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13 おやつ談義

 左右目の色が違う人間はまれにいる。しかし、魔道士の右の瞳の色はかつて見たことがない色であった。

 紫の瞳なんて、おとぎ話や絵本に出てきそうでいつまでだって見ていたくなる。赤髪を理不尽に馬鹿にされることもある俺からしたら、なんだか幻想的で魅力的に思えたのだが、当の本人には欠片もそんな思いはないらしい。急に顔を赤らめて、しかしつい先程の助言で不用意にも動けずじりじりと後ずさった。


 トールがすぐに「そうなのか? 俺にも見せろ!」と魔道士に詰め寄るが、相当嫌なのか魔道士はフードを顎まで引き下げて抵抗した。そんなに嫌がるなんてトラウマとかあるのかもしれない。そういえば魔道士は検査場でも森に入ってからもずっとフードを目深に被っていた。俺はてっきり魔道士らしさを自己演出しているのかと思っていたけど悪いことしたな。

 トールはしつこく魔道士をからかおうとしたが、その行動は美少女・レアラードが馬から下りて来たことが横やりとなって止められた。


「ヴァリス、次はおまえが馬に乗れ。少し寝たから、今は私の方が体力がある」


 彼女は水筒を魔道士に手渡す。


「女性を走らせて自分は馬に乗る、という恥ずかしさはあなたの無尽蔵の強さを盾にもうなげうちますが・・・・・・ランダは男の直乗りを嫌います。ただでさえよくわからないミイラ男を乗せているんですから、これ以上は機嫌が悪くなるんじゃ無いですか?」


「この状況だ、わかってくれるさ」


 ランダと呼ばれた馬の首をトントンと叩くと、馬は嬉しそうにレアラードに鼻を擦り付けた。

 このランダ、乗馬用というより荷馬車用に適した種類の巨体だが、森の中も怖がらずにすいすい進むし、驚くほど頭が良い。魔道士が事前に送った使い魔の指示で先回りして俺たちが降り立った建物の裏手に待機していたのだが、落雷があったときも通常の馬なら大きな音が苦手で暴れたりするところ、一瞬身震いしただけでいななきもしなかった。


「そのミイラ風の方は誰ですか? 服装から察するに眼帯した軍人でしょうか?」


「そうだ。半人半猿のことを素直に話しそうになかったから連れてきた」


 ラルクの質問に事もなげに答えるレアラードにトールが目を丸くした。


「一人で“鬼の独眼”ヴォルキャストを拉致したなんて、本当にとんでもないお嬢ちゃんだな!」


 トールの驚きの声に反応したかのようにランダが急に飛び跳ねて背中に乗せられた男の体を振り落とす。一瞬“動物もどき”にでもなったのかと飛びすさったが、蜂だか何かに刺されただけらしい。レアラードが声をかけると、ブルブル体を震わせながらもランダは落ち着きを取り戻していった。


「この男、有名なのか? 大佐、とか言われていたが」


「“神隠し森”の謎にもっとも近づきつつある人間だと噂されている。ここ何年かは“動物もどき”になることを恐れずにどんどん森に分け入っていたからな」


「へえ、そんな恐れ知らずがいるんだな」


 ターバンを巻きつけられた上にうつ伏せで倒れて今は眼帯をしていることすらわからない哀れな姿のヴォルキャストを見て、俺は敵ながらちょっと感嘆した。


「第一王子のエミー様が行方不明になるまでは、エミー様こそ森に何度も入って秘密を解明されると言われていたが・・・・・・」


「え⁉ 王子が行方不明って話は聞いたことがあったけど、それってこの森でってこと?」


「ああ。自分の代で森の謎を解いて、開かれた森に変えるんだとおっしゃっていて、子供の頃からよく森に入る方だったよ。俺なんか一介の猟師でしかねえが、それでも何度かお見かけしたことがある。気さくで良い方だったが・・・・・・“動物もどき”になってしまった説が有力だが、弟である第二王子に暗殺されたとか、いろんな噂が出ている。何せ死体も出てねえからな」


「嫌だなあ、家族なのに王家ってだけでそういう噂が出るなんて」


 誰に聞かせるとも無くつぶやいた俺は、タイミング良くラルクが手渡してきた砂糖菓子を口に入れた。甘え! 旨え! なんだこれ⁉ こんな洒落た保存食があるのかよ!

 見るとラルクはにっこり微笑みながら次にはレアラードにも渡している。ああ! その笑顔でこんな女心をがっつり掴むようなものを渡すなんてずるいぞ! 俺の保存食なんて塩がききすぎている干し肉とパサパサの木の実しかないのに。


「軍の要人が出張ってくるほど、あの猿って秘密裏に処理したい物だったんですよね。でもその割にはちょっと図算ですね」


 お菓子を全員に配り終えたラルクは馬のランダにも一つ分け与えながら続けた。ランダはすでにお菓子の旨味を知っていたかのように先ほどからまた興奮して前足で地面を掻いている。牝馬だからか? ラルクの前ではランダも女の子なのか?


「だって隣国への侵略の兵士として、大々的に使ったわけでしょ? 侵略は成功しなかったそうですが、もし成功していたら誰もが知るところになるじゃないですか。エリミア国の軍には半人半猿の部隊がいるって」


 道中で魔道士・ヴァリスからは彼とレアラードがおよそ三十体の猿の部隊とかち合って全滅させたと聞いている。俺たちが今朝見たのも三十体くらいだから、少なくとも六十体以上の猿の部隊がどこかで訓練されていたということだ。


「侵略が成功したなら、国の特殊部隊としてお披露目するつもりだったのかもしれませんねえ。ガイレンティア国の魔道士部隊とか、アマリル公国の巫女隊、キシリー帝国の森林兵団みたいに」


 ヴァリスが続ける。


「しかし上層部が思ったようには制御できなかったんでしょう。何しろ我々が対応したときも、半人半猿たちは小さな村々に残虐行為のためだけに立ち寄っていましたからね」


 そんな荒っぽい奴らだったら、たしかに公式の部隊にしてしまったら国の名が廃る。半人半猿の奴らは秘密裏にしか動かせない存在ってことなのか。


「それにしても、どうやってあんな怪物作り出したんでしょうね? “神隠し森”の秘密と関係があるんでしょうか?」


 ラルクはなぜか魔道士のヴァリスではなく、レアラードに向かってニコニコと質問した。おい、その笑顔を安易にレアラードに向けるなよ。目の前で双方気が合って相棒解消になったらちょっと疎外感出るぞ。だが俺の恐れとは違い、レアラードは一切笑みを浮かべることなくラルクを見返した。


「私にはわからん。ガイレンティアのおまえでもわからないか? 血に関する魔法は詳しいんだろう?」


「え⁉ ラルク、おまえガイレンティア国の出身なの⁉」


 ガイレンティア国と言えば魔法大国。二百年前に大きく魔法が衰退してからも唯一魔道士の立場が弱まらなかったと言われる伝統ある国だ。上流階級の子息は魔法学校に通うのが典型だとか聞いたことがあったが……見た目通りラルクがそういうところの家の出自なんだったら、道理で魔法に詳しいわけだ。


「よくわかりましたね」


「あなたの描く魔方陣はオレンジ色じゃないですか。それってガイレンティア国の魔道士の特徴ですからね」


 相棒解消の可能性を俺のように感じていたのか、間に割って入るようにレアラードでなくヴァリスが応えた。そういえばヴァリスが描いた魔方陣は緑っぽかったり青かったり、とにかく違った色で光っていたなと思い出す。


「僕程度の知識の範囲では、あの猿の成り立ちはわかりかねます。レアラードさんでもわからないんだったら、もう少し強引な何かが関わっているんでしょうか」


 おいおい、レアラード「さん」だなんて、年下でも敬称付けるのはやりすぎ・・・・・・いや、この丁寧すぎる扱いこそが女心のわかる男子の振る舞いなのか? 勉強になるぜ。


「そのあたりの事情も含めて、たぶんこいつがしゃべってくれるだろう。だが、まずは猿の体の確認だ」


 立ち上がって、レアラードは地面に倒れたままのヴォルキャストを顎でしゃくった。いやあ、こいつ根性座ってそうな軍人だぜ? 相当な拷問したって簡単に口を割るとは思えないけどな……。ヴァリスがかけた催眠魔法のおかげで、ヴォルキャストは落馬の痛みを感じずにまだ眠りの世界にいる。その体を再度ランダの背に乗せるべく、俺と同じく魔道士談義に圧倒されていたトールが立ち上がって近づき、


「あん? 顔の包帯が取れてらあ、こりゃ何だ? こいつ、口に何か……」


 トールが何か言いかけた時、俺の耳は聞き覚えのある風切り音を捉えていた。


「伏せろ‼」


 咄嗟に一番近いヴァリスの頭を押さえた。一瞬後に耳の上を矢鳴りが通り過ぎていく。周囲の木や地面にいくつもの粗雑な造りの矢が生えたと見たときには猿の甲高い声がいくつも聞こえた。


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