶だけではなかった。今までの圧迫感を吹き払うほど高々とした天井と駆け出したくなるほどの奥行きもある空間には他にも不思議な動物たちがあちらこちらに見える。

 天井から滴る形のつらら岩の陰には宝石が埋め込まれたような瞳のコウモリが。地面から触手が生えるようにして伸びた白石の横には雪の結晶のような幾何学模様の角をした鹿が。そして空間の大半を占める棚田状の泉のそこかしこには泳ぐたびに絵画が透かしに入った長い尾びれを広げる魚がいて、それぞれが静かに時を過ごしている。


「これ、鍾乳洞ってやつ?」


「エエ、きれいですね」


 この空間を作り出している垂れた蝋燭がそのままの形で固まったようなつるつるとした石たちに目を奪われる。ここへ来るまでの道のりにもあったのかもしれないが、暗いランプの灯り一つで気付かなかった。

 蝶の青い光によってここでは余計に幻想的に見えているのかもしれないが、それでもこの光景は俺の人生の中でも選りすぐりに美しいものだと断言できた。

 探せばまだまだいろいろな不思議な生き物たちを見つけることができるだろう。俺の心は躍った。


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