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7.爛々アンビバレンス

 ここはグザヴィレがセリアを歓迎した場所。そこではグザヴィレと獣人二人が黒煙兵と対峙していた。剣を片手に持った黒煙兵は今にもグザヴィレらを殺さんと炯々(けいけい)とした瞳を向ける。

 どちらが先に仕掛けるか、そういった読み合いが始まろうとした時、アイボリー色の髪色をした男のロレックが前に出た。


「八と五のフォーメンションで分けるぞ。それとあまり前に出るな、イカれたジジィに肝を盗られる羽目になる」


 そうロレックは吐き捨てるように述べると即座に隊員は獣人の方へ五人、グザヴィレの方へ八人対応出来るよう動き出す。その様子を見たグザヴィレは顔を若干顰めた。


「ふむ、人類の進化とは何だか分かるかね? それは、絶え間ない苦痛と試練だ。感じられる痛みが増せば増すほど、傷が癒えてくる。今キミ達が立っている地面の奥底に死体が埋まっているように、人類は強くなって甦る。とても素晴らしい啓蒙だろう? 首輪付きの子犬さん?」


「てめぇの宗教と実験に興味は一つもねぇ。俺達が丹精込めて()ってやるから早く死んでくれ」


 言葉を言い終えると一気に隊員らがグザヴィレに向けて魔法を発射する。火球、闇球、岩球と属性の相性が良いものを次々と投げ、グザヴィレを牽制した。

 だが、彼がこのような一直線に飛んでくる飾り気のない球に当たるようなヘマは当然しない。次々とそれらを避けるグザヴィレは同時にアーツを発動させた。


「人は目に見えないものを嫌う性質があります。『鎌鼬』」


 目では到底視認出来ない、風のような透明の刃が放たれる。当たると簡単に胴体が綺麗に切れるだろうそれに、隊員らは微塵も動揺せずに放たれた弾道を予測してさらりと避けていった。その事態に眉を少しあげたグザヴィレは、作戦を少し変更することを決める。


「弱点をご存知でしたか、いやはや参りましたねぇ……あまり盤面の駒を早く進めることは些かしなくありませんが……」


 顎を触りながらそう言ったグザヴィレは、鎌鼬のお返しとばかりにやってくる攻撃の数々を避けたり障害物に隠れたりしてなんとかやり過ごす。

 気付くと、徐々に広々としていた部屋の中央で戦闘をしていた筈が、いつの間にか部屋の端寸前まで追いやられていた。グザヴィレは、遠くから聴こえる金属同士が叩き合う音に僅かながら嘆息し、仕方がないといった様子で一歩前に出る。


「……まぁこうなると思いましたが。では皆さん、これから行われることは精一杯、目で、耳で、鼻で、皮膚で堪能して下さい。──私にキミ達の裏側を披露してくれ、『確固たるパラノイア』」


 隊員らは、彼の先程とは全く違う雰囲気を感じ取ったのか、一度攻撃をやめて観察をすることに徹した。未知のアーツというのは怖いものである。いつ、何が、どうなって、どのように朽ちて逝くのか全く分からない。

 そんな恐ろしいものに対して、副兵長のハブはおろか、兵長のロレックでさえも五感を最大限に使い、純黒の一切混じり気のない瞳をグザヴィレにじっと向けていた。


 アーツ発動時から数秒後、息を潜めるようにグザヴィレを観察していたイロットの挙動が突然おかしくなる。


「……ッ!? お、おい、お前はあの時の、鋼鉄のデュラハンッ、ではないのか!? なぜここにいる!? また俺の全てを奪いに来たってのかッ!」


 イロットの視線はグザヴィレからかけ離れた場所を捉えていた。その位置には誰もいないはずなのに、彼は心慌意乱(しんこういらん)の様子で必死に何かを呼びかける。

 そんなイロットの取り乱している姿を普通ならなんとかしようと隊員らは動き出す筈だが、今回に限ってそのような事はしなかった。


 何故ならば、グザヴィレに差し出されていたイロット以外の隊員全員にこのような()()()()()らしき症状が出ていたからだ。


『……ははっ、兄弟……お前死んだはずだろ……なんでそんな酷いことばかり言ってくるんだよ……』

『違う! 私は見殺しになんてしていない! アレはしょうがなかったのよ……!』

『……クソッ! 見れば見るほどマジの実物に見えてきやがるッ!』


 彼らの反応は十人十色と言ったところである。どうやら彼らがどのような幻覚を見ていて、どのような幻聴を聞いているのかはそれぞれ異なっているようだ。更に、時間が経つにつれて、彼らの正気度はどんどんと削り落ちていった。

 隊員らは戦場で踊り回る。それはまるで、上から垂れている糸が彼らを操作して操っているかのように。


 そのような光景に、グザヴィレは恍惚とした表情を見せる。


「嗚呼……なんと素晴らしい。恐怖という感情は常に人を狂気の沙汰へと引きずり込んでいく。おそらく彼らは今、私が喋っているこの時も過去の脅威の対象によって精神に異常をきたしてしまっているだろう。──だが、私は信じている。恐怖の対象が超克の対象になるその瞬間を!」


 その時、イロットは何もない空間を雄叫びを上げながら切り続けていた。そしてついに、最後の一撃と言わんばかりに剣を横一線に振り下ろす。

 何かに打ち克った時の発する勝利の雄叫びを上げた。


「おおおおァ! 遂に! やったぞ! 俺は今、因縁の鋼鉄のデュラハンに打ち勝ったんだッッッ!!!」


「それはそれは、大変おめでたい」


「……ぇぁ?」


 歓喜するイロットの背後からざしゅっ、とグザヴィレは短剣を彼の心臓に突き刺した。イロットは自身に刺された短剣をぼんやりと見たあと、ゆったりとその場に崩れ落ち、それきり動かなくなってしまった。


「さて……全て遂行するのは少々骨が折れる。全く、歳をとってもいい事はない……おや?」


 グザヴィレは次の受刑者を求め、誰にするか決めていたその時、ロングソードが視界の大半を占め、彼に向かってこようとしていた。

 彼は咄嗟に上半身を(すぢ)らせ、避けようとするが完全には避けきれず、血が腹の部分から滲み出て彼が着ている白衣を紅く染め上げる。


 体勢を立て直して正面を見る。そこにはロレックとハブがロングソードを構えて立っていた。


 ロレックはボリボリと自前のアイボリー色の髪を掻きながら小声で悪態をつく。


「厄介なことしやがって……素質のあるスラムのガキを四六時中、教育したのが裏目に出たか……まぁいい、終わったら全員お楽しみの折檻コースだな。 ハブ、行くぞ」


「おう!」


 周囲が呻き声と叫び声で飽和されている空間で、ロレックとハブだけが正気を保っていた。二人は一瞬、互いに目を配らせ、次の瞬間には駆け抜けていく。右からロレック、左からハブがグザヴィレに対して若干の円を描きながら襲いかかろうとする。


 グザヴィレは二人の連携を見て何を思ったのか白衣の中に左手を突っ込み、注射器らしきものを掴んだ。どろどろと、泥とひと目で彷彿とさせるその液体を。


(いにしえ)の恐怖に負けない蛮勇の男よ。アリアを奏でるような狂気にひれ伏すがよいッ!」


 躊躇なく手首に流し込んだ。するとどうだろう、みるみるうちに瞳孔が拡がり、あっという間に毛細血管の浮かび上がった朱色の瞳に変貌を遂げた。元からあった金色の瞳の姿は見る影もない。

 彼はいとも容易く二人の同時攻撃をひらりと持っていた剣で受け流した。

 

 朱色の瞳から光の残滓が救済を乞うかのように飛び散った。


「せいぜい肝が盗られないよう、気をつけたまえ」




 ******




 一方、奴隷側では、両者均衡を保った闘いが繰り広げられていた。奴隷二人と隊員四名が対峙する。その丁度真ん中に、一人の隊員が腸を撒き散らしながら息絶えていた。


 少女の方の獣人が張り詰めた空間を破り、四足歩行混じりの走りで一人の隊員に肉薄する。その姿はさながら獣のそれに等しい。何かを掴もうとするかのように手を広げて、紫凶石で強化された膂力で隊員の胸に突こうとする。

 しかし、曲がりなりにも歴戦の精鋭部隊。隊員は彼女が躍り出ることを察知していたのか、泰然たる動きで一歩後ろに下がり、彼女の攻撃を躱す。その瞬間、周囲にいた隊員二人が剣を彼女に突き刺そうとする。

 彼女は即座に逆立ちし、足を広げて薙ぎるように攻撃して牽制した。


「……ッチ、化け物が。紫凶石はキマる為にあるもんじゃねぇってのに。倫理観と縁を切ったヤツらは、どいつもやりにくいったらありゃしない」


「私は悪いことをしているわけではありません。悪の陳腐さ、というやつです。受動的な悪は果たして防ぐことが出来るのでしょうか?」


「知るかよ、って言いたいとこだがその話は既に結論付けている。俺も昔はおめぇみてぇな無機質な目をしたガキだった。だがな、必死に藻掻いて俺は今ここに立ってるんだ。……これが俺の結論、流されっぱなしのヤツは皆気づいた時には三途の川までたどり着いちまう。来世はもう少しマシな職に就くことだなクソガキ」


 空虚な問いに真摯に答える隊員。その問答の後、泡沫の静寂が場を支配したが、今度は黒煙兵側が先に動き出した。一人の隊員が魔法で炎球を生成し、彼女に向かって飛ばす。

 それを強化された脚の動作によりすんなりと躱そうとするが、その先には剣を持ったもう一人の隊員が待ち構えていた。


 その隊員が剣を彼女に向けて振ろうとするが、その前に少年の方の獣人が彼の真下から腕を伸ばすのが見えた。


「しまっ……た」


 伸ばされた腕は彼のお腹を貫き、貫いた手は抜き出した臓物と共に背中から生えでるように出る。


 途端に力が、まるで底が抜けたグラスから溢れる水のようになくなっていく。だがその場に崩れ落ちる彼は最後の膂力を振り絞り、腰に備えていた短剣を抜いてなけなしの生気を頼りに、全身全霊に込めた一撃を獣人の足に突き刺した。


「クッ……痛い……」


 思わず苦渋の表情を見せる獣人。突き刺した短剣は紫凶石の影響もあってか骨までには至らなかったが、中々の深い傷を負わせることに成功した。それを見届けた隊員はやることはやったといわんばかりの顔でこの世を去った。


 このチャンスを見逃すものかと彼の背後に回った小柄な体格をした隊員が頭目掛けて剣を薙ろうとするも、新鮮な隊員の死体でガードし、そのまま突進。死体ごと手を突き出して臓物を抜き出した。


 ビクンと一度痙攣した後、その隊員は倒れる。転覆する隊員を終始見たあと、ホッとした様子でガードした隊員を横に下ろそうとした時、その死体に剣が生え、獣人の首に命中した。驚愕した表情を見せる男の獣人。彼の見る先には剣を無表情で刺す小柄な隊員がいた。


「なるほ……ど……横転し……たぁ……奴の背……後に……隠れて……たかぁ」


 そう言って彼はガードした死体に下敷きになって、そこで息絶えた。


 その時、少女の方の獣人は激しい攻防戦を繰り広げていた。隊員がアーツを唱える。


「『魔・束縛(デ・バインド)』」


アーツによって足と手が、得体の知れない人工の影によって束縛される。その隙に隊員が剣で袈裟斬りをしようとするが、彼女の歯が剣のブレードを捉え、そのまま咥えた。


 ギチギチギチ……


 歯と刃が当たる音。紫凶石が与えた効果は末端の部位である歯にも強化させる。しかし、唇の端から僅かながらの血が流れてしまう。

 その様子を見て埒が明かないと思ったのか、持っていた剣を前横に押し込み、獣人と一直線になった剣から右手を外して右足をブレードに置き、思いっきり力を足に込めた。


 歯に込める膂力をより一層強める獣人。だが、唇は割けてどんどん刃は奥へ僅かながら進んでゆく。

 次の瞬間、アーツ(デ・バインド)の効果が切れる。


 ブレードを押し込む力も相まって背後に転倒する。刃を押し込んでいる隊員は、足を退かずに右手で腰に備えていた短剣を抜き、そのまま間髪を入れずに獣人のお腹に刺した。


「あああああああぁぁぁッッッ!!!」


 囂々(ごうごう)たる大声が響く空間に、ソプラノの音色を持った声が木霊する。


 彼女は咄嗟に紫凶石へ魔力をつぎ込み、脳内に興奮状態へと誘う物質を分泌させて痛みを緩和させた。すると、人は死ぬ寸前には冷静になるもので、獣人はすぐさま次の行動へと戸惑いなく移す。


 まず、束縛がなくなった右手で自身の腹に突き刺さっているナイフを強引に引き抜く。決して少なくない血液量の血飛沫が飛ぶが、そんなのはお構いなしに引き抜いたナイフを隊員の脚に向かって刺そうとする。

 しかし、獣人の手の動きを窺っていたのか、その攻撃を横に飛ぶことで難なく躱す隊員。


 ところが、そのことまで予知していた獣人は、横に飛んだことで緩くなった圧力により、飛び上がりによる蹴りを隊員に炸裂させることに成功する。


 大きるよろめく隊員。そこに獣人が心臓部にナイフを突き刺した。


「クソ……油断し……た」


 口から赤黒い痰を吐き出した隊員は、その場で息を引き取った。獣人はその後、背後に潜んでいた最後の隊員に俊敏な動きで近づき、瞬く間に間合いを縮め、手を突き刺して呆気なく隊員に引導を渡した。


 女の子の獣人を除く、全ての周囲の者は地にひれ伏した。

 孤高の勝利を掴んだ彼女だが、戦闘が終わった今でも肩で大きく息を吐いている。お腹からは、血がだらだらと地に吸い込まれるように滴っていた。

 そんな時、彼女はある考えを脳裏に過ぎらせた。


「……必死に藻掻いて俺は今ここに立ってるんだ、ですか。確かに今全力で逃げれば、あの人から逃亡する事が可能かもしれません。──ですが」


 少女は出口の方へぼんやりと見ていた瞳を、死闘を繰り広げているグザヴィレに向けた。


 右手で肩に埋め込まれた紫凶石を優しく撫でる。


 一歩、また一歩グザヴィレと、闘っている黒煙兵へ足を動かす。


「受動的な悪を防ぐことが出来るのは分かりました。しかし、能動的な悪を防ぐことは出来なかったようです。

──最後ぐらい、人の役に立って死にたいものですね」


 彼女は黒煙兵の間に身を投げ込んで、自らを爆発させた。




当初予定していなかった獣人コンビです。

健気に頑張っていたので長生きさせたかったのですが早めに退場してしまいました。

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