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九話

莉凛香は微睡んでいた。枕にしている尻尾はふかふかしている。がたがたと地面は揺れている。

都に行くにあたって、守羅は先に南下すべきだと主張した。南側の平地を行く方が速いと考えたからである。先を急ぐ莉凛香は反対したが、守羅と堕川にたしなめられ、結局は従った。

俺の判断は正解だったと守羅はしみじみ思う。

夜が長くなるにつれ、堕川は徐々に活動時間を減らした。水霊にも冬眠はあるらしい。

移動できる距離に限界が生まれ、南の平野を行き来する牛車を捕まえ、乗せていってくれるように交渉した。途中の護衛と荷の積み下ろしといった仕事の手伝いを買って出たことで、いい条件で移動出来ている。元々護衛の仕事をしていたし、親方が交渉しているのを何度も見てきた。これなら、路銀も暫くはもちそうだった。

牛車の揺れがピタリと止まった。

「守羅さん、いいですかい」

「うん。二人とも寝てるから、俺だけでも大丈夫か」

守羅は軽やかに車を降りる。痛いほど澄んだ空気の満ちる青空にもかかわらず、守羅達の立つ場所には影がかかっている。

それもそのはず、目の前に立ちはだかっているのは、守羅の三倍はありそうな巨大な岩石だ。僅かだが、妖気を感じる。

「これを砕くのか……」

「できますか」

「堕川ならあるいは。いつもはどうしてる?」

「こうやって足止めされた連中で寄って集って、ホラ、あの谷に落としてるんですよ」

「なるほど。あれは岩山じゃなかったのか……わかった、堕川を起こそう」

荷台の隅で丸くなっている堕川を何とか叩き起す。

半分瞼を閉じたままの男の、仕立ての良い袖がはためいた。

ドオォォン……

砕かれた岩は、無数の塊になって谷に落ち、岩山の一部になった。にもかかわらず、影は落ちたままだ。

堕川が静かに目を光らせた。

「……上だ」

「ええ、任せて!」

堕川の人並外れた力が、莉凛香の軽い身体を投げる。

すっかり慣れた動作で抜かれた刀が、巨躯へと向けられる。退魔の術を幾重にも掛けられた刃は、長い間道を塞ぎ続けてきた妖怪の身体を、豆腐のように斬り裂いた。

土臭さが鼻につく。

地響きのような声を上げ、妖怪は霞となって消えた。

牛車の持ち主である荷運びは、感嘆の声をあげた。

「いやぁ、本当にお強い! これで、ウチの旦那様も商売がしやすくなって喜びます! 」

「それは良かった」

「さあ、早く先に進みましょ! 堕川、自分で乗って! 」


牛車は進む。

見渡す限りの平野には雪が降り積もり、一面が白い。遠くに、微かに薄青い山が見えている。しかし、決して暗くはない。むしろ、陽の光が雪に反射して眩しいくらいだった。

「こんな景色、見た事ないわ」

白い息を吐いて、莉凛香はしみじみと言った。その横顔は、年不相応に大人びている。

「確かに、こんなに開けた場所は村の近くにはなかった」

「お姉ちゃんにも、見せてあげたい」

莉凛香は髪をかきあげる。翠玉の瞳が、陽を浴びて透き通る。

「私、村に来る前は、こんなに明るくて鮮やかな場所があるなんて、想像もしなかったわ。覚えてる?初めて目覚めた時、明るすぎて目が刺されたのかと思ったわ」

それを聞いて、守羅はどきりとする。

莉凛香はまだ諦めていないのだ。妖怪に襲われ、絶体絶命の状況からでも、姉が生き延びたと信じている。

冬が終わる前に、船を調達できるといい。祈るように、尻尾で少女を温めた。

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