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1 森の面倒ごと

 面倒なことに巻き込まれた。

 それもこれも、面倒な奴に関わったせいだ。

 老婆心なんか見せるんじゃなかったと後悔してももう遅い。

 血煙が馬鹿みたいに方々で上がっている。

 騒がしい猿の声がつい昨日出会った同業者の断末魔の悲鳴に重なる。

 昔の偉い詩人は猿の啼き声を悲し気だとか言っていたらしいが、そいつの首根っこを掴んでこの場に引っ張り出してやりたい。次からは血に飢えた殺戮の願望としか聞こえないようになるだろう。


 弓弦を引き絞りながらふと思う。荒れ狂う獣が相手のいいところは、ためらうことなく射ることができることだな、と。

 弓弦を離した途端に的を射た感覚が全身にぶつかるように訪れる。物理的に距離の離れたところの成否などわかるはずはないのに、この感覚は弓使いに共通している。獲物の生死までわかるようになるにはさらに時間を要するが、確かな死の手ごたえは今俺の体を包んでいた。


 続けて三匹ほどの猿を弓矢の餌食にしながら、乱戦模様の眼下の様子を眺める。

 三十匹を超える数だった猿の群れは半数まで減っている。

 だが、十人を超えていた仲間の数はさらに減って四人しか見当たらない。

 この戦いに参戦する理由となった「面倒な奴」は無事に生きている。当然だ、俺の弓の援護があるわけだし、それに――。


「ギャギャッキャキャーーッ!」


 突然足元から這い上がってきた奇声に目を向けるのと、俺が立つ樹木の枝に猿の手がかかるのが同時であった。そりゃあ猿だから木に登るのは得意だよな。

 凶暴な猿臂が、がむしゃらな勢いで脇腹を掠めていく。我ながら器用に(かわ)して至近距離から弓弦を解き放つと、鋭い音と共に凶暴な攻撃者の眼窩(がんか)に弓矢が羽の位置まで押し込まれた。頭が平らな猿にはこれで脳まで貫通する。それでも最後の力を振り絞って枝を引き千切って落ちていく死に際に、俺は人間のような執着を感じて背筋を凍らせた。


 人に近い馬鹿でかい図体や人語を解するらしいこと、簡単な武器を使いこなし革鎧を着こんだ姿からわかっていたことだが、こいつらはただの猿じゃあない。半人半猿の化物だ。


 足場の枝が折られて不安定になったのを機に、俺は樹上にこだわるのをやめて下に降りることにした。危険は百も承知だが仕方ない。地上に降りれば弓兵の俺の利点は減るが、ずっと上にいたところで人間の残りがわずかなのだから各個撃破されるより寄せ集まって防御していた方がいい。それに、矢の残りも少なくなってきた。回収しながら猿に対処したほうが確実だ。


 二抱えもある大木を枝から枝に飛び移りながら降りると、目ざとい二匹が小賢しくも人間様の真似をして剣を振りかざして向かってきた。俺自身は腰に短剣を帯びているが、これは折り紙付きのなまくらもんだ。いつも干し肉を切るのだって苦労している。

 俺の剣の腕はからっきしだから、飾りで付けているだけでこれで対応しようとは思わない。俺は地上に降り立つと同時に横っ飛びに飛ぶと、二匹の猿が一直線に重なる場所で弓を射た。

 「ギャッ!」という悲鳴が二つ同時に聞こえると、一本の矢で首を仲良く貫かれた猿が二匹並んで地面に倒れた。


 そのまま止まらずに走り続けて下生えの中に転がった俺の過去の犠牲者たちから矢を回収する。血糊をふき取って矢筒に入れながら手近な木を背にして周りを見渡すと、少し遠い木々の間に一人の男が猿三匹を相手に苦戦しているのが見えた。例の「面倒な奴」じゃないな、あれは……と考える必要もないか。名前なんて知らないんだ。ただ貴重な仲間(にんげん)に違いない。


 まず一匹の耳の穴に矢を通して、二匹目には頸動脈、さらに三匹目を狙っているときだった。

「キルファさん!」

 聞き覚えのある声の方に視線だけを向けると、左後方から覆いかぶさって襲ってくる猿の影があった。だが、俺はすでに矢を引き絞っているのだ。


「遅えよ」


 体ごと猿に向き直ると同時に、俺は目の前に迫った猿が杜撰に着込んだ革鎧の隙間から心臓目がけて矢を打ち込んだ。

 猿は一瞬訳がわからないといった顔をした後、胸に二つ生えた棒を見下ろしたまま俺の眼前でこと切れた。


「大丈夫ですか!」


 猿の胸に生えた()()()()()()()()()()()()の棒が背中側に引き抜かれると同時に、猿の体はどうっと前に倒れこんで俺を押し潰した。

 「あ!」と焦って声の主が猿の体を横に倒して俺を助けてくれるが・・・・・・うう、血がべったりと付いたし気持ち悪い・・・・・・。そんな俺の気持ちを察してないのかわかった上でなのか、声の主はさっと細身の剣の汚れをマントの端で拭ってから、俺に視線を合わせてにこりと微笑んだ。


 木漏れ日にキラキラと輝く金髪に縁どられた顔は、この荒くれた冒険者家業をするには整いすぎている。同じく金色の長い睫に縁どられた瞳は美しく澄んだ湖沼と同じ青色で、細面の繊細な顔立ちには男らしい骨張りと少年のあどけなさが混じっている。


「間に合ってよかった。キルファさんがご無事で何よりです」


 心底安堵した表情に偽りはない。俺は猿の胸から自分の矢を回収して「お前の剣で助けられたわけじゃないけどな」と静かに主張してみたが、金髪の美青年は顔ほどに繊細なわけではないようで、何かを感じ取った様子もない。そもそもこのお坊ちゃんにそういった裏の意図を読むことを期待した自分がバカだったと、俺はどっと疲れを感じてため息をついた。

 やたら品のあるこの美青年こそが「面倒な奴」だ。


「残っていた猿は逃げたようだが、人間の残りは何人だ?」


「見たところ僕たちだけです」


「は? いや、さっきまであそこに残っていた奴は?」


 三匹の猿に襲われていた男がいたところまで駆け寄ってみる。と、確かに俺が加勢して倒した二匹の猿ともう一匹が折り重なって死んでいたが、肝心の男の死体はないうえに気配も消えていた。


(猿の奴らに(さら)われた? もしくは・・・・・・)


 自分の思いつきに血が湧き上がる。周囲にざっと目を走らせるが、自分が思い描いたものは見当たらない。


(焦るな。自分の気持ちさえまだわかっていないんだ)


 俺は深呼吸して意識を切り替えると、すぐ後ろまで来ていた「面倒な奴」を振り返り、なまくら剣を引き抜いた。


「猿の死体から生首を狩るぞ。町まで戻るんだ」


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