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10 戦闘力未知数

 息子――少なくとも一部は息子であるとされたばかりの猿を取り上げられて、老女が慌てて取りすがる。が、司会者エプロンはそこでも人が変わったように荒々しく彼女の動きを阻んだ。バランスを崩して倒れかける老女を俺とトールが二人がかりで受け止める。


「ベルゼン! おまえ急に危ねえだろ!」


「トール、あなたまでそんな得体の知れない魔法を信じるんですか?」


「魔法云々じゃないだろう! この人の母親としての・・・・・・なんていうか、愛情っつーのか、そういうのおまえ感じなかったのか?」


「非化学的なことを言って人心を惑わすはやめてください。これはただの新種の猿です」


「非化学的なでっかい猿の頭を前に何言ってんだ!」


 トールと司会者エプロン・ベルゼンは老女と猿の頭、そして巻き込まれる形で俺を挟んだまま睨み合う。このベルゼンって司会者エプロン、何を焦っているんだ・・・・・・?


「猿の頭はこちらで預かります。さあ、ではここを閉めますからみなさんお引き取りください! 十八番のお二人は残ってくださいね、猿の体の回収がありますから」


「おいおい、閉めるって何だよ! この「検査場」は終日開いてるもんだろうが!」


「トール、頼むから一旦帰ってくれ。そうでなきゃ・・・・・・」


「そうでなきゃ何だ? どうなるってんだ!」


 言い合いを断ち切るように、一つの声が響いた。


「ベルゼン、悪いがここまでだ」


 うっそりと一度姿を消した舞台奥の扉から現れた筋肉エプロンは、後ろに数人の男を連れていた。ベルゼンが舌打ち混じりに「早すぎるだろ」と苦々しく言い捨てる声が聞こえる。


 バタンッ、と扉の閉まる音に振り向くと、公開検査場の一般出入り口の扉が一人の男によって閉められていた。男の服装は筋肉エプロンの後ろから現われた者たちと同じ、黒い軍服である。


「一人、二人・・・・・・ここにいるのは全部で八人か」


「ええ、少し前までもう三人、商人がいたのですが、彼らはそれぞれの購入品と共に通用口から帰っております」


「我々の姿は見ていないね?」


「はい、大佐がいらっしゃるより前に出ています」


「けっこう。犠牲者はなるべく少ない方がいいからな」


 軍服の一人が筋肉エプロンと会話している。黒髪に白髪が半分交じり片目に眼帯をした姿は圧倒的に鋭い空気を(まと)っていて、言わずもがなの生え抜きの軍人と言った感じだ。

 軍人たちが出入り口を封鎖して「犠牲者」なんて言葉を使うなんて、嫌な予感しかしない。


「気をつけるべき者はいるかね?」


「はい、魔道士が二人います。あの灰色のローブの男と、すぐそこの金髪の青年です」


「魔法は意味を成さん」


「そうでした。あとは地元の猟師とそこの小さいのはそこそこ腕が立ちます」


 この「森の動物専用検査場」はみすぼらしいが国の施設だ。筋肉エプロンはいわば公務員なのだが、軍人に対して見事に敬語で対応しているところみると、そもそもここは軍の管轄で直属の上司なのか・・・・・・って、よく考えたら「小さいの」って俺のことかよ! もうちょっと言い方があるだろう。ののびのびとした気持ちの良い若者、だとか、何度か一人で狩りをして持ち込みしたことのある見込みのある弓使い、とかさあ。


 しかしどうもまた面倒なことに巻き込まれたみたいだな。軍人が乗り込んでくるってだけで物騒なのに、出入り口を固めて会場にいる人間の戦力を確認しているなんて、もうそんなのは口封じのための皆殺し狙いじゃないか。

 俺は静かに人数を増やして会場中に展開する軍人たちを見ながら、その人数を数える。


「十五人、ですね」


 ラルクがすっと俺とトールのそばに来た。

 猿より数は少ないが、さすがに閉じた空間で職業軍人相手じゃあ逃げるだけでも難しそうだ。出入り口の扉をなんとかこじ開けたとしても、たぶん建物の外にも何人か置いているだろうし・・・・・・正直なことを言えば、俺一人、あるいはラルクとだけだったら逃げられる自信はある。だが、老女や娘、トールなんかも一緒にと考えると、ここからの脱出は絶望的に思えた。まずあてにできる戦力が未知数過ぎる。


「ラルク、おまえのさあ、その、魔法ってどれくらいのレベルなの?」


 剣はそこそこの使い手だったと記憶しているが、あんなオレンジ色の魔方陣なんて一度も今朝の猿との乱闘では見かけなかった。それはラルクの魔法が戦闘に使えるレベルではないのか、それとも戦い向きの使い方ができるものではないのか、あるいは今朝の猿は魔法を使う必要もない雑魚だと思ったのか・・・・・・今の状況では後者であってほしいが、ラルクの答えはあっさりしていた。


「私の魔法は当てにしないでください。血にまつわる魔法とか呪術とか、得意分野に偏りがあるんですよ。戦闘に使えるのはせいぜい使い魔くらいです」


「使い魔ってのがよくわからないけど、つまりそっちは期待しない方が良いってことか」


「使い魔は戦闘補助に使えるもの、くらいに考えてください。だから、正直僕とキルファさんだけならなんとかできそうですけど・・・・・・」


 言外で他の者たちの脱出までは請け負えないことを伝えられる。かといってラルクも目の前のトールや老女などをこの物騒な場所に置き去りにするつもりはないのだろう。俺とひそひそ話をしながら、彼はミナと呼ばれた娘さんに合図して老女と、そしてトールと一緒にいるように指示し、彼らを背にし、さりげなく守りやすいかたまった陣形を取っている。

 俺は会場をもう一度ざっと見渡してからひそひそ話を続ける。


「あっちの魔道士はどうかな? 強い?」


「さっきの睡眠魔法の早さからすると強いですよ。でも、眼帯の軍人が“魔法は意味を成さない”って魔道士対策をしているようなことを言っていたでしょ? それがどれくらいのものだか・・・・・・」


 そうだった。じゃああの魔道士が共闘してくれてもあてにできないってことか。そうなると・・・・・・魔道士の横にいるあのターバンの少年の剣士としての力量くらいしかもう頼りになりそうなものはないのかよ。

 ・・・・・・って、よく見たら寝てる! あいつこんな時にどうやら寝てるっぽいぞ! こりゃあとんだ肝の据わった将来大物の予感のする奴だぜ・・・・・・って馬鹿! 今寝てたら将来自体がないだろ‼


「おまえら、何こそこそ話してんだ。軍人が来たからって心配するな。俺はまっとうなエリニア国民だぞ。まさか軍人様が自国民に手を出すことなんてないだろう、なあ、ベルゼン!」


 すぐ後ろのトールが緊迫感の増す空気を断ち切るように声をあげた。俺たちのひそひそ話が多少聞こえていたのだろう。彼のすぐ隣にいる老女とミナが不安に感じているのを安心させる意図もそこには感じられた。

 だが、眼帯軍人と合流したベルゼンから返ってきた答えはその心意気をしっかりと挫くものだった。


「だからこうなる前におまえだけでも逃がしたかったんだよ」


 ぎょっとしたトールの気配を背後に感じる。それまでのやりとりを見る限り、彼らは親友とかべったりとした関係で無いなりにこの「検査場」の常連としてひそかに心の通った気の置けない間柄らしかった。それが急にバチンと絶たれたような、か細い友情など職務の前には当然下位に置かれるというベルゼンの意思が冷徹な声から漏れていた。

 それを合図にこの状況が「会場内の人間の殲滅(せんめつ)」だと明確に理解したのだろう。軍人が入ってきてからじりじりと出入り口へと近づいていた商人が「わああ」と声をあげて無茶な突破を試みた。すかさず出入り口を封鎖していた軍人の剣が(ひるがえ)る。

 血しぶきが舞い、老女とミナの悲鳴が響き渡る。


「何をやっとるか! 踏み込みが甘いぞ」


 一喝が眼帯軍人から発せられると、会場内の空気がビリビリと震撼した。直前、商人は本当に攻撃されたことに驚きすぎて逃げ腰になったことが幸いし、二の腕にざっくりと傷を受けただけですんでいた。


「くそ! ただ商売しに来ただけで何で殺されなきゃなんねえんだよ! なあ、眼帯の人、あんたヴォルキャストさんだろ? あんたの屋敷にも俺は肉を卸しているから何度か見かけたことがある。俺だけでも見逃してくれよ! 嫁も子供もいるんだ! なんでこんなことに巻き込まれなきゃならないんだよ‼」


 ひいひい言いながら端の席まで逃げ走る商人を出入り口の軍人は追いかけない。もし追いかけて出入り口の封鎖が手薄になるなら走り込んで逃げられるかも・・・・・・という俺の淡い目論見はすぐ潰えた。


「悪いがな、“猿”を見た人間はできる限り少数にしておきたい意向なのだ」


 意向? 一体誰の? 軍を動かす意向なんて、王くらいしか――。


「バーガス、いつも動物や“動物もどき”相手に精肉屋のような仕事をさせてすまんな。今日は久々に軍人らしく人間を相手にさせてやる。あれはおまえの獲物だ。とどめを刺してこい」


「はっ」


 筋肉エプロン・バーガスは従順にヴォルキャストに頷くと、舞台上で数々の動物を屠ってきたのと同じ剣を片手に手負いの商人を目指した。


「すみませんが、“猿を見た人間”って、ここにいる人だけじゃありませんよ? キルファさんは肩に担いで移動していましたから、町中の人が見ています」


 場違い発言はヴォルキャストの意識を手負いの商人からラルクに明らかに移動させた。


「ほお、“猿”を見たのはそんなに多いのか。だが、町で騒ぎになったか?」


「いえ・・・・・・」


「そうだろう。ベルゼンが猿のことを伝令してくるまでそういう訴えも上がって来ていない。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。記憶にも残らない“たぶん動物もどきのでかい猿”ってだけだ」


 洗脳、とは言えないが、確かにこの会場で本物の“動物もどき”やラルクの魔法を見るまでは、いちいちあの猿への違和感を大事にする者など町の人間にはいなかった。猿の異常さに気付き、それを記憶して吹聴することをこの軍人たちは止めたいのだ。


「若いのに残念だがな、君にはここで死んでもらう。“動物もどき”が暴れて殺された、と家族には報告してやるから安心し・・・・・・!」


 特に重要なことを話している気負いも無く、ぞんざいな様子で話すヴォルキャストが途中で言葉を止めたのは、彼の頭上から剣が降ってきたからだ。

 危うく(かわ)したヴォルキャストはやっとそこで気付く。それが筋肉エプロン・バーガスのもので、彼はすでに息絶えていることに。


「おまえ、あの猿のことについて詳しそうだな。そういう奴を探しに来たんだ」


 ターバンの美少年がバーガスの血がついた剣を拭いながら、ヴォルキャストを見下ろした。


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