4.始まり
「おい、此処から先は奴の息が掛かった死地だ。分かってると思うが気を一瞬たりとも許すなよ」
黒い外套を着飾った十人から二十人ぐらいの集団がマギッド山の奥地へ足を運んでいく。その軍団の筆頭と思わしき人物である、黒煙突撃部隊兵長がそう呟く。
兵長──ロレックは少々憂げな様子で前方を見渡す。
そして、数日前に行った今回の“暗殺”についての会議に遡る。
ガチャ……
薄暗い、松明の明度が最大限に引き出されている狭い石畳の道をロレックがコツコツと靴で音を反響させながら進んでいく。そして彼は立ち止まり、扉を開けて防音室の中へ入った。そこには二十人ほどの灰色をベースとした服を着た者がおり、彼らは一斉にロレックの方に視線を集めた。
「なんですか兵長。隊員全部集めて、一発何かデカいのやるんですか?」
大海原を彷彿とさせる水色の瞳を持つ人物、イロットがそう問いかける。
「ああ、そうだ。お前らを集めたのはある人物の“暗殺”だ」
「ロレック兵長、こんなに俺らを集めたって事は相当な大物なんだろ?」
副兵長である金髪のハブが紅に染まっている瞳をロレックに向ける。
「ああ。皆、これを見ろ。あの世行きを約束された人物の写真だ」
ロレックは額縁に写真を素手で釘刺ししながら言う。写真に映し出されたのは白髪で瞳は金色、手には血と何かドロドロとした黒い液体を垂らしているグザヴィレのものだった。刹那、部屋に戦慄が走る。
「七等級のイカれジジィかよ。でも確かアイツはあっち側に腰を据えているはずだ。なんで俺らが出なきゃならない?」
「多分ここ数年噂になってるうちとあの国との和平関連の話だよ。改革派が遂に動き出したらしいんだ。それであの山は外交面でも、金銭面でも気が利くから、最速山を陣取るグザヴィレを抹殺したいそうだよ」
若干不機嫌そうなハブの言い草に大らかな口調で返すイロット。その様子を見た、この部屋では少数である女のルーシアが持ち前の剣を手で弄り回しながら毒々しい声色を場に出した。
「うちの国は資源問題、治安問題、そして外交関係はいつまでたっても良くならないわね……いっそ帝国に戦争でも仕掛けていかない? そしたらあの忌々しい和親派もぶっ飛んであたしらは戦争で儲けた金貨で豪遊ってわけ。ヒヒヒ、良いと思わない? ねぇ?」
「アホかルーシア。そんなことしたら市民に一斉蜂起されて派閥争いなんていう金がジャカジャカ入る楽しい仕事がなくなるじゃねぇか。それにどの道俺たちに戦争を仕掛ける権利なんてねぇし、あの方もそれを望んでないだろ」
「ふーん。それもそうね」
若干焦げた紅の色をした髪を持つルーシアは、ニタニタと醜悪に口元を歪める。その顔の瞳は翡翠色をしていた。ルーシアの戯言はハブによってバサッと一刀両断された。
会話が一旦切れたことを見計らったロレックはゴホンとわざと咳き込み再び注目を浴びさせる。
「配置はいつもどうりだ。ルーシアとタダロス、あとはいつもの奴らが裏取りで他の奴は俺と一緒に正面から叩く。既に建物の平面図が割れているからやりやすい。あぁ、そう言えば奴のアーツは『鎌鼬』だ。見えない風の刃だが、大きく避ければ問題ない。だが、まだ見ぬアーツが隠されている可能性が高い。注意深く観察するように。……あともう一つ」
ロレックは自前の髭を触りながら周りの隊員を一瞥する。
「さっき入った情報だが、奴が1人七等級の冒険者を雇うそうだ。おそらく邂逅時、グザヴィレとは別行動してくるだろう。もし裏に回っていたらルーシア、タダロス、徹底的に叩き潰せ」
「あいよ、あたしのアーツで脳に風穴開けさせるぜ」
「……任せろ……」
灯火が空気に踊らされるように翡翠色をしたルーシアの瞳がギランと輝った。続いて寡黙であるタグロスも返事をする。
そして何やらハブは嬉しそうにしている。先程の不機嫌な様子とは打って変わって口元が笑っていた。
「ロレック兵長! てことは今回俺らは同じ行動班ってことか!?」
「ああそうだハブ副兵長。久しぶりの同班だな。お前の顔を久しく見てみると俺らがガキの頃を思い出す。あの時は一生今日の飯を追ってたな」
ハブの上機嫌な姿にフッと笑いを零すロレック。そんな2人のほのぼのとした会話を近くで聞いていた隊員が彼らを茶化そうとする。
「……良くないですぜ、殺し合い前にそうゆうのは」
「ふざけんなぶっ殺すぞ」
ハブが兵員を威嚇するも、返ってくるのは反省の色ではなく、凛と奏でる絶賛の口笛であった。ハブは頭を抱えたが、兵長のロレックは表情を緩ませ口元を手で隠している。
「相変わらず呑気な奴らだ。もう少し黒煙突撃部隊の名の恥じない行動を願いたい」
ロレックが悪態を付くが、やはり彼らの心には届かなかった。
******
鬱蒼と茂る木々は闇夜によって昼間とは真逆の印象を受ける。時折聴こえてくる獣の叫び声は、まるで悪魔が降臨したと思わせる程の迫力を出していた。そんな山の奥に彼ら──黒煙突撃部隊らは、グザヴィレがいる建物を発見し、突撃する準備を始める。
「斥候が今戻りました。表に獣人が二名居ること以外問題ありません」
「恐らくグザヴィエに改造された手合いだな。奇襲を掛けてスムーズに終わらせるぞ」
部下の一人が兵長に言伝をする。兵長であるロレックは精悍な双眸を絶え間なく周囲の警戒に費やし、一瞬の隙も見逃さんとしていた。彼は部下聞いた内容と事前に調査していた情報とで頭の中で見比べ、瞬時に指示を出す。そして、裏へ回っている者以外の全員が動き出す。
その時、魁であるイロットの足が止まる。
「……嫌な視線を感じる」
小声ながらも聞き取りやすい声を発したイロットによって隊員が近辺へより一層の目を光らせた。数秒後、ハブが颯と背後の空に向けて予備で持っていたダガーを投擲する。すると先程までは何もなかったはずの空中の空間に透明のオーブが浮かんでおり、それにダガーが吸い込まれるように命中した。途端に無色透明のオーブに亀裂が入り、やがて地に墜ちた。
「……相変わらずお前の投擲には驚かされる。……なるほど、俺達の行動はお見通しという訳か」
「どうしましょうか兵長」
ハブは粉々に砕け散ったオーブを注意深く観察しながら、次の指示を従順に待つ。
「ハッ、決まっているだろう」
笑顔を見せ、立ち止まっていた足を再び動かし始めるロレック。
その背中は強者の風格なるものが確かにあった。
立派に生えている雑草を踏み抜き、手にはいつの間にかロングソードを手にしている。
もう片手の方で火の玉を生成した。彼はその生成した火の玉を頭上へ思いっきり投げ飛ばす。
まるで宴の音頭を取るかのように爽快に。
嵐は耐えるものではなく作るものだと言わんばかりに。
これからの戦闘に星の導きを──
そして、言葉を発した。
「突撃ッッッッッ!!!」
もし彼の走る姿をじっと見た人がいるなら、その人は恐らく彼が馬に乗ってそのままこちらへ突進してくると錯覚するだろう。彼はロングソードを真正面に持ち、背中を丸めた姿勢を保ったまま走っている。そして彼に続くのはまるで風の如く俊敏に動く灰色の人影であった。一体どれほどの人間が、黒煙と化した彼らを止めることが出来るのであろうか?
裏取りをしていた隊員は、夜空に煌めく一輪の花を確認し、とうとう突撃の許可が降りたことを悟る。こちらも合図を今か今かと戦意を滾らせながら待っていたこともあり、やる気は限界点まで来ていた。
遠くから大きな轟音が鳴り響く。その音を感じ取ったルーシアが舌なめずりをした。
「おー始まったねぇ」