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1.闇刃のセリア

 少女の左手には血で真っ赤になったダガーがまるで誰かを嘲笑うかのように紅く光っている。右手には圧縮された人間の頭のような物が握られていた。


「まさかこんな所でくたばっちまわないよなァ……」


 少女は口角を上げながらそう相手に語りかけるように呟いた。薄暗い部屋を少女は、ぎょろぎょろと獲物を追い込む獣のような目つきで辺りを見回す。


 コン……コン……コン……


 石造りで出来た地面は少女の靴の音を反響させる。少女がよたよたと歩くこと数歩、そこには扉があった。少女はその扉を乱暴に踏み倒すと、目線を新しくできたと言わんばかりの血痕へと移す。

 その血痕の向かう先、その一番遠い先である行き止まりには片腕を失くした女性がいた。少女はその女性を見つけると直ちに口元を歪ませる。


「僥倖だぜ、まだ踊れるかな?」


「この化け物が……クソッ……」


 女性は半端諦めたように舌打ちをした。そして、自棄っぱちに剣を少女へと向ける。少女は嗤いながら女性に話し掛けた。


「最後までイイ闘いをしようぜ、ラストバトルといこうかッ!」


 少女は右手に持っていた頭のような物を落とし、血を吸ったかの如く赤黒く染め上がったダガーを奥にいる女性目掛けて投擲した。そして、その落とした頭のような物を女性の方に蹴飛ばす。


 刹那──


 まるで少女が蹴ったそれが、殺し合いが始まる合図のようだった。女性は投げられたダガーを剣で跳ね除け、少女の首目掛けて剣を振った。

 だが少女は動かない。ただ斬られるのを待っているかのように。剣が首に触れるその瞬間、女性は口から血を吐いた。


「ガハッ……」


「──私の勝ちだ」


 女性が一歩、また一歩後退りながら首元を抑えてやがてその場で跪いた。女性は首元を見てみると刺されたような傷口をしている事に気づく。

 砂利と汗と血で汚れた手を躊躇なく首元に押さえつける女性。女性は朦朧とした意識の中、視界の隅で少女を捉えると、青白い光が少女の周りに渦巻いているのに気づく。少女はそんな彼女の頭に片足を置いた。


「じゃあな、売国奴?の女」


「ひゅう……ひゅう……」


 女性の首からダラダラと血が地面へと落ちる。どうやらその所為で息が出来なくなっているようだ。少女は不憫だと思ったのか顔を顰める。


「さようなら」


 足に思いっきり力を込め頭を踏む。するとまるでスイカが爆散したように脳漿と顔の皮膚が辺りに飛び散る。まもなくして蝿やミミズのような生き物がどこからともなく湧いてきた。

 どうやら女性の遺体は有効活用されるらしい。少女は何秒の間その様子を凝視し、やがて飽きたのか踵を返した。


「さて、帰るか」


 少女、いやセリアは何事もなかったかのように元の道へと歩いて行く。彼女の持つ漆黒の瞳は先程迄になかった生気が宿っていた。




 ******




 小鳥達が讃歌を唄うように囀る森林の道中。何処からか聞こえる水の音。馬車を引けば間違いなく揺れそうな林道。そこに灰色の髪をした一人の少女が独り言をする。


「そういえば『神体憑依(しんたいひょうい)』しか使わなかったなぁ」


 肩に僅かながら当たっている雑な切り方をしているのが丸見えの灰色の髪。覗いているとつい吸い込まれそうな微睡みを持っている黒暗の瞳。極めつけは全身に満遍なく赤い液体を浴びている容姿。


 少女(セリア)はダガーのグリップ部分と(つば)の部分を弄りながら林道を下っていた。

 彼女が履いている茶色い革のロングブーツ、フードがない黒のローブ、ましてやそのローブの中に着ている黒革の胸当てですら血やらなんやらで汚れている。

 それにも関わらず何も感傷を抱いてない様子であった。


 しばらく歩いていると一人の男が走ってこちらの方へ向かって来ることが見えた。やけ痩けた肌にボロボロの衣服、極めつけは血走った目であろう。瞳孔を全開に開き、周囲を隈無く見渡す男。しかし、その眼の中には精悍さが垣間見えていた。セリアは直ちにダガーを再度握りしめる。


 男がセリアの間合いにギリギリ入らない所で足を止める。すると彼は片手を挙げてセリアに対しフレンドリーな態度を取った。


「よぉ、こんな森のど真ん中で一人お散歩か? 嬢ちゃん」


「遠足の帰り道だよおっさん。そっちはいつものランニング、ってな訳じゃなさそうだな」


 男の軽口にセリアも合わせる。しかし、男はずっとその間も周囲を隙なく見渡し、笑顔を貼り付けていた。セリアもローブで隠してはいるが、終始ダガーをいつでも投擲出来るようにしている。


「今日は日差しが良くて手頃な魔物を狩るには絶好の日だな。どうだ、俺と一緒に今から狩りにでも──」


「強引な逢引だな、ウブな私は丁重に断らせてもらうよ」


 どことなくぎこちない会話。両者の間には段々張り詰めた空気が漂ってくる。しかし、その空気をいち早く感じた男が()れた声色でセリアに話す。


「……頼む、1日……いや半日でいいから匿ってくれ! 報酬は事が終わったらすぐ渡す!」


「ダメだ、怪しすぎる。それにお前の様態からしてキメてるだろ? 私はジャンキーの言うことは信じないのさ」


 男は懇願の意志をセリアにぶつけるが一蹴される。無意識に前に出していた両手が段々垂れたがっていった。頭も同時に地面に垂れ下がる。

 しかし数秒後、彼は何やら剣呑とした瞳をセリアへと向ける。口は先程までの貼り付けた笑顔とは打って変わって、薄ら笑いといった感じに口角を上げていた。


「──あまりいたいけな少女を嬲るような真似はしたくねぇが……しょうがねぇ。おい、持ってる有り金全部出しな。分かるだろ? 俺は暴力が嫌いなんだ」


 唯一彼が持っているとされる背後に吊るした銅の剣をセリアへと向ける。変貌した彼の顔は、とても真剣な様子だ。目はギラギラと、爛々と輝かせて彼女の方を見ている。

 セリアはやっぱりかという表情で、左手で隠しているダガーとは反対の手である右手で、別のダガーを相手に視認させるように抜いた。


 ──一触即発の空気。彼も分かっているのか迂闊に彼女の間合いに飛び込まない。


 しかし、しばらくすると男が溜め息を吐いて剣を下げた。


「ああクソッ! やめだやめ! こんなとこで道草食ってたら奴らが来ちまう。それに嬢ちゃんが予想以上に強くて敵わねぇや」


 彼の瞳に戦意がないことを確認したセリアは警戒を少し解く。男はセリアを軸にして半円を描くように移動し、セリアの背後を通り過ぎた。その間もセリアは彼を一挙一動にずっと見張っていた。手に握っているダガーの刃の部分を指で優しく擦る。


「邪魔したな」


 男がセリアに背を向け、手をぶらぶらと歩きながら振った。一見頼もしそうに見えるが、足を見てみるとズボンの裂けた箇所から打撲で青白くなった跡や決して小さくない裂傷が見え隠れしている。

 セリアはそれを見ると、何を感じたのかポケットの中をガサゴソと何かを探し始めた。そしてお目当ての物を遂に見つけたのか、深い山奥へ走らんとする男に声を掛ける。


「おい、これやるよ」


「……んあっと! なんだ……って干し肉かよ」


 セリアが投げたのは二食分の干し肉だった。波打っているかのように屈曲させている干し肉は少し美味しそうである。


「もし生き残れたとき用の借りだ。私も出会った奴がくたばるのを見るのは少々気に障るからな」


「ハハッ微塵も思っていない癖に。……ありがとよ」


 そう男は呟くとすぐに走り始め、やがて地平線と同化するように消え去っていった。




 ******




 そうこうしている間に大きな壁が見えてくる。レムレット帝国の帝都、レットムントである。セリアは改めてデカいなと思いながら大きい壁の門をくぐり抜けた。予想よりも早く帰還してしまったのでまだ日が全然登っており、人通りも若干混雑している。

 全身泥まみれの冒険者などや、魔物の胃液を浴びてしまった者は珍しくないので普通なら殆ど注目を浴びずに通れるのだが、セリアの血塗れな様子をチラチラと見てくる人は特別多かった。おそらく、あまりにも酷い血の臭いが漂っているのと十代前半の容姿というギャップが理由だろう。

 ……しかし、向けてくる視線に畏怖が込められているのは明らかに別の所以がある。


闇刃(ダークエッジ)が帰って来やがった』

『相変わらず酷い格好だな』

『あのガキの力はどこからやって来たのか……』


 そう、彼らがセリアを見張っている訳として単純な強さというものがあった。そんな彼らの視線をものともせずにセリアはある場所へと向かう。


「しっかしひでぇなココは、嫌な臭いがするぜ」


 セリアが悪態をつく。なぜならここは裕福な者が住んでいるシルバート地区ではなく、中央貴族が住んでいるゴールデスト地区でもない、ブロンド地区と呼ばれるレムレット帝国の中では一番の治安の悪さを誇っている地区であるからだ。

 その中でもとことん治安が良くないとされる冒険者通りは終わっていると言っても良いだろう。表通りですら煙草やら注射器やらがそこら中に落ちており、ジャンキーが棒立ちをして手をだらんと地面へと伸ばしている。

 一方、路地裏では浮浪者の溜まり場となっており、迂闊に入った者は追い剥ぎに遭うだろう。


 通行人は自然とセリアを避けて歩く。セリアは昼間から露出の多い服を着た売春婦を一瞥しながら目的の場所に向かう。


 その目的の場所に進む度に少しずつ綺麗になっていく地面。そうこうしているうちにセリアは目的の場所に着く。看板には〝冒険者ギルド″と書かれている。セリアは戸惑いなくドアノブに手を掛け、開けた。


 ギィィ……


 中にいる冒険者と呼ばれる人達が一斉にセリアへと射抜くような眼差しを向ける。が、すぐに目を逸らした。セリアはそれを気にせず受付の窓口へと足を運んだ。


「はい、これ依頼書」


「は、はい拝見させていただきますね」


 恐らく怯え方からしてシルバート地区からの研修生だろう受付嬢が震えたように声を出し、依頼書を読む。とりわけブロンド地区の中では治安の良いとされるギルドの中とはいえ、彼女にとっては憂惧(ゆうぐ)な気分であろう。


「セリア様で依頼はレムレットの売国奴の撃退でよ、宜しいでしょうか?」


「ああ」


「報酬の金貨3枚と銀貨2枚です」


「ありがと」


 この世界の貨幣は白金貨、金貨、大銀貨、銀貨、大銅貨、銅貨の6種類ある。銅貨2枚でパンが買え、大銅貨1枚で一番値段の安い剣が買えるようになる。そして金貨になると金貨1枚で平民の4人家族を1ヶ月補え、白金貨になると広めの家が買えるようになる。


 セリアは貨幣を自分のポケットに入れると地下の酒場へ向かう。ガヤガヤと喧騒たる場所に足を運ぶと、大勢の者が叫んでいたり、酒の呑み比べを行っていたり、賭博をしていたりしていた。

 その空間へ入るセリアは、周りの視線を気にせずある男へ真っ直ぐな視線を向けた。そして口を開ける。


「久しいなパトリス」


「久々にあった奴に言うのも何だがイカれた格好してんな。皆お前さんに見られるとメデューサを見た奴みてぇに目を逸らす」


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