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5.薄暗い小さな闘技場にて

「セリア君! 私は表に出るから君は裏側を任せる! 闇刃(ダークエッジ)の名が伊達じゃない所を連中に見せつけたまえ!」


「あいよ、言われなくとも分かってるさ!」


 魔道具がピクリともしなくなり、真っ暗な画面を二人は唖然と見ていたが、我に返ったグザヴィエは直ちにセリアへ指示を出した。

 セリアは、彼らが壁を突き破って襲撃してくる可能性を考えていたが、そこはグザヴィエの老獪さと狂気を信じることにする。一応セリアは壁を叩いて厚さと密度を確かめるが、返ってきたのは申し分無い頼もしさを持つ音であった。


 裏側の外に続く扉は表側のよりも小さい。しかし、その扉が付いている部屋は大きく、なおかつセリア自身を簡単に隠せる障害物がゴロゴロ置いてあった。セリアはその部屋の様子を見て、あえて戦いやすいように置いたのか、それとも単純に彼が整頓を面倒くさがっているのか考えたが、結論は出なかった。


 手ごろな障害物に身を隠し、いつでも扉からやってくる者へ投擲できるよう先程グザヴィエから貰ったナイフを構える。

 構えたナイフのブレードがセリアの濁った黒い瞳を映す。


 一心不乱という様子で扉に集中する。既に辺りからの音は何も聞こえない。そのことが彼女の逞しい心にぬるりと緊張をブレンドさせた。


 そして、次の瞬間──


 バアアアアァァァァァンンン!!!


 地響きの如く轟音が建物内で鳴り響く。空気を振動させるそのけたたましい音にセリアは一瞬気を取られてしまった。


 その音と共に、扉が僅かに開き、外から何か小さい球体の物体がセリアの方へ投げられる。音に気を取られていた意識をまず取り戻し、次に無意識の呪縛を体から解き放ち、遅れながらも間一髪でその場から身体に青白いオーラを纏わせながら離れた。


 パァン!


 先程の轟音と比べると生易しい音色を轟かせていたが、それでもセリアは至近距離から聴いたこともあって僅かながら肝が冷える。

 しかし、安堵する間は一時のものであった。連撃と言わんばかりに扉が乱暴に開かれ、外から灰色の外套を着飾った者達がセリアへ魔法を飛ばしながら中へ入り込んだ。火球、氷球、岩球、闇を纏わせた禍々しい球、様々な種類の魔法が一直線に飛んでくる。

 セリアはその攻撃をまるでマリオネットと共に踊る奇っ怪な人形師のような動きで全て躱した。決して舞踏会で踊る貴族令嬢のような仕草は見られない。ただ勇猛に、少々泥臭く、今を楽しむ自由人のような動きを示していた。


 攻撃が一旦止む。だが、黒煙兵の侵入を許してしまった事実にセリアは無意識に唇を噛んだ。


「……ッチ、『神体憑依』のアーツを纏わせてなかったら今頃お陀仏だったぜちくちょう!」


「あら? お気に召さなかったようね、あたしらのサプライズ」


「あったりめーだクソビッチ。お蔭でオールインしか選択肢がなくなったじゃねーか」


「噂を耳にした通り、随分と口が悪いようね闇刃(ダークエッジ)。今日はそのお顔を紅く染め上げてあげる」


「……口遊びはそこまでだルーシア。……さっさと終わらせるぞ」


 両者、障害物を挟んで軽口を言い合う。どうやらルーシアはセリアのことを知っているらしい。口元を不敵に歪ませた彼女は、入り込むタイミングを見計らっているようだ。

 状況としてはセリアの方が不利に傾いている。彼女自身それは感じており、脂汗が額から一滴流れ落ちた。彼女は、音の反響とナイフの反射で俊敏に敵の位置を把握する。


「……ああクソ。舐めやがって……『黒闇の一閃』」


 セリアの持っているナイフが黒く染め上がる。暗澹たる色を纏わせたナイフ。それはいかにも度し難い雰囲気を醸し出していた。恐らくブレードに触れれば、並の物はバターのように切ることが出来るだろう。それは、人間の肉体も例外ではない。


 セリアは背を屈め脚に力を出来るだけ込める。体には青白い残滓を纏わせており、彼女が黒闇の一閃の他に神体憑依も同時に使っていることが明らかになった。

 彼女がその場から瞬時に飛び出す。地面に擦れる靴底の音。空気を突き抜ける風の音。双方が彼女の聴覚を支配する。

 彼女は闇一色であるナイフを事前に確認した位置に、肩で少し予備動作を入れた後投擲した。

 驚くことに、刹那の時間で投げられたナイフは一本ではなく二本投げられ、それぞれ別の方向へ飛んでいく。


 着弾場所にいる隊員らがセリアが投げたナイフを須臾の間で土の壁を作り対抗する。


 セリアを除くこの場にいる者全員が、魔法によって作り出された土の壁でナイフの軌道を妨げることが出来ると信じていた。彼らはナイフの脅威についておくびにも出さない態度を取り、すぐさまセリアへ集中攻撃をする。

 セリアは向けられた魔法をかすりながらも紙一重で躱し続け、スライディングでまた障害物へ隠れることに成功する。


 その時セリアは、少し遠くの場所からざしゅ、という響きが聴こえてきた。


「ッッッ! カハッ!!」


「あ゛あぁ……」


 どこからの残響かが明らかになる。先程土の壁で弾かれるはずだった、セリアの投げたナイフが壁を通り越してそのまま隊員の喉仏へぶっ刺さっていた。

 ナイフのブレード全てがくい込んでおり、アーツの効果が適用されない持ち手の部分がまるで喉から直に生えているように突き出ている。そこから血が湯水のようにドバドバと出てきた。

 彼らは周囲の物を蹴散らしながら暴れ回り、最期は障害物に倒れ込むように逝った。その様子を見ていた隊員らが、驚愕の表情を露わにする。


「はァ? どんなナイフ使ってんのよアンタ。……今死んだ奴の鎮魂の為にも死ぬ気でいくわよ」


 彼らの動揺した顔を端で愉快そうに見ていたセリアへ隊員の一人が彼女の背後を取って襲ってきた。手から伸びた剣がセリアの首元を狙い突き刺さんとする。

 セリアはバックステップで瞬時に避け、その動作と共にナイフを投げた。ナイフは暗闇の残滓を辺りに撒き散らしながら狙いの心臓へ飛ぶ。

 しかし、体をずらされた為、脇腹へ命中することとなった。それを見て歯軋りをするセリアだが、そんな無駄な動作をしている余裕はない。


 セリアは自分の影が濃くなっていることに気がつく。次の瞬間、障害物の上から飛び込んできた敵が短剣をセリアに突き刺そうとしていた。

 転瞬の間、反応に遅れたセリアは押し倒されるが、短剣を掴んでいる方の手首を掴むことに成功する。しかし、成人男性と思わしき者と、可憐な少女とでは、果敢に食らいつく少女であっても流石に力の差は覆せれない。

 徐々に銀の刃というギロチンが近づいてくる。セリアは切羽詰まった声をあげた。


「そこからどけぇぇえ! 『神体憑依』ッ!」


 蒼色のそれがセリアを纏う。圧力を跳ね返したセリアは、死神の鎌を寸で躱す。機敏に内衣嚢からナイフを逆手で取り出すと拘束した敵に、アーツを掛けず敵の首元へ勢いよく振り下ろした。同時に、敵が背後から奇襲を掛け彼女目掛けてダガーを投擲する。


 セリアは、振り下ろしたナイフによって敵が息を途絶えたか確認せずに、アーツによって怪力となった両手でその敵を真正面に盾として向ける。


 ザクッ、と肉に刃が食い込む音が間近にいたセリアの耳に入る。食い込まれた敵は一瞬ビクッと痙攣したのち、脱力した。セリアはその敵を離さずに盾としてガードしながら突進する。そして()越しにナイフを投擲した。

 ダガーを投げた敵は避けきれずに額のど真ん中に命中し、そのまま転倒。地面に赤い液体を撒き散らす。


「ゴールインッッッ!!!」


 獰猛な笑顔を見せるセリア。持ち前の灰色の髪を紅に染め上げ、着ている外套に滴る血を乱暴に手で払う。そんな彼女に接近するある二人がいた。


「お前ら! 下がってなさい!『狂剣(ルーナブレード)』ッ!」


「……任せろ」


 血で狂うセリアに忍び寄ったのはルーシアとタグロスであった。


 タグロスは自前の得物であるロングソードを手にして、セリアの前に躍り出る。一方、ルーシアは『狂剣』で生成した朱と黒の剣の感触をニヤニヤしながら確かめていた。その様子を目端が利くタグロスが目にすると忠告を込めた言葉をルーシアに投げかけた。


「……長く使うなよ。意識が持ってかれる……」


「安心しなさい。コイツに呑み込まれる前に絶対仕留めるから」


 どうやら狂剣(ルーナブレード)というアーツには制限があるようだ。このようにアーツにはメリットの部分が大多数を占めるが、デメリットの要素もある。例えば、セリアの使っている神体憑依は、一時的な身体強化が見込まれるがその代わり、使用後に倦怠感が生まれるのだ。


 丁度セリアは血で酔った頭が冷め始め、神体憑依による倦怠感が脳内にチラつき始めた。だが、現実は待ってくれない。早速タグロスがロングソードを手に、セリアの方へ駆け出す。

 セリアは、短剣で正面の相手をするのは分が悪いと思ったのか、一旦彼と距離を取ろうとした。


 しかし、セリアが逃げようとした帰路に剣が投げ込まれる。


「あんたの墓標はここよ闇刃(ダークエッジ)!」


「それはこっちのセリフだぜ!」


 セリアは投げられたナイフの場所を横切ろうとする。その時、彼女の左腕に何かが掠った。彼女の左腕からだらりと血が垂れ落ちる。


「!?」


 どうして。セリアの脳裏に一瞬空白が生まれる。ルーシアの挙動とタグロスの仕草を視界に収めながら移動したのにも関わらず、攻撃を当てられたことに心底驚く。伏せていた隊員が居るのかと周囲を仔細に眺めるが誰もいない。


 しかし、種はルーシアの方を見てみると一目瞭然であった。何故なら、ルーシアの右手には先程投げられた朱と黒のナイフが握られていたからである。現に、最前投げられたナイフの場所には地面の切り傷を残して本体がなくなっている。どうやらナイフがセリアの腕の傍を横切ったようだ。


「この子、もっと血が欲しいみたいよ、ヒヒヒッ」


 ルーシアは、恍惚とした表情でセリアを切った時に付着した血が、みるみるうちに刃内に吸収される光景を見ていた。その後、ナイフを宙に浮かす。宛ら生きているように空を泳ぐナイフにセリアは冷や汗をかかずにいられなかった。


 間合いと取っていたタグロスが突如動き出す。ルーシアが操っているナイフも同時に、セリアに向けて飛び出していった。


「あんたの外れたネジの代わりにどうぞぉ、ヒャッヒャッヒャッ!」


 ルーシアが狂喜の笑顔を見せ、乱暴にそう言葉を吐き捨てた。セリアはどっちがだよ、と危機が迫っているのにもかかわらず、そう思わざるを得なかった。

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