11 少年剣士
は・・・・・・速え‼
密かに手負いの商人を援護すべく弓をうつタイミングを計っていたんだが・・・・・・見えなかったぞ、あいつの剣・・・・・・。
ええと、手負いの商人は奥の席まで行き着いて、逃げ場を失って近くにいた魔道士に助けを求めて、魔道士はちょっとオロオロして商人と少年を交互に見たりして、そうこうしているうちにバーガスが上ってきて、そこでやっとあの少年が起き出して・・・・・・で、バーガスは死んで剣が舞台中央のヴォルキャストのところまで降ってきたのだ。バーガスの手首付きで。
おおい‼ 思い出してみても何だあいつ⁉ 弓使いとしては俺もかなりの腕を自認しているし、いくつかの戦闘を経験してきた身だが、あの若さであんな常軌を逸した剣士、見たことがないぞ!
剣士ってやつは、経験値によって見える風景が変わってくる、と俺が出会った剣の達人が言っていたことがある。
つまり、真面目に剣の道を歩んでいる者ならば年齢を重ねるごとに前には見えなかったもの、相手の太刀筋や次なる行動、果ては思っていることや過去の記憶までが流れ込んでくるようになるそうだ。年をとって、それに反応できなくなってくると、剣士は自分の終わりを察して自分の死に場所を模索するというが・・・・・・それが、俺より五つくらいは年下の少年が、明らかな達人レベルなんて‼
愕然としたのは俺だけじゃなかった。連れの魔道士以外、会場のすべての人間、ヴォルキャストも母子も助けられた商人も、開いた口が塞がらない様子で美少年の立ち姿を見上げていた。
「細かいことはいい。“猿”はどこにいる? 隣国への侵略に使っておいて、今更隠すことはなかろう」
隣国への侵略? 一月程前に隣のヨクシャ国の内乱に乗じてこの国が侵攻したとかって話があったが・・・・・・結局、不発に終わってうやむやになったって噂だけは聞いたな。
しかし、その侵攻軍にあの猿の軍団が使われていたってのか? じゃあ魔道士が言っていた「戦ったことがある」ってのはその時か。
「少年、知ってどうする?」
「すべて片付ける」
言った言葉を荒唐無稽に感じたのか、ヴォルキャストは先ほどの驚きを忘れて高笑いした。
「笑わせおる。悪いことは言わん、ここで素直に殺されておけ」
「言わないのか。じゃあおまえを捕まえて吐かせるだけだ」
美少年はやはり事もなげに言うと、抜き身の剣をそのままに階段状の座席を降りていく。誰もが少年の頭がおかしいのか、先ほどの神業と言っていい剣技が夢で無いのか判断をつけられずにいる間に、彼はふいに俺たち五人の方へ目をやった。
「ヴァリス、死ぬ必要がない人間は助けておいてくれ」
ぶっきらぼうな言い方だが、つまり俺たちの安全まで考えているのか⁉ じゃあ、あっちの魔道士もやはり相当な手練れ?
「頼ってもらえて光栄ですが私は凡庸な研究職の・・・・・・聞いてない‼」
期待した手練れ感は見せず、ローブを目深にかぶった魔道士は慌てて抗議する。それでも瞬時に魔方陣を空中に二つ三つと描き出すのは魔法に免疫がない俺からしたらとんでもない大魔道士に見えた。
「あなたと旅しただけでこんなに早く魔方陣が描けるようになって、私の師匠も草葉の陰から感涙していますよきっと!」
ヤケクソ気味な発言ではあったが、魔方陣のそれぞれから出現したキツネやフクロウなどの発光した動物は会場内を縦横無尽に飛び回り、動き始めた兵士たちの動きを牽制する。
「あの魔道士のところへ合流しましょう。私たちが近い方が守りやすいはずです」
「トール、ご婦人を背負って上ってくれ。俺は近づいてきた敵を射る」
「よし!」
言うが早いかトールは老女を軽々と背負い、ラルクはミナの手を取って階段状の席を上った。俺はこちらに向かってきた兵士二人の足を射貫いてからそれに続く。
目の端に、俺たちとは逆に階段を降りてヴォルキャストに肉薄するターバンの少年が見えた。もちろん軍の高官たるヴォルキャストの前には彼を守るべく三人の兵士が躍り出ていたが、「こいつは俺の獲物だ」と独眼の大佐が宣言した途端に彼らは驚くほど華麗にちりぢりになった。軍人らしいと言えばそうだが、ヴォルキャストという上司に対しての絶対的な信頼と服従が見える。
しかし、レアラードとの剣戟は余興としては楽しめないことに彼はすぐに気付いたようだ。刀を交えてすぐにヴォルキャストの顔は余裕の笑みを消す。
細い少年の腕だ。力負けしているわけではない。ただ、少年の持つ半月刀の形もあって、ヴォルキャストの力は常に逸らされ、思うようには戦いをすすめられないもどかしさが徐々に鬱積していることがゆがめられた口元から見て取れた。
それでも、独眼がらんらんと喜色の光を増してきているのは、この軍人が根っからの戦い狂いであることを証明している。
正直に言えばこの戦いから目を離したくない。が、今はその時ではないことも十分に理解していた。
「みなさんを建物の外に出します。外に出てからは私が最後に降りるまで兵士に見つからないでいるか、見つかっても死なないでください」
「出すってどうやって?」
合流した途端の魔道士の申し出に、俺は仰天した。会場の出入り口には兵士が一人張り付いており、そこを抜けたところで階段とその先の正面入り口にも何人かの兵士が配備されているに違いない。
他にこの会場には三つの扉がある。二つは舞台左右に口を開けている「解体所」と「安置所」。そして、筋肉エプロンたちが出入りしていた舞台中央奥の扉。中はおそらく従業員の休憩室だろう。
俺は「解体所」にしか入ったことがないが、建物の構造上おそらくすべて同じ造りだ。部屋には通用口があり、そこを通って会場に戻らず正面入り口に出られるのだが、つまり、どこを通ってもたぶん厳重に固められているであろう正面入り口を通らざるを得ないのだ。
「結局、正面突破ってこと? でもあの眼帯、魔道士対策してるみたいぞ」
「魔道士対策はたぶんあの眼帯さんだけです。自分だけ良ければって感じでしょう、あの人」
すごく偏った決めつけをするなあ。と思ったが、魔道士は「ほら、見てください」と俺の後ろを指さした。見ると、例の光に包まれた動物たちがこちらに向かってきている兵士たちをつついたり噛んだりして足止めしている。
何体かは兵士の反撃にあって光の粒に霧散しているが、そのたびに魔道士が新たな魔方陣を描きだして追加の動物を会場に放った。
「私の使い魔たちは、特に彼らに対して弱い様子は見えません。とても何か対策をしているとは思えませんね」
言い捨てて、魔道士は俺たちを最上段まで導く。そして最上段の上にある窓を示し、
「ここから飛んでください。悲鳴は上げないでくださいね」
言うが早いか窓を覗き込んでいたトールの背に魔道士は思いっきり体当たりした。もちろん痩せた魔道士の一撃では身の詰まった分厚い体のトールを窓の外に投げ飛ばすことはできなかったが、少しバランスを崩したところで新たに作り出された光のフクロウが加勢して彼の襟首を掴んで窓外に引っ張り出した。トールは「うおっ!」と小さく声をあげたが、すぐに魔道士の言っていた意味を把握して口元を押さえ、妙なポーズのままフクロウに吊されるように静かに地上へ降りていく。
「さあ、続きましょう」
怖がらせないように魔法に慣れているらしいラルクが老女とミナ、そして手負いの商人を導く。順次彼らが光でできたフクロウに吊されて滑降していく間、俺は俺たちの脱出を外へ報告に行こうとした兵士を二人、弓の犠牲にして出入り口の前を塞ぐ形にした。これで少しは時間が稼げる。
この窓から逃げるのは、もし俺が一人だったら・・・・・・と考えていた手段だった。ただ身軽な俺だからこそできると思っていたのが、魔法を使えば可能だなんて素直に驚きだ。隣でラルクも「使い魔ってこういう使い方ができるんですね」と感心している。
ラルクが窓から身を躍らせる。俺はヴォルキャストと撃ち合うターバンの少年を返り見て「残らなくて大丈夫か? まだ兵士が残っているし、俺、弓で援護できるぞ」と魔道士に進言するが「あの人は特別ですから」と彼はちょっとはにかんだ。
ターバンの少年はこちらを見ない。ただその横顔は涼やかで、この状況でも皮肉なほど美しかった。




