15 神輿の行方
俺はこの光景を知っている。
ヴァリスの消えた場所の足下には思った通りのものがあったが、それへの対処を考えている時間はない。今後役立つのかわからないが一応の目印になまくら剣で無理矢理近くの木の幹に印だけつけると、俺は興奮して周囲をバタバタと飛び回っている小鳥を捕まえた。
「ヴァリス、説明している暇が無い。一緒に来い」
小鳥は俺の手の中で暴れることを止めた。襟元から服の中に小鳥を手早く入れると、俺は力をためて、一気に手近な木の枝に跳躍する。手の中に枝が収まった途端にくるりと体を回転させると、俺は樹上の人になった。自分たちに匹敵するような身軽な俺の動きに驚いた猿たちが動き出す前に、俺はすでに別の木へと飛び移る。
森の中なら俺はいくらでも動き回れる。そういう風に育ったし、そうでなければ生き残れない状況だったからだ。
「あいつ、まさか森の民ってキシリーの……」
下からトールの馬鹿でかい独り言が聞こえる。が、俺の目はすでに猿に担がれて消えたヴォルキャストの痕跡を追っていた。折られた枝、踏まれた草、削られた葉、にじられた土、それらが出す微かな香りと生き物の移動の残渣。まだ時間の経ってない森の中の行軍は存分に俺に行く先を示してくれている。
腰帯から香辛料の小瓶を出し、しばらく進むごとに中身を地面に落とす。トールにはこれで俺の行く先がわかるはずだ。鼻のきくランダもきっとそれを手伝ってくれるに違いない。
(ここは猿と戦ったところか)
木から木へと飛び移りながら気付く。今朝、いや、もうたぶん昨日の朝になっているか、に猿と乱戦になった場所だ。
(こんなに近かったのか。道理で)
大人しく胸の位置に留まっている小鳥のぬくもりを感じながら、俺は大トカゲの“動物もどき”のことを少しだけ思い出した。あいつも俺が拾ってやればあんな最期を遂げずに済んだのかもしれない。
見下ろすと下生えが踏み散らかされ、木々に乱雑に傷つけられた跡や血のにおいが残っている。しかし、予想していたとおり猿の死体もパーティメンバーの遺体も見当たらない。丁寧に回収されている。
(これだけ迅速で丁寧なやり口は、いよいよ軍の関与を感じさせるな)
そういえば猿たちは何のために俺たち偽の狩りパーティまで襲撃したんだ? 猿の存在を隠したいんだったらわざわざ出張って姿をさらすこともなかったのに。
だがその疑念はすぐに解消される。
俺はいつの間にか逃走したヴォルキャストのすぐ後ろまで追いついていた。
少し前から石灰岩が露出したでこぼこした地形になった。こういうところでは地上を歩くよりも樹上を移動した方が俺にとっては早い。気付かれないよう用心深く速度を調節しながら猿に担がれたヴォルキャスト神輿の行く先を見ると、森の切れ目に低い岩山が見えた。
背の高い樹木の間でひっそりと森に馴染んだそれは、しかし端に人がギリギリ通れるくらいの小さな裂け目があり、その横に立った門番によって警戒されている。門番は猿ではなく人だ。わかるような軍服は着ていないが、目線や動きからしてたぶん職業軍人なんだろう。
それだけでこれがただの岩山なんかじゃないんだと理解できる。
(狩りパーティはたまたまだけどここに近づきすぎていたんだ)
偶然だったとはいえ、死んだパーティメンバーにとっては運が悪かった。森に入ってすぐにラルクを襲えばこんなことにはならなかっただろうに、たぶん俺という異分子がメンバーに入り込んだことで、警戒してより奥へ奥へと森を進んでしまったのだろう。
その結果ここに近づいてしまったために猿の軍団を仕掛けられた。ということは、あの岩の裂け目の先こそが猿の部隊の本拠地なのか。見たところ、大勢をかくまっておけるような空間があるようには見えないが。
(本来だったらレアラードやラルクたちを待った方がいいんだろうけど)
ヴォルキャスト神輿が岩山に到着し、門番と会話している。俺は香辛料を瓶ごと地面に落とすと、より近くの木に飛び移った。
岩の裂け目から数人の男たちが出てきて、ヴォルキャストの帰還に静かに沸き立っている。本来だったらここまで近づくのは危険だが、今はヴォルキャストが到着したことで彼らの気が浮ついているのがわかった。
「よくぞご無事で!」
「当たり前だ!」
微かにヴォルキャストと部下らしき者との会話が聞こえた。俺は岩山脇に生えた木の上に身を潜めながら聞き耳をたてる。
「ふむ、しかしその様子ではこの失態はもうすでにリカゲル様に伝わっているか?」
「はっ、検査場の落雷による火災とヴォルキャスト様の失踪はつい先ほど早馬が伝えたところですが」
「落雷による火災? そう伝わっているのか⁉ あれは俺を狙った魔法だ! 封魔石を持っていなければ確実に死んでいたぞ、あの化け物娘が‼」
リカゲル様? ……聞いたことあるような無いような……誰だったっけ? この国の王族だったかな。それにしてもあの検査場の火災、やっぱり自然の雷とかじゃなかったんだな。化け物ってレアラードのことか? じゃああの雷はレアラードの魔法ってこと? ちょっとだけその可能性を考えもしたが、まさか本当に? 何なんだよあいつ! 剣どころか魔法まで桁外れなんて、まるで本当に伝説のレアラードみたいだな! それなら化け物呼ばわりされてもしかたないか。
「リカゲル様は下だな?」
「はい、もう五日も王城に戻っておられません」
「狂っているんだ。仕方なかろう」
吐き捨てるようにヴォルキャストが言ったことで、俺は思い出した。そうだ、リカゲルはこの国の第二王子の名前だ。確か明朗な第一王子エミーと引きこもりの第二王子リカゲル、と町の酒場でよく話題に上っていた。
「朗報がある。おそらくだが……エミー様を見つけた」
その先が聞こえなくなったのは、ヴォルキャストと部下たちが速足で岩山の裂け目の中に入っていったからだ。俺は少しの逡巡の後、タイミングを見計らって同じく裂け目の中へ入ろうとし――、
「ギャギャギャギャ!」
やかましい猿の鳴き声とともに、俺の隠れ蓑にしていた木が揺らされた。見れば足下から一匹の猿が俺めがけて木をよじ登ってきている。一瞬さらに木の上に上りかけて諦める。
畜生、言い訳にしたくないが、この体じゃあこの先の枝が折れちまう!
裂け目からは何事かと数人の兵士たちが出てくる。森へ引き返すには俺と同等に身軽な猿が邪魔だ。俺は調子に乗って深入りしすぎたことにやっと気付いた。




